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楽しい仮釈放祝い

 菖蒲の月、2日。

 毒婦ルナを暗殺したせいで逮捕され、ヤント監獄塔で裁判の時を待つだけだった俺は、勇者カーン・カラヤンの指示により仮釈放された。


『皆さんご覧ください! 今、ルナ・ムーンライト暗殺の犯人、アロウズ・ジョーガルドがヤント監獄塔から出てきました!』


 ヤント監獄の正門前には『仮釈放おめでとう』と書かれた横断幕がかかり、新聞社のカメラがフラッシュを焚き続ける。

 当然だ。なにしろ俺は、スナガ団と結託して元勇者レグナスに取り入り、この国を脅かそうとした毒婦ルナを殺した救国の英雄なんだから。


「見て見て! 『双鉈流ダブル・マチェット』アロウズ様よー!」


「きゃー! こっち向いてー!」


「アロウズ様ー!!」


 正門の前に集まった野次馬の中には、俺に夢中な女性陣もいる。

 カンパニュラの姉貴や妹のトレニアからは聞いていたけど、俺の素顔が報道されたおかげでこの国の女どもからはモテモテらしい。

 ファンクラブの名前は、確かアロウズメイデンズって言ったっけ?


 ただ、新聞はこの仮釈放=無罪放免決定かのような、女どもは今生の別れのような雰囲気を纏っている。

 それもそのはずだ。なにしろ俺は、明後日には勇者カラヤンの手によって、ゴンドワナ大陸のポルト・ロス・オルノへと逃亡する予定なんだから。

 あの大陸の西側にあるリゾート地だ。とても元魔王国に追ってこれるような場所じゃない。



「『双鉈流』アロウズ・ジョーガルドの出所を祝って、乾杯!」


 その日の夕方、俺はヤント市の南港にある酒屋に招かれた。

 豪華なソファに腰掛けた俺の前に、酒とご馳走が並べられる。


「ははははは……! こんな豪勢なパーティは生まれて初めてだよ! なにせガキの頃からおオフクロがスナガ団の娼婦になって、しかも有金全部スナガ団に貢いだせいで、満足に菓子も食べられなかったんだもんなぁ」


 ま、金ならいくらでもが出してくれたし、オフクロは昔から俺に甘くて、何でも言うこと聞いてくれたんだけどね!


「アロウズ様ぁ、毒婦ルナを暗殺せしめたときのお話、もっと聞かせてくださいな」


 俺の脇に侍るアロウズメイデンズの一人が、身をくねらせて武勇伝への興味を示す。


「いいぜ。まずはどうやってランブ・ニム研究所の警備が薄くなる隙を突いたのかについて聞かせてやろうか……」


 ただ、ここに集まった取り巻きどもに、本当のことは教えない。

 あれこれ脚色を加えながら、場を盛り上げる話を紡ぐ。


 なにしろあの暗殺は、祖父さんの協力があってこそ成り立ってるわけだしな。


「まあ! なんて聡明なお方なのかしら」


「そりゃそうだろ。オフクロがスナガ団に貢いでなかったら、あのバラウール魔法学園にすら入学できていた学力と魔力なんだぜ!」


 そういやオフクロをダシに使ったときも、オフクロのせいで学費すら捻出できずに進学を断念した……とか話したっけ?

 実は祖父さんに学費を捻出してもらって、演劇学校の役者コースに入学してたんだけどね。

 魔法? それっぽいから言っただけで、最初から興味あるわけねーだろ!


 ……そういや、あの病んだ女を抱いたら責任取れって迫られて、あいつの親にボコボコにされたんだっけ。


「オラオラ、俺はこの国を救ったアロウズ様だぞ! もっと酒持ってこいや!」


 ふと浮かんだ嫌な思い出を誤魔化そうと、普段はできないわがままを言ってみる。

 ちょっと前の自分には買えなかったような高級な酒が、ところせましとテーブルに並べられる。

 それをガブ飲みしながら、時折つまみの料理を頬張る。


 ああ……なんて幸せなひとときだろう。

 あの妙な魔導器のせいで死にかけたけど、ルナを殺した甲斐があった。

 何が平和だ。何が思いやりだ。魔王の娘のくせにいい子ぶりやがって。

 俺の渾身のラブレターを捨てたからこうなったんだ……。


「アロウズ様……出所をお祝いして、当店から特別な魚料理がございます」


 そう言って、給仕の女が魚料理をテーブルに置いた。

 見た目はサーモンのマリネっぽいが、ソースはどこにも見当たらない。サーモンを綺麗に切った後、そのまま盛り付けたような代物だ。


 なんだこれは? 綺麗に盛り付けられているのはともかく、切り身をそのまま盛り付けただけじゃねえか。


「おい、なんなんだこの手抜き料理は? 俺はな、毒婦ルナを暗殺した英雄なんだぞ? こんな生魚をそのまま出した料理を出していいと思ってんのか!?」


 声を荒げても、給仕の女は俺の抗議に怯む様子すら見せない。

 イラついていると、この女は妖しい笑みを浮かべてこう言った。


「これは、古代リース帝国にて食されていた『リース風刺身』を再現したものでございます。北方のアズガルドで釣れた天然のサーモンを使っております。そのまま召し上がるのではなく、こちらの魚醤をかけてからお召し上がりください」


 女はそう言いながら、黒い魚醤が入ったガラスの瓶を置いた。


「フン、わざわざ伝統料理を用意したというわけか……。まあいいか」


 魚醤をサッとかけてから、肉用のフォークで刺して口に運ぶ。


「へえ……割とうめえじゃねえか」


 魚醤の塩気がサーモンの脂と絡み合い、口の中でとろける。

 まさかこんなに美味い料理が、この国にもあったとはな……。


「お気に召していただけましたか? よろしければもう一皿ございますが……」


「ああ、持ってこい! 今の俺は最高に気分がいいんだ!」


 食べ終えてから、また一皿『リース刺身』と替えの魚醤がテーブルに並ぶ。

 この味、どんどん病みつきになってくるな。


「豪快ですなぁ、アロウズ様!」


「たりめーだろ? 救国の英雄なめんなよ!」


 こうして、ルナ・ムーンライトを殺した『双鉈流』アロウズ様の、楽しいひとときは過ぎていった。

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