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 黒寮の409号室に朝日が差し込み、俺は目を覚ます。


 学園での食事は基本的に地下の大食堂だが、台所と冷蔵庫にあるもので自炊などもできる。

 目玉焼きとベーコンを乗せたトーストをかじりながら、マグカップに淹れたブラックコーヒーを口に運ぶ。


『次のニュースです。ユートピア直轄国勇者カーン・カラヤン様は、総督府への襲撃、及び勇者カラヤンへの暗殺未遂を計画したとして、元勇者アレキサンダー・アストラ・レグナス氏を提訴しました。元勇者レグナス氏は「自分はそのような行為を指示することは絶対にない。もし事前に知っていたのなら全力で止めている」と弁明していますが……』


 新聞最大手『ブレイブタイムズ』が経営するTV局『勇者放送』のニュース番組が、2年前に俺達が起こしたカーン暗殺未遂事件と、それを起こした者達への疑惑を深める報道を繰り返す。


「……なあ、グレン。覚えてるか? 俺達、あのビルを襲撃した犯人なんだぜ」


 鳥籠の中のグレンに尋ねてみても、首を傾げるばかりだ。

 俺は餌箱と水入れの中身を交換し、床の掃除をする。


「…………あんときはごめんな。俺、本当に頭に血が昇ってて、お前まで……」


 2年前、俺は母さんに毒婦の汚名を着せた上に、レグナスさんにも言いがかりをつけて失脚させたカーンを殺そうと、グレンと一緒に総督府に乗り込んだ。

 結果は失敗。グレンは致命傷を負って卵に戻り、レグナスさんの支持者……あるいは反カーン側か……は黙らざるをえなくなった。


 ムリアーデさんが言っていた通り、俺はカーンやあいつを担ぎ上げる側への反論を、俺自身の手で封殺してしまった。

 結果、カーンを批判する側は、それだけでテロリストとその支持者というレッテルを貼られるようになったわけだ。


 こうなったのも、全部俺のせいだ。

 でも、もし俺にやり直すチャンスをくれるなら、大事なものを守る形で復讐を成し遂げよう。


「今度こそ、俺が守るからな」


 そう決意を新たに、俺は深緑の制服に袖を通した。



 グレンを召喚してから数日間、俺は5組の教室で魔法について学ぶ日々を送っていた。

 そんな中、新入生は身体測定を迎える。


 今俺が着ているのは、この学園の体操服だ。

 バラウール魔法学園の体操服は、男女共に同じものが使われている。

 トップスは校章が刺繍され、赤と青のラインが入った半袖のTシャツに、ボトムスは緑の伸び縮みするハーフパンツだ。

 なお、制服と同じ深緑のジャージもついていて、必要なときはそれも着用できる。


 ちなみに、俺は更衣室に立ち寄る前に、ある魔法を使ってこっそりと体操服に着替えておいた。

 更衣室にいなかったのに着替えてたってのは怪しまれそうだが、女子更衣室に紛れ込むっていうのは気が引けたからだ。

 カーンも、女装して覗きやら盗撮やらを繰り返していたわけだしな。


 あと、エリカが学生だったときはブルマだったらしいが、近年ハーフパンツに変更されたらしい。

 なぜかエリカは「え〜、ブルマの方がいいじゃん。ルアのも見たかったし」とか言っていたが冗談じゃない。本当に男だとバレたらどうすんだ。


「5組の番でーす!」


 本丸の医務室で、俺達5組にお呼びがかかった。


「あっ、そうだ!」


 俺はいかにも忘れ物をしたという風に、自分の体操服をまさぐる。


「あの……ごめんなさい。忘れ物をしてしまったみたいで……。一度教室まで取りに戻ってもいいでしょうか?」


「えっ!? モルグルさん、大丈夫?」


「早く取ってきた方がいいんじゃね?」


「そうね! モルグルさん、診察は後になるけど取ってきたら?」


 打ち合わせ通りにエリカが促した後、俺はこっそりと講堂の裏へと向かう。

 そこでは、ムリアーデさんが待っていた。


「遅かったわね、ルアちゃん」


 ムリアーデさんは、俺が母さんの仮面を被った日と同じ白衣を羽織っている。


「そういえば、例の手配ってのはどうなってますか?」


「今日来たノグチ先生には、ルアちゃんのことは打ち合わせ済みよ。事前にルアちゃんのデータは送ってあるから、記録上は診察を受けた形になるわ。後はちゃんと測定を受けたことにして、体力測定に行くクラスメイトに合流してちょうだい」


 ムリアーデさんの伝で紹介してもらったノグチさんが、今回の身体検査を担当することにより、俺の検査は誤魔化してもらうことになる。

 検査の中には、体操服も脱ぐ必要が出てくる場面もある。いくら女の作法を叩き込まれたからといって、流石にボディラインまでは誤魔化しきれないからだ。


 ノグチさんは、カズネさんやハルヤさんと同様に東国出身の医者だ。

 このユートピア直轄国で働くにあたって、勇者パーティの一員だった母さんによくしてもらったこと、そしてカーン陣営により行われた医療、福祉への予算削減で苦しい思いをしたことから、俺達の味方になってくれた。


 俺からも、後でノグチさんにお礼を言っとかないとな。


「でも、このやり方でごまかせるのは身長、体重、脈拍など一部の事柄だけよ。後はルアちゃん次第だから、全力で体力測定に挑みなさい」


「……とは言っても、あまり全力を出すと『女らしからぬ馬鹿力』なんて怪しまれかねないんじゃ……」


「女がか弱いなんて、今どき古いわよ。むしろルアちゃんみたいな、ルナに匹敵するが怪力を披露してみせた方がかっこいいんじゃない?」


 そういうもんかねぇ……。

 まあ、そもそも目立つことが目的なんだから、好成績を上げなきゃもったいないな。


「何かあったらエリカちゃんととノグチさんが全力でフォローしてくれるから、頑張って!」


 ムリアーデさんに背中を押され、クラスメイトのところへと戻る。



 5組が体力測定のために地下訓練場へと集まっていたところに、少し経ってから合流した。


「あっ、モルグルさんが来たみたいだよ!」


 アイラに指をさされ、俺は走ってみんなに追いつく。


「遅くなってすみません!」


「ルア〜、ちょっと遅くね? ってか忘れ物って何探してたの?」


 ティルに訊ねられ、俺は一瞬怪しまれたかという懸念を抱いた。


「い、いや〜ちょっと……」


「……ま、話したくないならそれでいいけど。またなんか見つかんなかったら一緒に探すし」


 怪しんでいたというわけではなく、心配してくれていたらしい。


「あ、ありがとうございます」


 そのまま、俺達は体力測定を開始する。

 握力測定、上体起こし、長座体前屈、反復横跳びといったわかりやすい項目から、50メートル走、幅跳び、シャトルラン、砲丸投げと繋がっていく。


「すげえ! マジで揺れてる!」


 男子の中には、やたらとアイラの……特に胸に夢中になっている連中がいる。

 確かに、アイラは背の低さに反して特大サイズだ。健全な男子なら夢中にならない方がおかしいだろう。


「こらこら、順番近づいてるんだから集中しなさい!」


「あっ、す、すいませーん!!」


 エリカは腰に手を当てて男子2名を注意した。


「お、オイラもうダメだ……」


 前の召喚術でレティリアラクネを召喚したオークがへばった。

 シャトルランで、俺に最後までついてこれたのはこいつだけだ。

 やがて、俺も時間についていけなくなって脱落した。


「すごいですね、アクーラさん。もう少しで追いつかれるところでした」


 こいつの名前はオルフ・アクーラといって、生まれも育ちもユートピア独立国らしい。

 オークの中ではずば抜けた魔力と才能を見込まれ、奨学生として入学したらしい。


 オークといえば、母さんを憎んでいた陣営には、この国を憎むオークの団体『スナガ団』もいた。

 結果として、母さんはスナガ団の一員として罪をなすりつけられたけど、執拗な母さんとレグナスさんへのバッシングには、スナガ団の意向も大きい。


 ……いや、オークというだけのこいつに、スナガ団を結びつけるのは筋違いか。

 もしスナガ団と関係があれば、バラウール魔法学園には入学できてないしな。


「てか、ルア凄くね? アタシらがへばっても倍ぐらい続けてたし……」


 ティルがドン引きしているような声が聞こえたが、本当に正体がバレたりしないだろうな?


「さあ、立ってください。次はエーテルの測定ですよ」


 俺はオルフに手を差し伸べて立たせると、シャトルラン用のトラックを抜ける。



 そして、最後にエーテル総量の測定に向かう。


「さーて、皆さんには最後に、ここでエーテルの総量を測ってもらいます! この測定器についた水晶玉に手を当てると、自分の中にあるエーテル……昔風に言えば『魔力』の量がわかるようになっています」


 エリカが手で指し示したのは、綺麗な岩の柱の上に乗った水晶玉だ。

 このような測定器は、主に魔王軍と冒険者ギルドの重要施設において、魔術師の実力を測るために用いられてきた。

 魔力……もといエーテルの総量は、かつての魔力ポーションの瓶1本を基準に『ボトル』という単位を用いる。

 ちなみに、特に魔術を学んでいない一般人の平均が4〜5ボトルとなっている。


「うわぁ……! 78ボトル!?」


 カズネさんが、自身の総量に驚きの表情を浮かべている。

 それは、一般人の約16〜19人分に相当する。

 ただ、これでも『魔術師として一人前』ぐらいの範疇で、母さんやムリアーデさんを見ればわかるように、上には上がいるわけだ。


 そして、最後に俺の番になった。


「次はモルグルさんね。どうぞ!」


 エリカに呼ばれて、俺は測定器の前に立つ。

 この幼馴染がこっそり親指を立てて笑っているのを横目に、俺は左手をかざした。


 俺の身体の中に眠るエーテルが、サーキットを通して水晶へと流れ込んでいく。

 エーテルはそのまま柱の中を駆け巡り、俺の中の総量を測っていく。

 水晶の中では、霊力の粒がせわしなく球の中を駆け巡り、それが中に浮かぶメーターに蓄積され、数値としても表示される。


「え……? こ、これ…………」


その総量を見て、エリカはガチで驚愕を浮かべている。


「ぐ、グリペン先生!」


 いつもと違い、こんどは俺からフォローを入れる。

 ハッと我に返ったエリカが、こちらに向き直って数値を告げた。


「よ……489ボトル」


 その数値に、後ろにいたクラスメイトからどよめきが湧き上がる。


「えぇ!? マジ!?」


「贔屓目に見て、だいたい98人分……」


「すげえ……うちのクラスで最高記録だよな?」


「モルグルさん……すごい……」


 ただ、一番驚いているのはエリカのようだった。

 そりゃそうだ。2年間元勇者パーティの皆さんに鍛えられた俺は、かつて冒険者をしていたときの比じゃない。

 血の滲むような努力を重ねて、冒険者として最高ランクの『玉級クリスタル』になってもおかしくないほどの魔法と、それを扱うためのエーテル総量とを身につけてきたんだからな。


「すごいじゃない、モルグルさん! あなたのエーテル総量は、207期生の中では最高の数値よ!」


 エリカが大喜びという顔で、俺の両肩を掴む。

 流石に演技だけじゃなくて、本当に俺の力を見て喜んでいることがわかった。


「あ……ありがとうございます、先生……」


「さて! 測定が全て終わりましたので、これにて身体測定を終わります! 午後からは通常の講義に戻りますので、天守に戻ったらそれぞれ昼休みに入ってください。では、解散!」


 合図とともに、何人かの学生がこちらに駆け寄ってくる。


「すげえじゃん、ルア! 今のなんだ? やっぱり冒険者として鍛えてきた結果ってやつか?」


「体力も魔力も規格外! なんなんだ君は!?」


「すごい! すごすぎるよ、モルグルさん!」


「み、皆さん押さないでください! それよりお昼にしましょう」


 ティル、カズネ、アイラをはじめとするクラスメイトにもみくちゃにされながら、俺は地下の食堂へと向かうことになる。


 母さんそっくりな謎のエルフとして、類まれなる力をアピールする。

 日常生活の中で、俺の目的となる復讐に近づいていた。

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