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タゥルイシルの幽霊

4/30追記:

「ルナ」という名前を企画段階の「レナ」のままにしている部分があったため、そこを訂正しました。


12/17追記:

後の話を書く際、『第107期生』という時系列が母親の時系列より先になってしまうため「第207期生」に訂正しました

 春の真っ只中の『桜の月』に、バラウール魔法学園の入学式は始まる。

 かつて『名もなき魔王』を倒した後、勇者が治めることになったユートピア直轄国(ちょっかつこく)の西部、タゥルイシル森林の奥に建てられたこの学舎は、ローラシア大陸でも有数の魔法学校だ。

 魔王が森林地帯の一角に築いた要塞を利用しており、石造りの古城が森の一角を埋め尽くしている。


『さて、我がバラウール魔法学園の学園長、ドラクリヤ先生からの訓示です』


 学園長のドラクリヤ先生は、拡張高いスーツに身を包んだ、まるで彫像のような美男子だ。

 入学前に聞いてはいたが、この方は吸血鬼らしい。

 マイクを手に取ると、綺麗に整列した新入生へと演説を始める。


『さて、第207期生期生の諸君、ごきげんよう。まずは皆さんが狭き門を潜り抜け、ここバラウール魔法学園に入学できたことを、心から祝福申し上げます。この魔法学園は統治者が魔王から勇者様に代わった後も、魔法の学舎として存続を許され、今日に至ります。…………』


 かつての食堂を利用した講堂には、今年この学園に入学する資格を得た学生が整列し、学園長の話に真剣に聞き入っている。


 そして、学園長の演説が終わった後に、この国の勇者様によるありがたい演説が始まる。


『それでは、我らユートピア直轄国が誇る勇者、カーン・カラヤン様のご登場です』


 号令を受けて、当の勇者、カーン・カラヤンが壇上に上がる。


「うわ……」


 誰かは知らないが、その勇者の姿を見て嫌悪感がこもった声を漏らす。

 それもそのはず、新聞では爽やかな紳士として紹介される勇者様は、カジュアルウェアの上に背広を羽織っただけのダサい姿で、なおかつ立ち居振る舞いも品性が見られない中年の男だ。

 そんな男がずかずかと舞台へ上がるものだから、報道との激しすぎるギャップにドン引きする学生が多数だった。


 壇上に上がった勇者カーンは、昆虫みたいな見てて不快になる顔を俺達へと向け、マイクを手に演説を始めた。


「はい、ユートピアの勇者カーン・カラヤンです! みなさんご存知でしょう? 僕はですね、このバラウール魔術学院の学生だったんですよ。すごいでしょう? だってここはこの国一番の魔術師養成学校、バラウール魔法学園なんですから!」


 それを聞いても、学生らは大した反応を示さない。

 まあ、若いと()()()()()()()()慣れてることも多いから、あのクズの本性を見てる奴も多いだろうしな。

 ただ、ろくな盛り上がりを見せなかった後輩が気に障ったのか、カーンはあからさまに不機嫌になる。


「……えー、この頃ネットで冒険者が、その、あー……僕のことをぉ、えー詐欺師って、今までの功績をね、偽装呼ばわりする傾向がぁ、あるようなんですよぉ。でもね、それこそ全くの捏造なんですよ! だってそうでしょ? 僕は知っての通り、あのぉ、毒婦ルナを追放してね……」


 演説の内容を考えていなかったのか、何度も「あー」とか「えー」とか「うー」とか詰まりながら、思いつくままに言葉をまくし立てる。


 聞いていて不愉快極まりないが、要約するとこんな感じだ。


自分は問題のあった先代勇者パーティ、特に毒婦ルナを排除して勇者になったのに、なぜ国民は感謝を忘れているのか?

新聞は自分に好意的だけど、ネットはいつも狂気をぶちまけて自分を悪者にする。

自分はこの国に選ばれた勇者であり、多くの国民に支持されている。

この勇者カーンを支持しない者達、とりわけエルフは礼儀を知らない倫理観が壊れた連中だ。


『……あ、あの……勇者様、そろそろ時間ですので……』


 司会に注意されたことで、カーンはばつが悪そうにマイクを置いた。

 そして、相変わらず不満げな顔で壇上を下りていった。


『……以上、勇者カーン・カラヤン様のお言葉でした』


 引き気味な司会の言葉を受け、少量の拍手が聞こえてくる。

 その後、学園長からの軽いフォローの後に、新入生達は各々の教室へと退室していった。



 教室で始業式、担任と学生一同の挨拶、教科書や道具の配布といった初日の準備を済ませた後、俺は()()との待ち合わせ場所であるバルコニーへと向かった。

 そもそも俺がエルフであることに加えて、()()()と顔がそっくりだということから、どうしてもクラス内で目立ってしまった。


「学園長のお言葉の後にあの演説……まるでワイン樽に大量の糞尿を流し込んだみたいねぇ〜〜〜……」


 俺の親友である、この学園の教師エリカ・グリペンが、遠回しな愚痴をこぼす。

 まあ、あの男の不快な演説を聞かされ続けてたら、気持ちはわからなくもない。


「……エリカ先生、よしてください。どこでそんな発言が聞かれてるかもわからないんですから……」


 俺は水晶のプレートを思わせるデバイスの魔導器『ウィズボード』をしまいながらエリカに呼びかける。


 同級生としてやってきた友人に教え子として接するのは、どうにも違和感がぬぐえない。

 しかも、()()()()()()()()()……。


「いいのいいの。主語さえはっきりしてなけりゃ、なんとでも言い逃れは利くのよ。あの男のネットでの振る舞い見てたらわかるでしょ?」


 こういう強かさも、俺がエリカを信頼している理由だ。

 諸事情で人間と同じ学校に通い始めた俺と、初めて仲良く接してくれた。

 そして今でも、俺の願いを果たすために協力してくれている。


 俺は、今着ている女子制服に意識を向ける。

 バラウール魔術学園の制服は、男女共に深緑を基調としたジャケットと、その上に羽織る黒いコートがシンボルだ。

 ジャケットの下には、白い専用のシャツと灰色のチョッキを着る。

 ボトムウェアは男子が千鳥格子のスラックス、女子が今履いているタータンチェックのプリーツスカートとなる。

 履き物は、男女共に特注品の黒いブーツだ。


「それにしても、まさか私が憧れのバラウール魔法学園の制服に袖を通すことになるなんて思いもしませんでした。なにせここは……」


「……っ。来たみたい」


 廊下の向こうからあの男が歩いてきたことで、気取られないように注意深く観察する。

 カーンは一人でバルコニーにやって来たかと思うと、懐からウィスキーのポケット瓶を取り出し、荒れた様子でらっぱ飲みをする。

 そうやってアル中なところも隠せないから「勇者として論外」なんて揶揄されるんだろうが……。


 やがてカーンが酒を飲み干し、不機嫌そうに瓶を放り投げたあたりで、俺はあることを実行する。


「…………っ!?」


 俺はフードを脱ぐと、長い金髪を手でふわりとかきあげるという仕草をとった。

 そんな俺の動きを見たカーンが、こちらに目を向けて立ち止まった。


「おっ、おい! そこのエルフ!」


 案の定、この動きからある人物を連想したカーンが、血相を変えてこちらに歩いてきた。


「お前だよ、そこのエルフの女! 顔を見せろ!」


 薄汚い手で髪を引っ張られ、無理矢理振り向かされる。


「うっ、うわあああぁぁぁぁぁぁぁああっ!!」


 しかし、俺の顔を見たカーンは素っ頓狂な悲鳴をあげた。

 それもそうだろう。俺の顔は、()()()()宿()()()()()()()()()()()()()だからだ。


「私の顔に何かついていますか?」


 少し時間を置いて、俺はわざととぼけた振る舞いをする。


「な、なな、なんなんだお前!? なんであの女とおんなじ顔……」


 案の定、こいつは幽霊でも見たかのような怯え方をしている。


「……エルフの顔なんて、どれも同じじゃないんですか?」


 俺はあえて、こいつが母さんに言い放ったエルフへの侮辱を皮肉る。

 ……それにしても、ここまで近づかれると、否応無しに酒臭さが漂ってくる。

 周囲からは聞いていたけれど、確かに血肉にまで酒が染み付いているような悪臭だ。


「あ、あの……この女性が何か?」


 カーンの護衛を担当している冒険者が来たので、俺はまた顔をフードで隠し、ウィズボードを取り出して意味もなく画面を見つめる。


「……行くぞ!」


 顔を青ざめたままカーンは早歩きで逃げていき、護衛の冒険者が慌ててついて行った。


「……ぷぷっ、クスクス……なによあれ。あんなの『私がおばさんを殺した犯人です』って自白してるようなものじゃない」


 エリカは憎しみと嘲りが入り混じった顔で笑いを押し殺している。

 そして、俺も同様の……いや、それ以上の憎しみを堪えていた。


 やがてバルコニーから人気がなくなったところで、俺は本来の口調に戻る。


「……でも、本当にやるのか、これ?」


 俺は、今の自分の顔を指差しながら言う。

 もともと母に似ていた俺の姿は、エリカからのあれこれと叩き込まれた作法により、どこからどう見ても女にしか見えないものになっている。

 でも、今後「俺が男であること」がバレないという保証はない。


「なに言ってるの。今更恥ずかしくてやめたくなったなんて言うんじゃないでしょうね? 何のために2年間頑張ってきたと思ってるのよ?」


 そう問われて、あれから今までのことを振り返る。

 母さんは、この『勇者様の国』という仕組みに散々貶められ続け、死後も世界を(はかりごと)の術中に陥れようとした毒婦の汚名を着せられた。

 それからというもの、俺は表舞台から姿を消して、復讐のための下拵えを整えてきた。


「……そうだよな。俺を信頼してくれるみんなが考えてくれた復讐計画なんだから、投げ出したら好意を無駄にすることになるしな。……それに」


 俺はそろそろかと思い、バルコニーの下を見下ろす。

 案の定、カーンがずかずかと正門の方へ歩いていくのが見えた。

 

「母さんをあれだけ貶めた末に殺して、墓石に痰を吐いた奴らだぜ。この世の地獄というものを全身に刻み込んでから、汚物溜めに放り込んでやるさ……」


 中庭を足早に去っていく勇者の背中を見送りながら、俺は母さんなら絶対しない悪魔のような笑みを浮かべていた。



 俺『ルア・ムーンライト』は、かつて母を殺した犯人と、その背後についている思惑を探るため、珍妙な復讐計画を立てた。

 その一つが、このバラウール魔法学園に入学し、毒婦の汚名を着せられた母『ルナ・ムーンライト』とそっくりの、優れた魔術師として名を馳せることだった。


 母と同じ、バラウール魔法学園の女生徒として。

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