かと言って今さら帰る家はありません。
かと言って今さら帰る家はありません。葵さんとも実家とも縁を切るぐらいへっちゃらのつもりで出て来たので。両親には嘘までついて荷物を押し付けました、タイで英語と日本語を教える仕事が見つかったからと。
家族といえども、私とは半ば他人みたいな人々です。覚えてこのかた本心を打ち明けたことがありません。弱みを見せたくない点においては、家族もクラスメートも等しく他人でした。兎唇からくるコンプレックスが私を孤独が上にも孤独な存在にしました。話し相手と呼べる人がいません。日本で暮らすアラキさんだけでした。宗教に走ったのも、孤独をまぎらす為だったに違いありません ─ カルトじみた信仰をしていれば、現実を忘れる事ができますし。
しかしハンビに至り、岩山の一つにのぼり、てっぺんに立つ自分。村の目じるし、市場に高く聳える白い塔を見下ろし、四方を見渡す自分。この自分は誰ともつながっていない。広い広い世界に、友達はいない。見はるかして、私の事を気にかけてくれる人が一人もない現実に慄然としました。
独り岩山に立ち、声を限りに叫びました。数分間続けて、わき目もふらず、頬をつたうものに気づくこともなく、叫びました。




