白昼夢
(ここは...)
ふと目を開くと、そこは夕焼けに赤く染まった小さな教室だった。
「どうしたの、こんな所で」
女性の声の方向に顔を向ける。
(そうか...成功したのか...)
女性の顔を見て僕は確信した
ここはあり得ない空間。
誰かが一度は戻りたいと願った一つの過去の形だ。
誰しもに帰りたい過去、染まりたい夢、抜け出したくない虚があるように。
僕は、決して求めてはいけない禁断の蜜に手を伸ばしたのだ。
「そういう君はどうしてこんな所に」
「意地悪な質問ね」
全くその通りだ。
ここには求めた全てがある。
同時にここには理解の全てがある。
彼女が何故ここに居るのかという理由は、彼女自身が一番理解している。
同時に、僕自身も。
「そんなことよりお喋りしましょう。
今日の晩御飯は何だと思う。」
「何か体の温まる物を食べたいな。
君はどうだい。」
「そうね、私も...
この時期はお鍋なんかが食べたくなるわ。」
他愛もない会話、流れる時間...
あり得るはずのなかった二人の時間は、ゆっくりと混ざり、互いを温め、そっと溶かした。
「あの痛ましい事件から2年が経ちました。
水死体となって浴槽で発見された女子高生の父親が、今、警察車両に運び込まれます。
事件は...」
教室のテレビが唐突に夢を現実へと還す。
「もう行って、私は大丈夫だから。
そして二度と会おうと思わないで。」
彼女の体が消えかけている。
震える体を押さえつけ、か細い声をなお押し殺して、彼女は僕にそう告げた。
「冷たい...ね...」
優しく彼女の手に触れる。
「手が冷たい人は、心が温かいのよ」
彼女の泣きそうで、今にも消えてしまいそうな声が、心の中で何度も繰り返される。
「また会えるかな」
涙が溢れる。
「いつも隣にいるわ」
彼女の顔が、涙でぼやけて見えない。
「さあ、目を閉じて」
重い瞼を開くと、そこには何もない。
ただ彼女の墓の前で、僕は目覚めたのだった。
「全部夢...だよな...」
冷たい夜風が吹く。
まるで僕を、悲しみから守るように。
風は優しく、僕にキスをした。