脱走の理由
『この場所から出たいとは思わないの?』
彼女がそう言った。その意図が僕にはわからなかった。この場所は生きていくうえで何も不自由はしない。何にもだ。だから例え一生この場所から出られなかったところで何にも問題はない。逆にいずれこの場所を出ていかなければならないといわれたほうが非常に困るし、悩む。
結局、僕は何も答えなかった。
彼女が僕にそう問いかけた翌日。彼女はこの場所から消えてしまった。どこを探しても、彼女はいなかった。
割り当てられた彼女の部屋にも、僕と一緒に遊んだ場所にも、どこにも。
この場所に彼女の姿はなかった。
僕はそれでも彼女を探した。時には配られた食事にも手を付けることすら忘れて彼女のことを探し続けた。
それでも見つからない。どこにもいない。
日がたつごとに、ここに残っていた彼女の痕跡が徐々に消えていく。そのことが怖かったのに、僕にはそれを止めることすらできずに、地べたに這いずるような日々を送っていた。
一生を尺度とすれば短く、僕の心からすればとてつもなく長い時間を消費して、僕はようやく気が付いた。
この場所にもう彼女はいない。
そのことに気が付くと僕はこの場所から出たくなった。抜け出したくなった。彼女のいるこの場所以外のどこかに行きたくなった。
何処にいるかとか、どこに行けば彼女に会えるかとか、そうゆうことは後回しに彼女が絶対いないこの場所からいなくなりたかった。
だからこの場所から僕は出ていくことにした。
________僕は死にかけていた。
足が動かないと思えば、もう僕に足はなくなってしまっていた。
呼吸をするのが難しくなって、せきをしたら血がでた。
僕は仕方がないから腕で体を引きずって前に進む。
目の前に見える光の先がどこだかわからない何処かだから、力を振り絞って進んだ。
でもさすがに限界なのかもしれない。
さっきからロクに前に進んでいる気がしない。
ただ地面に腕を這わせているだけのように感じる。
…僕はこの場所から出ることができないのかな。
そう思ったとき手が伸びてきた。
もう上を見上げる元気もないけど、その差し伸べられた手に僕は手をのせて言った。
「出たいなんて思わなかったよ」
眩い光の先に身を投じた。