第一話
外界に潜む脅威。それは、ヒトかケモノか――それとも歴史か。
世界が崩壊して500年余り。
生存の難しい環境なってしまった世界の中で隔離された〝人類生存可能領域保存型移動都市エリドラ”。その内のひとつである“環境探査型都市エルグランド”の外縁部には、駅があり、他の都市へと渡ることのできる不定期便が停車している。不定期であることから、この機会を逃せば次に来る便がいつになるのかなんて一般の住民にはわからない。そうともなれば、利用目的の客は少なくない。人も物も混み合う中で、二人の姉妹は笑顔で両親を見送る。
「レビィ、ヘレナ良い子にしているんだよ」
姉であるレビィは「いってらっしゃい。ヘレナと家のことは任せて」と言って片手を振って送り出す。
妹であるヘレナは「いってらっしゃい。早めに帰って来てね」と言って涙を流す。
それを見た母親は堪らずに目に涙を浮かべ、嗚咽を手で隠す。父親は優しく微笑んだ後、後悔を隠し切れない曇った表情を浮かべた。
別れの言葉を放った二年後。姉妹のもとに戻った両親は変わり果てた姿となっていた。
葬儀は短く簡素であり、学生であるヘレナが涙を浮かべ嗚咽を漏らす姿を余所に、既に成人していたレビィの眼には強い覚悟が据わっている。
両親のできなかったことをやってのける。ヘレナを……自分たち姉妹が暮らしに困らないだけの地位と財産を得る。その為に彼女は、都市最強の戦士を示す称号“ガーディアン”を目指した。
†
エルグランド闘技大会会場観戦席
「おーい!ヘレナこっちこっち!」
十五歳になるヘレナは、学友であるジャネッサと共にガーディアンを決める闘技大会の観戦席に来ていた。
「お待たせ。ちょっとお姉ちゃんと話してたんだ」
この闘技大会の参加者にはヘレナの姉であるレビィも含まれている。トーナメント形式の第一回戦を突破したレビィを労いに行っていたヘレナがジャネッサのもとに到着した頃には、第一回戦の最終戦が始まろうとするタイミングとなっていた。
「次の組はあんまり見栄えの無さそうな感じだね。一方は今回が初参加の“アルマー”だけどもう一方は“エルドル”だし」
「たしかに……でも、一応見ておかないと。お姉ちゃんの為にも」
そう、相手が誰であろうと勝ち抜いたレビィの相手が誰になるかなんて予想はできてもその通りになるという確証はない。いざ、全くマークしていなかった相手と闘うことになって情報が全くなかったりしたら目も当てられない。レビィが本気で挑んでいる以上、サポートをすると買って出たヘレナにだって油断できないことではあるのだ。
「お姉ちゃんは家族の為に頑張ってくれているんだもん。私も気は抜けないよ」
「いいなぁ。そういう姉妹愛っていうの?あたしはカッコいいって思うな」
以前、姉妹愛…家族愛というものは尊ぶべきものだとジャネッサは言ったことがある。それはヘレナとレビィの関係性を見たが故に生じた感情であるが、この世界において、家族愛というものはあまり重要視されない。それは、個々人の価値が優先される倫理観のもとに形成された社会だからだ。例え血の繋がりがあるとしても、関係ない。当然これを薄情な倫理であると認識するものも殆どいないのだ。
「あ、そろそろ始まるよ!」
闘技場に流れるBGMが変わり、その変化にジャネッサはいち早く気づいた。嬉々とした表情を見る限り、彼女はこういう催しや雰囲気が得意なのだとヘレナは察する。
『さぁ、本日最後の対戦が始まろうとしています。これまでの対戦でフィールドは穴だらけで凹凸激しい状態となっていますが、この状況をうまく利用するのが勝利の秘訣と思われます』
大会のナレーターがつらつらと言葉を並べるが、そこに覇気はなく、ただ淡々と状況説明を続けていく。この対戦に興味が無いということがありありと伝わってくる。
『続いての対戦は、双方とも初参加となっています』
その一言を聞いた観客の大勢がざわつく。それは期待によるものではなく帰り支度をする上での雑多音だ。
次第に、観客席の賑わいが薄れていく。この対戦に興味が無いのは観客も同じだった。
「みんな帰っていくね」
「まあね。どうせ勝負は目に見えてるし。だって、片方はエルドルだし」
エルドル。それはこの世界における“人間”であり、奴隷である。この世界において人間は差別用語であり、かつて繁栄したという旧人類を指している。
「あたしたちアルマーの足元にも及ばない人種ではあるけどさ、あたしとしては見ていかないのはちょっともったいない気もするんだよねぇ」
「もったいない?」
ジャネッサは立ち上がると、両手を広げてくるりと回る。
「だってそうでしょ?一方的な蹂躙劇になるかもしれない。でも、もしかしたらダークホースって可能性もあり得るわけだし、どんな展開になるかなんてわからないでしょ!」
興奮気味に嬉々とした話し方で持論を披露するジャネッサを見て、ヘレナはなんとなく面白くなってしまったのかクスッと微笑んだ。
「そうだね。どうなるかわからないししっかり見ていこうね!」
「まぁ、でもただの時間の無駄になる可能性のほうが大きいのは確かだけどね」
『それでは、本日最後の対戦を開始します。両者入場』
フィールドに設置された選手がゲートから現れる。
『アルマー・ビースト。セリエンタル』
セリエンタルという名の男が紹介される。獅子を彷彿とさせる容姿には、歴戦の勇士のような貫禄すら伺える。
『エルドル。エリオット』
続いて登場した選手は機械を全身に纏っていた。所謂強化スーツを着ているわけだが、どうにもボロボロでみすぼらしい。配線が丸見えで、関節の箇所には申し訳程度のボロ布だけが貼られている。
「こんなんでホントに勝てるのかなぁ?」
二人の少女が抱く感情は、一言一句変わらない。