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戦乙女と黒鎧の男

「どうしてヤスケは黙っているんだ?」

ハヤトが最初に抱いた疑問はそれであった。


結局はヤスケの事が気になり逃げて居なかったハヤトであるが、彼は……馬に跨った金髪女性が話している言葉が理解出来ていた。

いや、それだけでは無かった。

ヤスケの返事も、彼女が放った『分かる言葉で話せ!』も両方が日本語・・・として聞き取れており、如何してニ人の間で会話が成立していないのかがハヤトには全く理解出来なかった。


実は、これは女神フィオーネが彼ら三人(・・)に与えた『勇者設定セット』に内封された自動翻訳機能の効果であった。

殆どの人類の語源に対し有効であり、耳で聴きとれば自動的に翻訳され、ロから言葉を発すれば相手の言葉に変換され相手の耳ヘと届く。

一種の精神感応(テレパシー)機能である。


勿論、この機能自体色々と欠点もある。

一つ目は翻訳は出来ても通訳が困難である。

互いの会話が全て日本語にしか聞こえない為に最初は、なぜ会話が成立しないか理解出来ない。気付いても日本語を日本語に通訳する訳であり途中で何処まで翻訳したかが分かりにくくなり易い。

二つ目は語学を教える事も向かない。

文法などが直訳される為、全く意味が分からなくなる為である。

簡単に言えば「子音で始まる名詞の単数形」にはa、「母音で始まる名詞の単数形」にはan。だとして『林檎は母音で始まるので、その前には冠詞としての「あ」では無く「あん」を付けるんです。なので「これは林檎です。」と言う様に使うのですよ。』と全くの意味不明な文章へと自動翻訳されるのだった。

その為、国語教師には全く向かない。

当然、なぞなそや例え話もある程度は精神感応の為、意訳されるものの理解出来ない場合も多々発生する。

因みに文章や文字に関しても、文字を認識すると自動ぐ文字認識が行われ文字データで視覚へと反映され日本語として認識される。その為、当然の様に現地の文字は書くことは出来ない。

魔人達も魔獣や野獣を使役する為に同じ機能を持ち合わせていたのく、これまで会話が成立しており全く誰も気づいて居なかったが、フィオーネより『勇者設定セット』を受け取っていないヤスケがー般人と接触するに至り、初めて発覚したのだった。

しかも、更に面倒な事に今回ハヤトはその機能に全く気付いて居なかったのである。


ハヤトから見れば、ある意味滑稽とも摩訶不思議と言っても過言では無かった。

互いに日本語で話している筈が、会話が成立して居ない。二人はー体どうしたんだ?とハヤトはただ思うばかりであった。



◆◇◆◇◆



「ha! Sagen Sie, dass Sie die Worte nicht brauchen, um in der Atmosphäre der Frau zu hängen?

(はっ!女風情に掛ける言葉など要らぬと申すか。)」

何事かをロ内で咳き、娘が馬上にて槍を身構える。

……むっ?

槍を構えた途端に娘の表情がー変し、研ぎ澄まされた闘気が見えぬ刃のように周囲ヘと放たれる。


「これ程とは……」

正直な所、侮っていたと言わざるを得ぬな。

程よく練り上げられた猛々しい氣力と、相反し静謐に整えられた胆力が適度に混在した堂尺たる構えである。

吹き付けられてくる武威は、間違い無く幾多の戦場(いくさば)を生き抜いてきた歴戦の戦士(もののふ)の物であった。


これはハヤト達では瞬殺であったな……

此方も左半身に諸手で槍を構え、相手へと相対した。


「Mu……」

女が目を細め、油断のならない視線を此方へと向けてきた。



………



「……さて、どうしたもんか。」

「だな、困ったな。」

森の大木の下に陣取ったタケアキとエンタがため息混じりに下界を見下ろす。


彼らの目下では、白馬に乗った銀色に輝く鎧を纏った人物と、対照的に漆黒の鎧の男……ヤスケが睨み合っている姿が目に入っていた。


もちろん二人はヤスケの強さを信頼している。

日本人が最も精強であった時代よりやってきた武士であるヤスケは其の武力だけでは無く、気遣いも出来る実に出来た男だ。

もしハヤトを含めた三人だけでこの世界へとやって来ていたとすれば、既に死んでいるか路頭に迷っていただろう。と容易に想像がついた。

……然し、其のヤスケと言えども神や超人では無いのだ。

遠くを見れば、村の屋敷から数頭の騎馬と歩兵が向かって来ている姿が見える。

あれに取り囲まれたたら……如何にヤスケと言えども命は危ういかも知れない。


「な?タケアキ。どうにか出来そうな、スキルか武技はあるか?」

「んん……水魔法はまだ実装化して無いしな。ま、武技でどうにかする。エンタはどうする?」

「俺は碌なスキルが育って無いしな……仕方ない、投石でいく。」

「よし。俺が武技で二人の真ん中に斬り込む。後は頼むぞ。」

「了解。っか、ハヤトの奴は何処にいるんだよ?」



………



「ha!」

「ひぉぅ!」

互いに槍を突き下ろし突き上げた。

穂先が交錯する刹那に軸手の小手を返す。

ー 渦潮

相手の槍を巻き絡め取る技であった……が、相手の穂先も同様に旋回した。

くっ、同じ技か?


「Nu?! − Hya!」

女の形の良い唇が窄められ鋭き吐気と共に、左手を支点に右手の肘を立て捻り込む様な打突が、抉る様な軌道で跳ね上がって参った。

「くぉ?」

急ぎ、柄を跳ね上げ穂先をいなす。

歩行かちじゃと、どうにも不利じゃな……如何にする?


……しからば、これでどうじゃ?

右脚を踏み出し腰を大きく捻りて、大振りに石突き側を旋回させる。

ー 大渦

娘が左肩をくぃと内に捻る。

かぁんと音を立て槍尻が弾かれる。

持ち盾?

左肩に大きい甲が着いておると思わば、其の様に使うかや?!


「sya!」

馬に半歩引かせた娘が諸手にて槍を次々扱き出す。

こは堪らぬ。馬を狙うは好まぬが……

かかっ ー

まるで此方の思惑を見抜いた様に娘が馬を回す。

「むぅ……一筋縄ではいかぬのぉ。」

ちらりと視線を向けると屋敷より、数頭のの騎馬と歩行の兵が、かなり近くまでやって来ておる。


「Wo sehen Sie? Du leckst mich!

(何処を見ておる?!舐めておるのか!)」

娘が槍から左を離し、右手一本で握り締め、ぎゅっと脇を固め槍を固定する。


「Oh mein Gott!Techniker 【 Lance Charge 】

(喰らえ!武技【 騎兵突撃 】」

娘が文字通りに槍の穂先と人馬一体となってすっ飛んで来た。


「……武技!【 疾風斬 】」

ぼひゅ!っと大気が裂け、風の刃が疾ったが、槍の一振があっさりと風刃を弾き落とした。

「Ms?In so einem Kinderspiel!

(ぬ?このような児戯にて!)」


一 この技?タケアキか……

「ヤスケ!今だ、距離を取れ。」

エンタの声が響き、森から石礫が次々に飛んで来た。

「Tut!(チッ!)」

かなりの正確性と速さを持って飛来した石礫は、中々に卑怯にも馬を狙ったものが殆どであり女も苦労して礫を叩き落としていた。


「うむ!済まぬ。」

放っておいた和弓を拾い上げ、山際ヘと向かって走る。


「Tsu!? Hallöchen! Warum laufen Sie davon? Wo bist du?! Ja, es ist lästig.

Technik 【 Ein Wirbelwind-Streik 】

(くっ?おい!貴様ら何故逃げる!何処の間者か?!ええぃ!面倒な。

武技【 旋風一閃 】」

ー ぞくっ…… 俄かに膨れ上がった闘気に、何故やら知れぬ悪寒が背筋に疾る。


「ぬぅ?ヌシら伏せよ!」

女が槍を横へ雍ぎ払ったー撃が、丁度儂らの首の位置でずばっと素っ首を跳ばすように樹々を一気に吹き飛ばした。

おぉ?タケアキの技とは桁が違うの!


「無茶苦茶、強ぇえ!」

「なんだょ?もう、あの娘が勇者でいいじゃん!?」

ばきばきと音を上げて大木が倒れる最中を、三人で走り抜ける。


「ハヤト!その辺りに隠れておるなら、さっさとついて参れ!置いていくぞ。」

先程から姿を見せないハヤトへと怒鳴りつける。


「お?ぉお?!み、水魔法が実装されたぞ。よし……『……全てを包み込む濃き霧よ 我らを隠し 彼の者の目を欺け【 濃霧(デェンスフォグ) 】』」

タケアキが何やら呪文を唱え、背後に濃い霧を生み出した。



「Ku?Sie haben einen Assistenten?

(くっ?魔法使いが居るのか?)

nebel?? Hallöchen!!Spielen Sie nicht mit Hatakeyama. Komm zurück!

(霧だと?おい!巫山戯るな。戻って来い!)

唐突に立ち込めた霧に娘が何やら怒声を上げる声のみが聴こえてくる。


「おぉ?マジか?!ご都合主義だな……」

「ご都合主義って言うか、生命の危機とか何かが起こる事が実装の引金(トリガー)なんじゃね?」



◆◇◆◇◆



『チッ……これでは、碌に山狩りもできぬな。』

行く手を阻む様に倒れた木々と濛々と立ち込めた濃霧を前に、アダリーシアが盛大な舌打ちをする。


『領主代行、如何されますか。』

追い付いて来た従士長のイロードが、不自然な迄に立ち込める濃霧を前に馬上で顔を顰める。


『これでは下手に追うのは危険であろう。山際へと兵を配置し相手の再侵入に備えよ。』

『賢明なご判断でございますな。』

『ふん、嫌味か……』

頑なに慇懃な態度を取り続ける叔父を見て、アダリーシアが鼻に皺を寄せる。



『……然し、あの男。士官学校時代に当代無双とまで謳われた我が檐を……防ぐか。

……一体、何者だ?』

アダリーシアが小さく呟く。


『如何なさいましたか?』

『……何でも無い。少し街道沿いに回ってくる。後は頼むぞ。』

少し乱雑に言い放ったアダリーシアが、愛馬を嘶かせ、街道沿いに走り去っていった。




『……槍を振るしか能が無い腐れ小娘が!良い気になるなよ。』

其の後ろ姿へと向かって、表情を一変させたイロードが唾と共に侮辱の言葉を口汚く吐き捨てる。


『従士長ぉ!怪しげな男を見つけました。』

そんなイロードへ、従士の一人であるアルバンが声を掛けてくる。

『何?怪しげな男だと……黒鎧か?』

仮にも「あの」姪と正面からまともにやり合える相手だ。自分では勝てない事を知っているイロードが明らかな警戒の色を滲ませる。


『い、いえ、黒髪の若い男です。「お互い話し合えば、人は分かり合える。」とか言ってます。』

『……何処の糞神官だ。頭が湧いてきるのか?

エッボ、クルト。アルバンと共に行って、縛り付けて拘束しておけ。いや……』

そこまで言ったイロードが、考え込む様な仕草をする。

『居住地の南端にあるヨーナスの爺いの空き家があったな。あそこに放り込んでおけ。

あ、お前達。アダリーシアには伝えるなよ。分かっているな?』

そう命令したイロードの顔に黒い笑みが浮かんでいた。


……使い道はある。色々とな。

段々とお話っぽくなってきましたね。

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