妖精畑と麦畑
「や、やっと人の手が入った土地を見つけたぞ……」
湿原で再び野営をした儂らは川沿いに更に進み、三日目の昼前にして初めて人の手が入った場所を確認した。
ま、確かに此れは畑であろう。
土は柔らかく耕されており、細長く直線状に土を盛り上げた畝が立てられている所を見るに畑にしか見えぬ。
然し、問題が無い訳では無い。
「な、なあ?妖精って畑に植えて育てるもんなのか?」
タケアキが畑を靦き込み、其の様な疑問を口にする。
「知らねぇよ!?全く、猟奇的過ぎる光景だよな……」
エンタも目を眇めて其の畑と思しき場所を見回しておる。
んー『ようせい』が何者かは知らぬが、明らかに人型の生物と思しき何かが植わっておった。
「こ、この世界だと普通の事かも知れないし……此処はスルーしようぜ。」
畑の畝に虫のような羽をもった小人共が、上半身を突き出し虚ろな目付きで等間隔で植わっておるが……?
其の異様な光景に圧倒されたのか、ハヤトまでが先を急ぐ様に促してきおった。
ま、儂も同感じゃな。
下手に畑に近づきすぎておると、野菜泥棒か野盗に間違えられ兼ねん。
ま、あれを盗んで如何にせよと申すかは知れぬがな。
おっかなびっくりな様子の三人と共に、川沿いの畦道を進んでおるが……あれ以降、植んっておるのは大麦に……何故やら雑草であるな。
『ようせい』やらが植わっていないのは結構じゃが……
「麦は分かるが、何故にあの畑は何も植わっておらぬのだ?」
思わず疑問が口に出る。
まず、第一に麦は只でも歩留まりが悪いのじゃぞ?!
春にー俵の麦籾を撒いても、秋に収穫出来るのは精々、二、三俵に過ぎぬのだ。
一反歩に一升ずつの籾を撒きて四十反歩。
つまりは四町じゃ。
稲であれば、同じ四町に植えつけを行えば、少なく見積もりても二十俵は収穫出来ようぞ。
裏作にて麦を植わっておけば、年にニ十四俵。そう、二十と四俵じゃ!
あの様に田畑を遊ばせて如何にするのじゃ?
一毛作であるのか?
……どうにも意味が判らぬぞ。
「あれは二圃式だな。一年に一回麦を収穫する畑と休ませる畑を用意して、毎年畑を入れ替える農法だよ。」
はぁ?な、何と申す.....
「な、何と勿体なや……」
心底よりの呆れ声が漏れてしもうたぞ。
「ヤスケ。一概にはいえないぞ。気温が低いと二期作やニ毛作は期待出来ないし、もしかすると緑肥なのかもな……」
タケアキが日頃の言動からすれば、余り似合わない理性的な事を言い始めおった。
「タケアキ……何か悪いものでも食ベおったのかや?」
「いや……偶然にもヤスケが作ってくれた飯しか食ってないぞ。」
うむ、そうであったな……
どうにも釈然とせぬな。
.........
「おぉ、あれ見ろよ!村だぞ。」
エンタが山側の前方の丘陵地を指示した。
見れば確かに、二町(2ha)程度の曲輪に区切られた集落がそこにはあった。
間違い無く先程の田畑を管理している農村であろう。
曲輪の周囲には丸太の木塀が張り巡らされており、更に丘の上にあるは領主か代官の屋敷であろう。
例えるならば丁度、瓢箪のような形をしており、下段の平坦部が民の暮らす曲輪であるらしく小さき小屋が雑多に立ち並んぐおる。
そして上段の丘陵部が主郭なのであろう。
成程、大体二百人は住んでおるじゃろ。
然し、何故に一所に固まって居住しているのじゃ?どうにも利点が分からぬな。
ふぅむ……しみじみと我が知り得る惣村とは随分と違うものじゃな。
日本の惣村じゃと下作人がおって百姓や名主がそれを使う故に、個別に集落が点在しておる。
それに並の国人侍や郷士であればー町程度の敷地に土塁か石垣、それに堀で固めた屋敷を構え、所従と郎党のみを住まわせ暮すが通例じゃ。
これでは、攻められた場合に民を守るに手が掛かり過ぎるではないか。
違った文化に触れ、考え方の相違と言うものであろうと思おたが……
「ヤスケは何か、納得して無いみたいだな。」
またしてもタケアキがそう言って話しかけてきた。
「むむっ……タケアキに教わるのはどこか納得がいかぬな。」
「んだよ!思いっきり失礼だな。で、何が納得して無いんだよ。」
「うむ。何故、あのように民を囲い込む必要性があるのじゃ?」
曲輪に囲われた集落を、手にした槍で指し示す。
「あれは、民を守る為だな。」
はて?何を言っておるかわからぬ。
それは見れば分かるぞ。
「この時代の侵略って言うのは、其処の住民を全て惨殺した上で、自分の所の人間を入れて替わりに住まわせる訳だ。」
「は……ぁ?」
「マジで?!」
儂だけでは無く、エンタやハヤトも驚きの声を上げる。
「この世界ではどうかは知らないけど、元居た世界じゃそんなもんだぞ。ローマ人とガリア人、プロテスタントとローマカトリックみたいに民族の違い、人種の違い、宗教の違い、言葉の違い、食糧問題とか色々あるけどな。
後、もうーつは食糧や金銀財宝に若い女と奴隷を得る為『だけ』の侵略行為もあるな。」
「そ、それじゃと、民や田畑……土地はどうするのじゃ。」
「強奪だけが目的なんだから、放置に決まってんだろ。数年後に復旧したころを見計らってまた『収穫』しにくる訳な。」
「エグ過ぎる。』
エンタが嫌そうに顔を顰める。
「マジャール人は騎馬民族で、固有の土地ってのを持たないから主産業が『略奪』だ。
其れにバイキングって知ってるだろ。スカンジナビア王ラグナルなんて周辺諸国への侵略行為で王位に就いたような奴だぞ。」
ど、どうしたのじゃ……タケアキが筆学所の師範のようじゃぞ?!
「なぁ……タケアキって妙に知識が偏ってないか?中世欧州関係に妙に強いって言うか……」
ハヤトも同じ疑問に思い立った様子で首を傾げておる。
うむ、尤もじゃ。
「ん?いつ異世界に召喚されても大文夫な様に調べて……
って嘘だよ。そんな白い目て貝るな?!見るなよ!!純粋に世界史が好きなだけだ。まあ、他の教科はからきしだけどな。」
タケアキがきししと笑って見せる。
………
お、向こうに村人と村娘がおるな。
中々、珍妙な髪色をしておるぞ。
「うぉっ?ピンク頭って実際に見ると中々強烈だな。」
「けど……おっさんが桃色頭や紫色で、女の子が灰色の髪って誰得なんだ?」
「……遺伝子って意外に残酷だな。」
三人は色々と勝手な事を言っておる。
ところで、「いでんし」とはなんじゃ?
ん?村人が此方を見て、何やら騒いでおる……な。
むっ、農具を放り出して村の門の方へと逃げて……?!
始めは処女の如く、後は脱兎の如しと良く申すが、こは中々の逃げっぷりであるな。
「何か、様子がおかしく無いか?」
「だよなぁ……山賊か盗賊かなんかが出たみたいな……」
「何処かに怪しい人影でも……」
そこまで言った三人の視線が儂の方へと向かう。
なんじゃ!?
具足姿がそこまで珍しいと申すか?
ー カァン!カンカンカン……
突然、村の鐘楼より鐘の音が、かんかんと煩く鳴り響き始める。
おお?何事であるか。
と、韜晦してみたが……ちと無理があるかのぉ。
「あ、上の屋敷で人が……」
丘の上に築かれておる屋敷より、明らかな軍馬の嘶きと軍気が漂い始めた。
……これは拙い。
「ヌシら!逃げるぞ。」
「へ?な、なんで?」
ハヤトがよく分かって居ないのか、変な声を上げる。
「マジで、ヤバいかもな。」
「山に逃げ込むか?」
こんな時に意外に鼻が利く二人は、迷うことも無く既に走り始めていた。
……騎馬にて追われてると、とても逃げ切れぬ!
「左手の畑の畔沿いに走りて、山へと逃げ込め!儂が殿務める故、後ろは振り抜くで無いぞ!」
◆◇◆◇◆
ー カァン!カンカンカン……
此の所、久しく聞いて居らなんだ警鐘の鐘が鳴り響いた。
「何事じゃ!」
思わず、手にしていた羊皮紙の束を放り捨てる。
「お、お待ち下さ……」
「お嬢さ……領主代行。
西の山の方角より怪しげな人影が現れたとの事で御座います。」
侍女である老婆が返事をするよりも早く、農作業をしていたのか、領主室へと衛士長が作業服姿で駆け込んで参りそんな声を上げる。
……西?あの魔の山より、何者かが降りて来たと申すか?
「イロード!私の馬を回せ。アルナは私の甲冑と槍を出してまいれ!」
従士長である伯父のイロード、侍女長であり乳母であるアルナへと怒鳴りつけ、正面の扉を蹴り開ける。
西の麦畑の中央付近に人影が四人ほど見える。
「……我が目よ。万物を見渡し、真実を見せよ。【 遠視 】」
遠見の魔法で、四人の姿が大写しに見える、
く、黒髪?!
古より魔を統べると言われるあの髪色か!
黒髪に見慣れぬ服を着た若者が3人と……
……そ、それと何じゃあの禍々しき鎧は?!
漆黒に染め上げられた鎧を纏い、腰には2本の剣を差し、長大な黒槍と有り得ぬ程に巨大な弓を携えし男。
伝説に聞く……魔人であろうか?!
アルナと侍女達の手により甲冑を身につけてつつも、身を逸らす事も無く彼らを凝視する。
ぶるっと恐怖が背中を疾る。
父上が居らぬ時に何たる事だ。
……然し、私はこの村の住民達を守り抜く責務があるのだ。
「私は先に行くぞ。イロードは従士隊が整い次第、追って参れ!」
「お、お待ち下さい。」
従士達の制止の声を背中へと聞きつつも、私は愛馬の手綱を握り締めた。
やっとお話が動き始めましたね。