蓮根とナマズ
もう少し毎日夕方に投稿予定です。
「して、夜も明けた事じゃ。いっその事、此の川沿いに下ってみるのはどうじゃ?」
夜も明け三人が起き出した頃、儂はそう提案してみる事に致した。
「確かになあ、川沿いなら人里がある可能性は高いよな。」
「けど、チュートリアルの割に何にも現れないよな……今の内にレベル上げしておきたかったんだけどな……あ、見ろ!種族レベルが上がってる?!」
「へ?!何で?……本当だ。それに新しく【剣術 Level.1】が生えてるぞ。」
「ヤスケ!昨日の素振りでレベルが上がったぞ。ありがとう。」
ハヤト達に何らかの成長があった様で、何やらわいわいと騒いでおる。
「役に立てて何よりじゃ。では忘れぬ内に繰り返しの素振りじゃな。」
「へいへい……ま、やれば身になるって判ったのは大きいよな。」
エンタがにこりと笑ってそう言った。
「そうじゃな、日々の鍛錬は確実に身になる。後は走り込みも足腰の鍛錬に良いぞ。」
それから暫くの間、素振りと基本的な型、そして打ち込みと組打ちの修行に時間を費やしたのだった。
………
「スキルの【剣術 Level.2】が上がり、【格闘技 Level.1】、【棒術 Level.1】そして剣技に【打ち下ろし】の武技が生えた。」
「木刀の素振りも音が良くなったな。ひゅんが、びゅんって感じになったぞ!」
「この調子で、槍を練習したら槍術も手に入るか。」
中々に高揚した様子の三人が、嬉々とした様子で結果を話し始める。
「槍はもう少し経ってからが良かろう。器用貧乏じゃと今一つ強みに欠けるぞ。」
「……ん、そうだよな。俺達は別にスキル集めをしている訳じゃないしな。」
「あ、そう言えぱヤスケ。また森に入ったんだろ。何かあった?」
「薪が少々じゃな。不可思議なほどに生き物が居らぬ森じゃった。」
この言葉に嘘偽りは無い。
斯様な深い森であれば通常は生き物の営みがあると言うに、この森には全く獣も鳥も見当たらない静か過ぎる森であった。
「仕方無いな。予定通りに川沿いに進むか。」
「そうだな。」
「ふむ、では支度致す故に少々待たれい。」
焚き火の残り火は水を掛け完全に消した上で、石組みの竉を崩し、手早く陣笠の中に碗や柄杓を放り込んでいく。
そして外しておいた胴と兜を着込み、鎧櫃を背負う。最後に立て掛けておいた槍と長弓を手に取った。
「待たせ致したな。」
「そんじゃ、早速出発するか。」
ただ歩くだけでは、味気ないとして三人は思い思いの鍛錬を行っている。
基本通りの素振りや教わった型を繰り返しつつ、草原を突っ切る形で歩みを進めていた。
お天道様が天辺を超え幾らか傾き始め、二刻(4時間)程歩き続けた頃。
……目前の草原が急速に姿を変えつつあった。
「ぬぅ、あは沼であるな。」
沿って歩いていた川はその姿は薄く広く姿を変えていき草原ヘと注がれ、一帯は湿地帯となっていた。
「……勿体ないのぉ。」
思わず、そんな言葉が無意識の内に漏れる。
「ヤスケ?何が勿体ないんだよ。」
咳きを聞き取られていたか、エンタがその様に問いかけてきた。
「ふむ、折角の湿地じゃ、畷で区切らばさぞかし広大な田圃が開墾出来ようものに。」
「確かにな。これだけ水と土地があれば、水田も沢山出来るわな。」
「っうかさ、この世界に米ってあるのかな?」
「……な、何と?!」
ハヤトの言葉に思わず絶句していた。
「いやいや、ヤスケ。衝撃を受けている所に悪いけど、元の世界でも地域的に見たら稲を育ててる場所って結構少ないからな。」
「で、では民は何を食っておるのだ?」
米を喰わずして何を喰うと言うのだ?!
「確か小麦とか玉蜀黍だろ。あとは大豆に芋だったかな。
よくよく考えたら……この世界の主食が何なの俺達知らないな。」
「うむ、そはきっと米であろうぞ。」
「それはヤスケの希望だろ?」
エンタめ!酷い事を抜かすな。
「けど、やっぱ米はマストだよな。全員日本人だしな。」
「んんー内政チート炸裂させるか?……てかそんな知識無いよな。」
そんな取り留めのない会話をしつつ、大きく湿原を迁回をして儂らは進んだのであった。
「おっ!ハヤト。あれを鑑定してくれないか。」
「ん?何だよ。あれか?何だかハスの葉っぱに似てるな。」
暫く湿地を避けて歩いておると、タケアキがハヤトに対して鑑定とやらをせよと申しておる。
どれと見るに、確かに蜂巣に似ておるな。
「どれどれ……鑑定!【ヨザキスの葉】ー 『円形で葉柄が中央につき、撥水性があって水玉ができる。地下茎、種子 』ってあんまり変わって無いか……
いや……待て!鑑定にアンダーラインが入ったぞ。」
「おお!ハイパーリンクか!?」
「よし!【ヨザキスの地下茎】ー 『※※※と呼ばれる。地下茎が肥大化したもので、内部に空洞があり、いくつかの節に分かれている。食※』……って、だから何だよ!食※って!?」
「レンコンだろ?『食』って入ってるから食用じゃないか?」
「毒かも知れねえじゃん。」
「いやいや……それなら食毒って何だよ?語呂が悪いわ。」
何やら三人がわぁわぁと騒いでおる。
むぅ……然し蓮根で有れば、腹持ちも良いしの……
「ふむ、此処は一つ、穫って参るか。」
鎧櫃を下ろし、立木の小枝に槍と弓を立て掛けた。
具足と小袖を脱ぎ、麻の褌一つになる。
「ちょ!ヤスケ、何してるんだよ!」
「蓮根であろう?ちと穫って参る。」
他に、褌一丁となって何をすると申すのやら……?
さてと得物は、脇差……いや小柄で良いか。
そう考え褌一丁で小柄を口に咥える。
「俺も行こうか?」
タケアキがそう言って、ぶれざぁとやらを脱ぎ、手に持っていた木刀を立木へと立て掛けた。
「ふむ、そうであるな。タケアキにも頼もうか。ハヤト達はこの前教えた起こし方で、焚き火をしておいてくれぬか?」
「分かった。じゃ俺が火起こしするから、エンタは薪を頼むよ。」
「了解。」
「よっしゃ寒中水泳だな。」
意外にもてきぱきと役割を決めた三人が行動を始める。
「うひょ!冷たっ。」
何故か嬉しそうにタケアキが奇声を上げる。
湿地の水へと身を預けると、手足の先に軽く痺れる様な水の冷たさが伝わってくる。
ふむ……こは、あまり長時間じゃと身体が冷えてしまうの。
横を見るとタケアキが蛙泳ぎにて、意外にも器用に泳いでおる。
「ヤスケ、レンコンは花の下辺りにあるのか?」
「そうじゃ。泥の下故にちと苦労するかも知れぬぞ。」
「わかった。」
互いに泳ぎつつ会話を交わし、バスの葉の下にある茎を確認する。
水深は意外に浅く、立ち上がらば腰より上は出るであろうが……いかんせん下は柔かき浮泥故に、足を取られ歩き難い事間違い無しじゃ。
「よいしょお!うぉっ?足がめり混んだぁ?」
早速、タケアキが泥土に足を取られておるな。
ふふっ……佐嘉郡生まれの儂はその点違うぞ。佐嘉は土地柄浮泥地が多いからの、蓮根穫りは童の頃より得意じゃぞ。
手探りにて茎を辿り、粘土層と砂層の間に蔓延る茎を探るのじゃ。
あまり泥を混ぜると来年の育ちが悪うなるからの。
ほぅ!こは立派な蓮根じゃぞ。
………
「タンパク質か足りねえ……ドジョウか鰻が居りゃ良いのにな。」
幾つか繋がったままの蓮根の束を持って泳いでおるタケアキがそんな事を言っておる。
「何を申しておる。鰻は川におるものじゃぞ。」
「そうなん?じゃあ、沼にいるのは……ナマズか。」
「そうじゃな。泥鰌や鯰なら居れば良い……」
「……あ。」
下らぬ事を言い合って岸辺へと向かっておったら……
「ナマズだ……」
「確かに鯰じゃな……」
外観は大きく扁平な頭部と幅広い口、それに長い口髭が生えた黒々とした鯰の頭が水面から顔を出しておった。
「あれさぉ……デカ過ぎじゃね?」
「確かに、人の頭くらいはあるのぉ……」
鯰にしては明らかに大き過ぎるぞ?
「捕まえるか……けど、何かこっち見てるよな?」
「鯰は普通、臆病な筈じゃぞ?」
何やら様子がおかしい鯰にタケアキも違和感を感じておるようじゃ。
『……ほぉほっほほ。私の美しさに言葉も無い様ですわね。』
「うわっ!?ナマズが喋ったぞ?」
『な、なんと奇っ怪な。』
『ほほっ、華麗なる私〝水連の騎士〟アルビィーが見参致しましたわ。』
ざばっ ー と音を立てて鯰が水面に立ち上がりおった。
「うぉ?おえぇ……キモっ。」
タケアキがえづいておる。
しっかし……酷いのぉ。
『おっほっほっ……私の美しさに言葉も無い様ね。』
鯰……あるびぃとやらが、ぶるんと揺れる豊かな胸を張る。
……ぅうむ。
身体は浅黒く光沢がある。どうやら雌?である様で豊かに実った揺れる豊満な胸、きゅっと括れた腰、ぱんと張った良い形の尻をしておる。
しっかし……顔はどう見ても鯰じゃな。
『あらあら……そんなに私の身体を舐める様に見詰めるとは、殿方達の視線で犯されてしまいますわ。』
鯰がくねくねと身体をくねらせておる……
『あ・た・く・し!濡れてしまいますわ!』
そう言って大股を拡げ、濡れそぼった股を見て参った。
「おえぇ……」
タケアキが吐きおった!?
『さぁさぁさぁ!あ・た・く・しの中へと精を注ぐのです。あ、ぶっかけでも宜しくってよ。』
「ぼけぇがぁー勃つかぁ!……武技【疾風斬】!」
タケアキが蓮根を振り抜いた。
俄かに旋風が巻き起こり水面を不可視の刃が疾る。
『あひゅ……ん?!』
ぼぉーんと鯰の首がすっ飛んだ。
………
「……【剣技 Level.3】、武技スキル【逆巻】、【水魔法 Level.5】、【日常魔法 Level.2】。うん、何か色々手に入ったな。」
疲れた様子のタケアキが何やらぼそぼそと呟く。
「鯰、食うか?」
「絶対に無理。」