じゃんけんと剣術を学ぼう
勇者候補の割に何もしてないですね。
「ふむ、握りが違うぞ。
親指と人差し指にはその様に力は入れぬで良い。上の指は添えるだけで、握る際に力を入れるのは両手共に小指と手の平で握るのじゃぞ。」
「ええ!すっぽ抜けそうで、怖いんだけど。」
早速、素振りの修練より始めたものの、此の三人は刀剣の類など碌に触ることも無い生活を送っておった様子じゃ。
「ビュン!って音がしない……」
「ヤスケが振ると、確かにビュンって音がするよなぁ。」
ハヤトとタケアキがそう言って首を傾げる。
「糞握りで握っておるからじゃ!柄を強く握り締め過ぎておるから、その様に手首まで固まって振り下ろしが遅いのじゃぞ。
後は右と左の手の握りが近過ぎるぞ。ま、状況次第で、大きく振るう時は手を離し、細かく振るう時には両手を寄せても構わぬがな。」
とは言うものの、口で幾らで言っても解らぬものは解らぬ。
体感せぬ事にはなぁ……
「違いが分からん!何で大きく振る時と小さく振る時で握りを変える必要性があるんだ?」
「ふむ、タケアキよ。ヌシは草原で木刀を振るも、建屋の中で振るも同じと思うや?」
「言われてみれば、ま、そう言うもんか……」
タケアキが更に首を捻っておった。
「成る程な。バットと同じ要領か。」
其れを聞いていたエンタが、そう言って握りを変えつつ何度か木刀を振り下ろした。
うむ、中々良い太刀筋になって参ったな。
「所でエンタ、抜刀と申すに常日頃、刀剣を振っておったのか?」
「抜刀じゃないわ!バットだ。バット!
野球ってスポーツ……競技をやってたからだよ。つか日常的に抜刀する高校生なんて怖いわ!マジで猟奇的過ぎるぞ!!」
むむっ『こうこうせい』が何者かは知らぬが……エンタが八相の構えから右胴払いに木刀を振り抜く型を披露してくれた。
体重を綺麗に移動させた、力と体重が乗った中々の一撃であるな。
ふむ、右手は添え力を抜き、更に左の引き手が効いておる。
惜しむべきは右胴払いしか使えぬ事よの。
なぬ?野球とやらでは横からしか打たぬとな。
如何なる武術であろうか……
「おぉ!本当だ。なんか違う。」
タケアキ達もエンタと同じ型で何度か素振りをする事で納得をした模様じゃ。
「よし、次は踏込みと組み合わせるぞ。」
………
「随分と日も暮れて参ったな。」
西の空を見上げると、朱を滲ませた布を水ヘと放り込んだような形で茜色がじわじわと渗んでおった。
いや、あの方角が西とは限らぬか。……此処は元とは違う世であったな。
「何があるか判らぬ故、二刻毎に夜警を入れ替えるか。」
幾ら生き物が見当たらぬと申せど、全員が寝込んでいて、夜襲を掛けられてはお話にならぬしな。
「二刻?それ何時間だ。」
ぬ?一日は十二刻であろう?
「それなら一刻は2時間か。4時間、二刻で入れ替えな。んで誰と誰が組になる?」
「よっしゃ此処は一つ公平に、じゃんけんで決めるか。」
「じゃいけんとは何であるのか?」
聞き慣れぬ言葉であるな……蛇威拳?
「あれ?ヤスケはじゃんけんを知らない?結構古くからあるって思っていたのにな。」
困った様子でハヤトが考え込む様な顔をする。
「名前が違いだけかも知れないぞ……
グーはチョキより強く。チョキはパーより強い。そしてパーがグーに勝つ訳だな。」
そういってタケアキが握り拳、鋏、平手の指の形をして見せてくれた。
成る程な……
「ふむ、じゃいけんは知らぬが「三竦み拳」なら儂も知ってぉるぞ。蛇、蛙、蛞螈で三竦みじゃ。」
人さし指は蛇、親指は蛙、小指は蛞螈を示し、蛇は蛙に勝ち、蛙は蛞螈に勝ち、蛞喩は蛇に勝つわけじゃ。よって三竦みと申す訳じゃぞ。
「おおっ成程。基本的なルールはー緒な訳か。」
「そんじゃ、じゃ行くぜ。じャんけん……」
………
じゃいけんとやらは儂とハヤトが勝ったが、儂とハヤト、タケアキとエンタ、儂とハヤトの順にさせて貰うた。
ハヤトにはちと気の毒じゃが、誰かが相方にならねば成らぬ故に勘弁してくれ。
三人は何故に三交代?と首を傾げておったが、今が暮れ六つとして、明日の朝が明け六っじゃて、丁度六刻じゃぞ?
何がおかしいのか。
ま、儂はこっそりとずっと起きておく故、誰も寝過ごす事当無かろうて……
「凄ぇ……真っ暗だな。町の明かりも街灯も何も無いってのが、ここまで人を心細くさせるって思って居なかったな……」
赤々と燃える焚き火から視線を外したハヤトが、漆黒の帳に包まれた周囲を見渡し、ぶるりと身を震わした。
「ふむ、ハヤト達の居た所では、夜半に暗う無いのか?」
「ああ、電気……って言っても分からないよな。ん、熱くない火みたいなもんか。それで家や町の明かりがピカピカ光ってて、中にはー日中、其れこそ昼も夜も開いたままの店や飲食店もある。
……食ベ物も色々あって、自動車……馬や牛の要らない馬車や牛車があちこち走って居て……」
「ほぅ、其は遠く嚼話に聞く桃源郷のような場所にあるな。」
「はっ、んな良い所じゃ無いぜ。勿論、良い所も色々あるけど、悪い所も結構あるさ……」
何処か寂し気な笑みを浮かベたハヤトが小さく笑う。
「しかし、夜空を見上げると正に異世界って感じだなぁ。
月が三つも浮かんでるし、星座も見たことも無い形をしているもんな。」
「.....月が三つとは、確かに贅沢な話であるな。京の都の帝も、足利の公方様すら見る事は出来ぬ物を見るとはな……」
「足利公方?って事はヤスケは室町辺りの人間か……そう言えば当代の将軍って誰の頃なんだ。」
「征夷大将軍か?参議征夷大将軍従三位行足利左近衛中将源朝臣義輝殿じゃな。」
「正式名称が長いよ?!
義輝、義輝………あ、剣豪将軍か。なら1550〜1560年前後だな。うわっ戦国時代の真っ只中か。」
「……戦国時代と申すか。はっ!こは上手く言ったものじゃな。そう……正に戦国にして戦乱、そして修羅の時代であったな……」
………
時は天文23年(1554年)頃の肥前の国東部は、正に下尅上の真っ只中であった。
肥前東部を長らく治めていた太宰少弐家は、家臣であった筈の龍造寺家との権力闘争の末に敗れ去り没落する。
少弐家の重臣であった高木家も、同様に龍造寺家と対立する事となり、三溝口の地にて一戦交えるも敗退し、高木城への篭城戦へと切り替えるも……
十倍を越す戦力差の前に、当主であった高木 能登守鑑房は降伏を決意する。
降伏の条件として嫡子盛房を差し出した上、居城である高木城を焼き払うと言う屈辱的な条件を飲まされた上で和睦し、杵島郡佐留志の前田家を頼りに前田伊予守家定の館へと身を落ち着けていた。
失意の中、鑑房はまんじりともしない日々を送っていた。
然し、日々の鍛錬だけは行い続けており常日頃、捲土重来を期していた。
然し、この時には館の主である前田伊予守家定は、既に龍造寺家へと寝返っており、刻々と高木 鑑房……つまりは儂の暗殺を狙っておったのじゃ……
或る朝の事、鍛錬を終えて外から戻り、縁側にて従者に足を洗わせていた時の事じゃった。
「能登守……いや弥介殿。精が出られますな。」
そんな声が背後より声が掛かった。
何かと思い視線を向ければ、館の主である前田 伊予守家定殿が、何処か貼り付けた様な引き攣った笑顔で其処に立っておった。
「こは伊予殿、居候の身にて迷惑をお掛けしておる。」
「伊予とは他人行儀に御座いますぞ。気楽に彦四郎とお呼び下さり結構ぞ。」
「彦四朗殿、感謝致し……」
次の刹那、反射的に儂は腰の太刀を抜き放っておった。
明らかなる敵意が周囲に唐突に張り詰め、庭先が戦場と成り果てたかの様であった。
「彦四朗殿!敵じゃ。」
この館の主である伊予守殿の前に立ち塞がり、太刀を八相にて構えを取った。
「確かに敵じゃな……ま、ヌシがな。」
背後から聞こえた其の言葉を最後に、視界がくるりと回り……
儂の記憶はそれきりに途切れた……
………
気付くと、ハヤトは既に眠りこくっておった。
ま、疲れておろうし仕方なかろうて.....
しっかし、目を閉じると首を落とされた瞬間の事がまざまざと思い出された。
儂は死んだ。ま、素っ首落とされたのじゃ、普通は死ぬじゃろうな。
……然し儂は生きておる。いや生かされておる。この新しき世にて何を成し遂げれば良いというのじゃ。
夜空を見上げれば見知らぬ星タが我らの頭上で何も語りかけてくる事もなく瞬くのみであった