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魔人襲来 その後3

『しぃっ!』

ばちっ! ー 稲妻の様な速さで左の内腿に衝撃が走り、かくんと膝が崩れた。

続け様に繰り出された右肘が鋭く弧を描き俺の左顎をあっさりと打ち抜いた。


一瞬でのうを揺らされ……手も足も出ないままに俺は成す術無く地面に倒れ込んでいた。


………


『……その程度・・の実力で、本気で我が家より娘を娶るおつもりですか?

水を頭からぶっかけられ、思わず見上げると

エーディトの母親であるエレオノーレさんが俺を冷たく見下ろしていた。

は……?

何が起こっているのか全く理解出来て居なかったが、漸く頭がエレオノーレさんに一瞬で屠られた事を理解した。

「くっ!」

素早く立ち上がりエレオノーレさんに対して身構える。

『……その気概は良いですが、初見の相手の実力差も見抜け無いとは、一体どうするお積りですか?』

「くっ……」

全く状況が機会出来ないまま、慌てて脳内ウインドウで【 格闘技 】を最大限で有効化させる。


「ふっ!」

小さく踏み込んで、牽制のジャブを繰り出し、本命のストレートを叩き込む。

頭を軽く振って俺の拳を躱したエレオノーレさんの腕が、俺の右腕に絡みつき姿勢を崩される。

「あ?」

体が流れた所に出足払いを喰らい、あっさりと地面に転がされる。

ー 糞っ!……ひっ?!

跳ね起き掛けた瞬間、目前に足裏が迫っており、慌てて横へと転がって逃げる。


「おぉ!顔面踏貫ストンピング?!ママさん容赦無いなぁ。」

「ほう!甲冑術じゃな。其れも手練れじゃぞ。」

まるで相撲かプロレス観戦でもしている様子のタケアキとヤスケが丸太に腰掛けたままで、そんな事を口々に言っている。


ー 糞っ!如何してこうなった。



◆◇◆◇◆



『……では私を押し倒すか、一発いれたら合格です。』


は……?

目の前でにこにこと笑うエーディトの母親が何を言っているか理解出来なかった。

「……親子丼キター!?ぷぷっ!」

「阿保か?!」

タケアキが盛大に爆笑してやがるが、絶対違うだろ!


『あらあら?判りませんでしたか?私の足の裏以外を地面に付ける事が出来るか、拳、蹴りなどの有効打を当てれば良いんですよ。』

エーディトそっくりの顔に笑みを浮かべてそう言った。

そう言う事か!……正直、ちょっとだけドキッとしたのはエーディトには秘密だ。

何処かを千切られそうだしな。


何だ……ラストはラッキー問題かよ。

『勇』とか言うから八頭毒蛇ヒュドラ三頭魔犬ケルベロスでも倒して来いとか言ってくるかと思ったぞ。

勇気ね。其れなら……か弱そうか女の人にも攻撃が出来るか試されるって所かな?

ふっ!俺はエーディトの為なら、鬼にも悪魔にもなるぜ。

お母さん……いやお義母さん。痛かったらちょっと御免さいね。


………


とか思っていた俺が馬鹿だった。

ねぇ?化け物なの?このお母さん?

少し離れるとバシバシ凄え蹴りが飛んでくるし、近付くと肘や膝がゴツゴツ当たる。マジで糞痛え!

抱き付いて押し倒そうとすると、関節を極められるし、投げ技で地面に転がされる。

あちこちが痛い……もう蹴られ過ぎ、投げられ過ぎで、心が折れそうだよ……


その時、村長の方を見ると……同族を見る様な憐れみの視線を俺へと向けていた。

その瞬間、謎が氷解した。

ま、まさか……歴代の婿の通過儀礼なのか?

その瞬間、恐怖が背筋を駆け抜けた。

こ、此れは試練では無い。『調教』だ……

此れは嫁と姑と言った女衆に対する恐怖と痛みを身体へと徹底的に教え込み、男の反抗する気力を完全にへし折る為の行為だと気付かされた。


「ひっ?!」

俺の目には、きっと明らかな怯えの色が浮かんでいただろう……

エレオノーレさんの顔には、かぱりと三日月の様な黒い笑みが浮かんでいた。

『……あらあら悪い子ね。何に気付いちゃったのかしら?』

き、気付いていません……本当です。

俺は、な、何も……し、信じて……アッ!?


………


其の後、ボロ雑巾の様にやられた俺は『キャッ?転んじゃったわ。』などとわざとらしい事を言って尻餅をついたエレオノーレさん……お義母様の素晴らしい演技で解放された。

はい、決して浮気など致しません。

絶対に夫婦喧嘩などしません。

男は女性の下僕に過ぎません。


「……洗脳かぁ。おっかないな。」

「……躾とは、実に怖いものじゃな。」

二人の呟きは、耳には入ったものの、俺には全く理解が出来なかった。

如何してだろう?



◇◆◇◆◇



『……よくぞ、3つの試練を突破した。

エンタ君、君には娘を娶るだけの力があると証明されたのだ。』

「はい。ありがとうございます。お義父様!」

『こらこら、エンタ君。気が早いよ。』

「あ、申し訳御座いません。」

『はははっ、堅いなぁエンタ君。そんな緊張しなくても良いよ。』

「あはは、そうでしたね。」

何処か虚ろな目付きの村長とエンタが、全く中身の無い会話を交わしておる。


躾とは 何と恐ろしいものじゃ……

「なんだか、人格まで変わってねぇか?」

タケアキが肩をすくめ二人を、眇めた目付きで眺めておる。


『あらあら、お二人に挨拶が遅れましたね。』

朗らかな笑顔のエレオノーレ殿がそこに現れた。

あれだけ動いて汗一つかいてもおらぬ……正直、此の女性にょしょう少し怖いぞ。


………


『ああ、あれは甲冑組討カンプフリンゲンと言うんですよ。騎士が戦場で使う格闘技で、武器を失った場合でも身体一つで戦う技になりますね。』

「ふむ、ではエレオノーレ殿は以前、騎士であられたのか?」

『いいえ、違います。(……だったじゃ無くて、まだ騎士なんですよぉ。)』

「……何か申されましたや?」

『え?何も言ってませんよぉ?』

……此の女性、何やら隠して居らぬか?

馬上での槍働きはどれ程かは全く分からぬが……あの組打ちの技量にて考えれば、弱い訳も無いぞ?

『そうそう、先日は私が留守にしている間に村を救って頂き、本当にありがとうございます。

あ、何ならの娘を、お二人のどちらかが娶りません?』



……ん、ん?!

儂とタケアキの刻が一瞬止まる。

「あ、あの……ママさん?う、の娘って?」

『はい、エーディトですよぉ。

下のディアナはエンタさんが貰ってくれますから、心配要りませんしね。』

「えっ?!ち……ちょ、ちょっとぉ?!」

ち、ちょっと待ってくれぬ……か!?


『それじゃ失礼しますね。おほほ……』

「ち、ちょっと!?ママさん!マジで待って!!お願いだから!待って、待って!!」

タケアキの制止も虚しく、エレオノーレ殿は風の様に立ち去ってしもうた。


「……台風みたいな母親だな。

けど、一体どうなるんだ?」

「……分からぬが、ま、成るように成るじゃろう。」

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