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燃える篝火と陰謀

おかげさまで、10話を超える事が出来ました。

「手を掛ける所も無いな。」

エンタが聳え立つ木塀を撫で回し小さく眩く。

ま、そりゃまそうじゃて、登り易い壁など、既に壁では無い故にな。



「いっその事、火つけるか?」

タケアキが周囲を見渡し火付け盗賊の様な物騒な事を言っておる。

「火計かや?」

のう、タケアキよ。火付け盗賊は重罪で(はりつけ)獄門じゃぞ?梟首や火罪など真っ平御免じゃぞ。

「混乱を発生させるのには良いと思うけどな。消火に人手も食うし……けどな、幾らなんでもあからさま過ぎないか?」

確かにエンタの言う事にも一理ある。

警備の目は一時的に、火へと向かうであろうが、目端が利く者が居れば容易く陽動と気付くであろうな。

「ー度、森に戻るぞ。」




再び森の山際ヘと戻った儂らは、再び侵入計画を練る事に致した。

「さて、如何したもんか。

で、俺は潜入にはアレを推すね。じゃなかったら最悪、火だ。」

タケアキは上層から居住地の中へと、北より南西方向ヘと曲輪を突き抜けている川を指し示す。


「……俺は南門だな。見た所東門が正面口で一番大きくて頑丈だ。最短最速で警備が甘い南門をぶち抜いて、目標(ハヤト)を確保し速攻撤退だ。」

成程、意外にもタケアキは潜入を選びおるか。ー番好戦的な性格であると思うたが……此処は反対にエンタが積極的じゃな。


「ふむ、儂も川じゃな。下手に門を破るとすれば、手間取ると相手の兵に(たか)られかねん。此処の兵は初動は悪う無い……」

そこまで言って、昼間の出来事を思い出す。


ー そう言わばあの娘が単騎駆けしてきおった後、兵達の動きが何処かおかしくは無かったか?

あれだけ兵は整えて居ったのに、宛ら牛步の歩みであった。

……まるで、あの娘を「孤立」させたがっておるとしか思えなんだが?

領主かその家人に対する所業ではあるまいて……もしや家督争いか?

真っすぐそうな娘であった故に敵も多かろうて.....



「ん?ヤスケどうした。」

「……いや何でも無い。

うむ、やはり城攻めは倍に相当する兵力を必要とする故にな。エンタには済まぬが、此度はタケアキの策で潜入致すぞ。」

「ああ、構わない。よくよく考えたら昼間の娘みたいなが他にも居たら手も足も出ないしな。」

「う、うむ……」

「お、どうしたヤスケ?もしかして……あの娘に惚れたか?」

「……言葉も通じぬのに、如何にせいと申すのじゃ?」

大体な外面はどうあれ、中身が五十にもなって惚れた腫れたなどあると思うたか?とっくに枯れておるわ。


「……そう言えば、ヤスケが言葉が通じなかったって言っていたな。

……けど俺達はあの娘が話していた内容、日本語で聞こえたよな?」

「だな。……あの間延びした女神の加護関係か?

ヤスケはステイタス画面もレベルアップもスキルも見えても感じもしないらしいな。」

「ま、素で強いんだし良いんじゃね?」

「そだな。」

何事かを話し合っていたニ人が腰を上げ、此方ヘと向き直って参った。



………



「では、行くぞ。」

「ほんじゃ……任せろ。『水よ 我らを包む壁となりて この身を守れ。【 水泡アクアボール】』」

村の南西部へと移動し川へと飛び込もうとしたが、何故やらタケアキに留め置かれ奇妙な呪文を掛けられた。


にゅる……と川の水が流動的に動き始め、偎らの身体を各々に覆い始めた。

「おぉっ?!」

「きもっ?」

「んじゃま、そのまま川に入るぞ。」



「……中々奇妙な感じじゃの。」

川の中に入ると体の周囲を丸く空気が留まっておる。つまりは水泡の中にいる様なものじゃな。

川の水越しに月明りが微かに届く為、視界が全く熊い訳ではないが……流石に薄暗く、周囲がどうなっているのかは非常に見えにくい。

「……行くか。」

水越しに伝わる少しぐもったタケアキの声が響き、儂らは川の流れに逆らい水中を進んだのであった。



川の深さはそこまで深くは無く、五尺(151.5cm)も無い程度であろう。身を屈めて泳ぐ様に先ヘと進む。

「……柵がある。」

不意に先頭にいたタケアキより、そんな弦きが伝わってきた。

見れば川の上には丸太の塀では無く、水面際に柱を横に道わせた木の塀になっておる。その下部より水中ヘ梯子のごとき柵が下りておる様であった。

「……柵の間はくぐれそうにないのか?」

「……ちょっと無理っぽい。ってあれ?」

「……どうしたのじゃ?」

タケアキの上げた不審そうな声に、思わず問いかける。

「......この柵、重いけど持ち上がるぞ?!」

柵に手を掛けたタケアキが驚きの声を上げる。

見れば確かに、タケアキの手の動きと共に柵が動くのがはっきりと判った。……罠か?


「……儂が先に参る故、二人で柵を上げていて呉れぬか?」

そう二人に声を掛け、持ち上げて貰った隙間から一人先行する。



……水面から顔を出し、周囲ヘと鋭く目配りを行う。

タケアキが張った水の幕に包まれておる故、視界と聴覚は万全とは参らぬが……見た限り周囲には伏兵など居らぬようであった。


ふむ……意外であったな。 てっきり弓手が伏せてあると思うたがの?

危険は無いと判断し、二人を招き入れる。



『……水よ この身を守りし壁より 速やかに戻れ。』

タケアキが水の幕を川ヘと戻した後、木塀に身を寄せ改めて周囲を見渡す。


改めて見れば、中々に理に適っておるな。何故に川などを曲輪の中に流しておる?酔狂な物だと思うたが、敵が東門を抜いたとしても、川に掛かる橋を落とせば其れは堀となる。

塀の内側へと入ると良く分かるものじゃな。

現に東門と南門はくぐるとすぐに川じゃし、どうしても橋を渡らねばならぬ算段か。


そう感心をしておったら、エンタに腕を小突かれ我に戻る。

「.……ヤスケ!ハヤトを探すぞ。」

「おっと。すまぬ。」

互いに声を潜め、樹上から靦いた風景を思い出し物御台の様子を伺う。

東の物見台は、どうやら東側の監視にのみ特化した物の様であり物見は一人、曲輪中央の物御台が厄介な事に二人程の物見の兵が立っておる。



「……あそこだな。」

声を顰めたエンタが指を立て、通りの向こうを指し示す。

其れは確かに遠眼鏡根で見た空き家の姿であった。


其処には篝火が焚かれ二人の男が屯しており、一人は松明を手にしていた。


「見張り……か?」

「……二人しかいねぇな。潰すか?」

タケアキが目を細め獰猛な笑みを浮かべ、木刀を手に飛び出す様な仕草を見せる。


……ん!?

「待て……人が来る。動くな……」




……沈黙の中、村の中央部より一人の人物が姿を見せる。

その白銀の鎧こそその身に纏って居ないものの、亜麻色の髪を靡かせ槍を手に持つ姿は、確かに昼間に合間見えた娘であった。



◇◆◇◆◇



『貴様ら、一体ここで何をしておる。』

アダルーシアの凛とした声が闇夜を切り裂くかの様に響いた。


『……ア、アダルーシア?さ、様。い、いえ何も。』

『何もと申すがクルトよ。其処は空き家であろう。何故に従士隊の者が態々見張る必要があるのだ。』

『い、いいえ、何も御座いません!お、お気になされずとも……』

『そのような事を言われて、気にするなと申す方がおかしかろう?罷り通るぞ。』

アダルーシアは男達をじろりと一瞥し、そのまま押し通ろうとした。



『ちょっと……何よ?煩いわね。』

その時、空き家であった苦の建物の扉ががたがたと開けられ商売女風で半裸の女がひょいと顔を出す。

……えっ?!だ、誰だ、此の女は?

住民全員の顔を見知っている筈のアダルーシアであったが見知らぬ女が現れた事に、思わず其の動きが止まる。


良家の娘であり身持ちが固いアダルーシアからすれば、あの様に他人に肌を晒すなど信じられない話であったが……

あの様な半裸の姿であると言う事は……つまり……そう言う事だと思い至る。


『あ、あの?えっ?!』

予想外の事に目を白黒させ、思わずロごもっていると……

『何よぉ……あら、ご同業かしら?ふうん……ちょっと気が強そうだけど、そんな需要もあるしね。』

女がそう言って、アダルーシアの全身をじろじろと舐めるように眺め見る。


『だ、誰が……?!』

思わず身体を隠すような仕草をしたアダルーシアが声を荒げ掛ける。

……何と、ぶ、無礼な!貴族に対して何たる口の利き方だ!!と一瞬激昂し、無礼打ちをも考えたが……従士の連中が通るなと言った所を押しと通ろうとしたの自分である。

此処は、どう考えてもこちらが悪い。


女が自らの身体を売るなどは、どうしても信じられないがそれを潔癖に否定するほど自分も子供でもない。


『き、貴様ら、程々ににしておけ!』

アダルーシアはそう吐く様に言い捨て、肩を怒らせて立ち去って行った。




『……あんた達!悪目立ち過ぎよ!』

アダルーシアの後ろ姿が見えなくなった頃、半裸の女が男達ヘ叱咤の声を飛ばす。

『今回は上手く誤魔化せたけど、さっきのは結構ぎりぎりなの!もしあたしが無礼打ち食らってたら、アンタらどう責任取ってくれんのよ!?』


『チッ……わ、分かったよ。』

『ちょ、待てよ!……なぁベス。イロード様には黙っててくれよな。』


『はぁ?!気軽に呼び捨てで呼ばないでよね!じゃ、あんた達外の見張り頼んだわよ。』

ベスと呼ばれた女が、不機嫌そうに屏をがたがたと閉める。



『チッ……べスの奴、尻軽の癖に偉そうな口を叩きやがって。』

『おい、アルバン!止めとけよ。中に聞こえるぞ。

イロード様にチクられると後が怖い。』

『チッ……ああ、わかった。』


……ベスは、近頃この領地へ流れてきた女である。然し、他の流れ者の女の様に『売り』をする訳でもなく、何かの商売をする訳でもない。村唯一の酒場に良く屯っているなと思っていると、いつの間にやらイロードと(ねんご)ろな仲になっており、あれよあれよと言う間に従士長の屋敷に転がり込んでいた。

実際、仕事らしい仕事をしていない為、その顔や名前を知らない住民が殆どであった。


ニ人は口にこそ出さないが同じ事を考えていた。

……「どうやら従士長であるイロードと、その情婦であるベスが何かをしようとしている。」と。

漠然としているが、今口に出してはいけないような気がしていた。



何もともあれ、自分たちは特に何も考えなくても構わないだろう。甘い汁が吸えて、楽が出来ればそれで何も構わないのだから......


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