第6話 森の魔女3
俺は魔女様に強くしてくれと言った
「ほう。」
魔女様、もとい賢者様の声のトーンが下がり緊張が走る。
「私に、鍛えてくれとな。」
さすが500年前とはいえ魔王を倒した3人のうちの1人というだけあって、真剣になる様はかなり迫力があった。
『はい。』
たった一言、負けじと声を張った。超がつくほどの努力嫌いの俺が頑張ると決めたのだ、こんなところでは退けない。
「…断る。私はもう弟子は取らぬと決めておる」
『そんな…』
断られてしまった。
弟子を取らない理由は聞く気にはならなかった。少しだけ悲しそうな表情を見せたからだ、きっと過去に何かがあったのだろう。
しかしこのまま帰るわけにはいかない、せめて強くなるヒントが欲しい。かなりの実力を持つであろう人が目の前にいるのだ、こんなチャンスはない。
『…守りたい人がいるんです。強くなる方法だけでも教えてください。』
俺は、姫さまを思い浮かべながら言った。
「守りたい人とな?」
『はい、名前は――』
そういえば、俺は姫さまの名前を知らない。
『わかりませんが、ヒューマン達が姫さまと呼んでいる人です。』
「それはもしや、白金色の髪の小娘かの?」
姫さまの特徴と一致している。さすがは賢者様、この世界のことはなんでも知っているようだ。
『そうです。彼女の身に何かが起こった時に今の俺ではきっと救えません。それは嫌なんです。』
俺はありのままを伝えた。
「――気が変わった、お主を弟子にしてやろう。」
『本当ですか!?』
予想外だった。この人のもとで強くなる事は諦めかけていたのに。俺の想いが伝わったのだろうか。
まだ何も始まっていないというのに、凄く嬉しかった。
「特別だ。お主を鍛える事で私にもメリットができたのでの。」
俺が強くなる事で魔女様が得られるメリット、なんだろうか。
「ただし、生半可な覚悟では通用せぬぞ?わかっておろうな。」
『はい、師匠!!』
こんなにげんきな声で返事したのは、小学校の卒業式以来かもしれない。
「時にお主、フランとはどういう関係なのだ?」
フラン、初めて聞く名前だ。そんな奴は知らない。
『フランという人を存じ上げないので、わかりません』
「失敬、名前を知らぬのであったの。お主の言う姫さまの名だ。」
そうだったのか知らなかった。姫さまの名前と知った瞬間フランという名前が美しく感じる。
…俺の中で姫さま補正という物が出来上がっていた。
『姫さまにはこの世界に来て何もわからず困っている所を助けて頂きました。』
本当はスライムに絡まれていた所を、なのだが。
あいつには借りがあるのでそこは言わないでおく。
『それから今は家族として住まわせて貰っています。』
「――ふむ。つまりフランのペットという訳かの。ではお主がずっとここにいてはフランが悲しむのぅ。」
『ペット………』
確かにペットなのだが、はっきりと言われてしまうと人間の時の記憶があるせいで微妙に傷付く。
それよりも、姫さまに対してやけに気を使っているが師匠こそ姫さまとはどういう関係なのだろう。
『あの、師匠――』
「決めたぞ。私がフランに会いに行って事情を説明してやろう!」
師匠がやけに嬉しそうに話す。さっきまでピリピリとしていたのが嘘のようだ。
『師匠は、』
「そうと決まれば早速ニーズヘッグ城へゆくぞ、準備はよいな?」
二度も遮られてしまった。
どうせ今から会いに行くならいずれわかるだろう。
『はい』
師匠が杖をかざした。
「ではゆくぞ、――《空間転移》」
師匠が何かを唱えた途端見覚えのある街に瞬間移動した。これが魔術というものなのか。
『すごい…』
目の前には大きな城がある。間違いない、あれはニーズヘッグ城だ。
「では、入るとするか。」
俺と師匠が城に入ろうとすると城の扉を守っている二人の兵士に止められた。
「止まってください。何のご用件で……ロザリンド様!?」
師匠の顔を見ると、兵士が血相を変えた。
師匠の名前はロザリンドというらしい、綺麗な名前だ。姫さまほどではないが。
「フランツィスカ姫に会いにきた、通してくれるかの?」
「……それが、また勝手に遠出なされたみたいで、現在城にはおりません。」
そうだ。俺は姫さまとお弁当を食べに草原に行ったんだった。
ニール草原を離れて2時間ほど経ったがまだ俺を探しているのだろうか。すごく心配になってきた。
『師匠、姫さまはニール草原にいるかと思います。』
「魔物!?」
兵士の一人が俺に槍を向けてきた。今まで俺に気づいてなかったのか。
「この者は私の連れだ、害はないから安心せい。」
「しかし…」
俺に槍を向けながら戸惑う兵士に落ち着いた兵士が耳元に口を近づけた。
「やめとけ、ロザリンド様がいれば大丈夫だ。しかもこの魔物ちっこくて弱そうだし」
聞こえないようになだめている様子だが丸聞こえである。
あと小さくて弱そうはかなり余計だ。
「…こほん、ではまた後程伺うとするかの。」
「はい!お気をつけて!」
こうして俺と師匠は草原へと向かった。なぜか徒歩で。