第5話 森の魔女2
俺は1回死んでいた。
俺は鼻で深呼吸をして心を落ち着かせた。
死んだからなんだと言うのだ。現状は何も変わらない。
『確かに、俺は死んだかも知れません。では一体ここはどこなのですか?』
ここが死後の世界なのだとしたら天国なのか地獄なのか、どちらでもない全くの別世界なのか。何か答えが欲しかった。
「……少しある男の昔話をしよう。お主の記憶に引っかかるものがあるやもしれぬ。」
ある男とは誰だろう、何故今、昔話をするのか。
「――今より大体500年ほど前だったかの。現在は大まかに”ヒューマン“、”エルフ“、”ドワーフ“の3つの国に別れているが、当時人々は1つの国に纏まっていたのだ。同時にまだヒューマンのいない時代でもあった。そんな中で1人の男が現れた。
男はエルフでもドワーフでもない不思議な姿をしていたのだ。まさにその男が最初のヒューマンなのだがな。」
聞きなれない単語があった。
『そのエルフとドワーフっていうのは何ですか?』
「そうだのぅ、エルフは大まかに言うと私のような長い耳や純白の肌を持つ種族。といえばわかるかの?」
少し自慢が入ったように聞こえるが、ヒューマンでは再現できない程の美しさではある。どうやら魔女様はエルフらしい。
「ドワーフについては…いずれ実物を目にすることになるであろう。」
『わかりました。』
「…その異形の男は、街行く者たちに「ここはどこか」と、問いかけたらしい。ちょうどお主のようにな。」
この”異形の男“が俺と同じ、一度死んだ人物なのだろう。
「当時、強力な力を持った魔物の王の出現により人々は魔物に怯える日々を過ごしていたのだ。異形の男は魔物側の差し向けではとの声もあがったが、魔力を一切感じられない事からそれはないという結論に至った。」
魔力、魔物である俺にはあるのだろうか?
「しばらくして異形の男は人の国に馴染む事が出来たが、魔物に脅かされているこの現状を打開しようと魔術の心得があるエルフと力と忍耐に自信のあるドワーフを引き連れ、魔王討伐に向かったのだ」
“魔”術の心得のあるエルフ、まさか。
いや、今聞くのはやめておこう。それより魔術というものが気になる。
『魔術、とはなんですか?』
「お主はちょこちょこ口を挟むのう。まず魔物と人の区別は体内に流れている物質で判別するのだ。人には血液、魔物には魔力液が流れている。
この魔力液が強力な物での、訓練を積んだ魔物はそれを消費して不自然な現象を発生させる事ができるのだ。これを魔術という。
そして、人も特別な器具と魔力液があれば同じ事ができる。一番必要なのは知識だがの。」
『つまり俺にも魔術が使えるということですか?』
「使えるであろうな、訓練を積めば。」
なるほどな、諦めよう。
「…こほん、見事魔王を討伐した異形の男は人々から"勇者"だと讃えられた。」
――勇者。何故かその単語が俺の中に引っかかった。
「共に戦ったエルフは賢者、ドワーフは戦士として語り継がれておる。
人々は勢力を伸ばし続け、勇者、賢者、戦士を王とした3つの国を作った。何か気にかかったことはあるかの?」
『魔女様は、その勇者に会ったことがあるのですか?』
「…私に煎茶の淹れ方を教えたのは彼だ」
きっと勇者は俺と同じ、俺の知っている世界から来た人間だ。
そして俺は魔女様の正体を確信した。
「もう一つ伝えておこうかの、生前勇者となった彼は「俺は人々を救う為に異世界から転生したのかもしれない」というふうに言っておった。
もしかするとお主も何かを救う為に別の世界から来たのやも知れぬな。お主も今まで私ですら見たことのない異形の魔物であるしのぅ」
猫はこの世界に俺しかいないのか。
それよりも気がかりな事があった。
『俺が救うべき何か、とはなんですか?』
「さぁの。今は衰退した魔物たちやもしれんし、崩壊が始まりかけている三大国家の関係性という線もあるのぅ。はたまた転生した理由などなく、ただの竜のきまぐれやもな?
いずれにしてもお主の大切なものを救えばよいのではないかの。」
俺がこの世界にきて心から大切だと思えたものは、たった1人の女性だけだった。
しかし今の俺に彼女を守れる力はあるのだろうか?
もし俺が転生した理由があったとするなら、その理由に彼女を巻き込んでしまうかもしれない。
彼女の身に何かが起こって助けを求めていても俺は彼女を救えないだろう。
そんな事になるのはいやだった。
『貴女にお願いがあります。魔女様、いえ――賢者様。』
「……察しがよいの。申してみよ。」
『俺を、強くしてください。』