第4話 森の魔女
俺はスライムに質問するチャンスを得た。
質問はいくつもあった。
『聞きたい事はいくつかあるんだ、まず始めにここは一体何処なんだ?』
いくらここの住民といえど知らない事はあるだろう。俺は誰でも知ってそうな事を聞いた。
『何言ってんだお前?ニース草原に決まってるだろうが。』
質問の仕方を間違えたらしい。少し言い方を変えてみる。
『この辺り一帯というか、ここは地球のどの位置にあるなんという国なのか知りたい。』
『チキュー?なんだそれ。この辺りはヒューマンの国、“ニーズヘッグ王国“の領地だ。』
ヒューマンの国――。ヒューマンとは人間のことなのだろうか、そして俺がさっきまで姫さまといた所はニーズヘッグ王国の城だったらしい。
というかこのスライム、地球を知らないとはどういうことだ。
――埒があかないので、俺は思い切って一番知りたかった事を聞いてみた。
『じゃあ、もう一つ。その、ヒューマンに戻るにはどうしたらいい?』
『…お前、どっかで頭ぶつけたのか。』
やはりダメだった、俺は人間には戻れないのか。一生あの城で猫として暮らすのだろうか。それはそれで良い気がするが。
『おい、お前。』
困り果てているとスライムが口を開いた。
『本当に困ってるなら、俺についてこい。魔女様の所に案内してやる。』
そう言ってスライムは岩から降りると森に向かって進み出した。
血の気の多いこいつが親切に案内してくれているのだ、下手に口を挟むとまた何か言われるかもしれない。
俺は無言でスライムについていった。
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森に入ってしばらく進んだ。奥に小屋のようなものが見える。
『――あれが魔女様の家だ。あの方はなんでも知っている、お前の悩みも解決してくれるだろ』
このスライムには感謝してもしたりない。こいつに頼って本当によかった。
『ありがとう、そのうち必ず何かする!』
草原に戻っていくスライムの背中に向かって大きな声で言った。
そして俺は魔女様とやらの家のドアを叩いた、しかしこの肉球のせいで音が出ない。
…この際仕方がない。
ゴンッ、ゴンッ、ゴンッ。
頭をドアに丁寧に3回も叩きつけた。出血するほどではないが、かなり痛い。
――ガチャ。
扉が開いた。
「何奴じゃ…ほう、これはまた不思議な客人だのぅ。」
とんがり帽子と長い耳が特徴的な女性が俺を見て言う。
この人が魔女様なのだろうか。
『は、はじめまして。』
魔物の言葉が通じるかはわからないが、緊張しながらも挨拶をした。
「面倒くさい建前はよい、ここを訪ねたという事はそれなりの理由があって来たのであろ?…お茶を入れよう。」
どうやら通じているらしい。流石は魔女というだけある、一体何者なのだろう。
『お邪魔します』
俺は若干遠慮がちに魔女様の家に入った。
用意されていた椅子に座ると、お茶を出してくれた。なんというか懐かしいような香りがする。
「いい香りであろう?煎茶というらしい。知人から教わったのだ、遠い昔にな。それ以来こうしてよく飲んでおる。」
遠い昔とはどれほど前の事を指しているのか、20代くらいにしか見えないのだが一体いくつなのだろうか。
ちがう、聞きに来たのはそんな事ではない。
『今日は色々と知りたい事があってここに来ました。』
「うむ、何が知りたいのだ?」
『魔女様は地球という物を知っていますか?』
「知らぬ。」
即答だった。魔女様でも知らないとなればもう誰も知らないのだろう。ここは本当にどこなのか。
『…では、俺は元々こんな魔物ではなかったんです。元の姿、ヒューマンに戻る方法を教えてください。』
「ふむ、かなり訳ありという事らしいの。単刀直入に言うと、知らぬ。」
もうダメらしい。俺は一生猫のようだ。
「だがお主のような「己の姿形が変化した」と言う人物を見たことがある。
…お主は一度、"死んだ"覚えはないか?」
『死んだ……?…』
心臓が加速していくのを感じた。俺はニース草原に来る前、確かに死にかけた。
薄々気づいてはいた、”死にかけた“のではなく”死んだ“のではないかと。