第1話 命名
俺が猫になっていた。
何度確認してもやはりこの猫は俺らしい。
これでいくつかの謎は解けたが、猫でいるのはなにかと不便すぎる。はやく人間に戻らなければならない。
まずは、俺が何故こうなったのか、何故ここにいるのかを知りたい。
しかし、猫である以上人間達と意思疎通が出来ない。
『だれか頼れる者はいないだろうか…』
「どうしたのー?鏡が気になるんだ」
姫さまは優しい。しかし現状を解決は出来ないだろう。
城内に動物、いや魔物と意思疎通が出来る者がいれば良いのだが。
『いや、だめだ。』
俺が見つかってしまっては姫さまに迷惑がかかる。俺自身も何をされるかわからない。どうしたものか――。
「よいしょ」
鏡の前で途方にくれていると、姫さまに捕まりベッドで膝の上に乗せられた。
「ふふ、かわいい〜。あ!そういえば名前つけないとね。」
今の俺には名前がないのだ。名前をつけてくれるのは呼ばれた時に識別しやすいので助かる。
「草原で名前聞いた時に「にゃー」って言われたからなぁ。」
やはりそんなふうに聞こえていたのか。
「そういえば名前聞いてすぐ雨降ったよね。あれはもしかして…君のメッセージ?」
いや、全く関係ないのだが。
「よし決めた。君の名前は――」
ついに俺の名前が決まる。
――はずだったのだが、姫さまは急に両手で俺の両脇を掴み、持ち上げた。
「うん、男の子ね。」
俺の股間に目を向けると、そう言った。
いくら猫の姿でも流石にこれは恥ずかしい。
「では改めて。君の名前は…”レイン“くん だ!」
俺はそのままの体勢で名付けられた。きっと世界一不格好な命名式だろう。
「さて、お風呂入らなきゃね。」
姫さまはゆっくりと俺をベッドに降ろすと、そう言った。
『もしかしてこれは一緒に入るやつか…!?』
無意識に姫さまに言葉が通じないのを良い事に声を出した。
「じゃあ、準備するからちょっと待っててね。」
期待が膨らむ。我ながら下衆な猫だ。
3分ほどだろうか、姫さまの帰りをじっと待った。
ガチャ。
扉が開いた、姫さまが帰ってきたようだ。
「おまたせ〜。」
――俺は姫さまが持ってきた物を見て、軽く絶望した。
彼女が手に持っている物は白いタオルが数枚と風呂桶のような物。それと5リットル程の水が入った透明の容器。
ここで俺を洗う気だろう。
「よし、っと。」
姫さまが重たそうに手に持った道具達を床に置いていく。そして、俺のバスタイムが始まる。
「大人しくしててね〜。」
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――ブォォォォォォ!!
バスタイムが終わり、俺は今ドライヤーで乾かされている。
猫がドライヤーを嫌う気持ちが若干わかった。耳が良いからか体が小さいからか、ドライヤーが発する大きい音や強い風が怖い。
「ふんふふーん♪、レインくん綺麗になったね〜」
しかし、姫さまが楽しそうにしている。ここは我慢するべきだ。
「よし、こんなもんかな。」
ドライヤーが終わったようだ。気持ちが大分楽になった。
「じゃあ、私もお風呂行ってくるね。いい子にしてるんだよ?」
ガチャ…パタン。
姫さまは風呂場に向かったようだ。
それにしてもこの人は何故、数時間前に会ったばかりの俺を自分よりも優先してくれるのだろうか。
もう若干乾きかけている鎧を着たまま、ずっと俺の世話をしてくれていた。はやく脱いでお風呂に入りたかっただろうに。
『俺もいつかこの人にお礼がしたい。』
その為にもまずは人の姿に戻らなければ。これは、長い冒険になりそうだ。