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第0話 プロローグ

 突然だけど、俺はもうすぐ死ぬ。


 死因は…思い出せない。意識が朦朧としてて何がなんだかわからない。

 きっと、まともな死に方ではないだろう。


「こんな仕事くらい速攻でやれ!いつまでもマイペースで許されると思うなよ」


 嫌な記憶が蘇る。


「ちょっと他の男と遊んだだけじゃない、ほんと小さい男」


 走馬灯というやつかもしれない。


「あはは!一発腹殴っただけで丸まってやんの!」


 こんな物を見せるなんて、神様も悪趣味だ。

 しかし、本当にろくな思い出がない。だが俺にはもう関係ない。どうせ死ぬんだ。


 ……でも、少し、ほんの少しくらいは良い人生だったと思いたかった。


「そして勇者は、仲間たちと共にずっと幸せに暮らしましたとさ。」


 ――これは、泣き虫だった俺に“あの人”がよく読んでくれた本だ。

 俺は、この本に出てくる勇者のようになりたかったんだ。みんなに愛される。強くて優しい勇者に。


 確か本の題名タイトルは ――《Fantasy Book》。


『うっ。眩しい…』


 突然、視界が光に覆われた。


『――ここは、どこだろう。』


 光が徐々に消えていく。


『す、すごい。』


 目の前に自然に満ちた美しい草原が広がった。


 ――いつまでも見惚れている訳には行かない。知らない場所に放り出されたのだから。


『とりあえず、探索しよう。』


 俺は混乱しながらも進んだ。どこに向かっているのかはわからないけれど。

 しかし、素晴らしい場所だ。辺り一面に生えた草や大きな木々がそよ風に揺れる姿は美しいし、適度な太陽の温もりが心地いい。

 ここで食べるお弁当はさぞかし美味しいだろうな。


 景色を眺めながら歩いていると、遠くに謎の物体を見つけた。

 あれは固体だろうか、液体だろうか。


『もう少し、近付いてみよう…』


 なんというか、ぷるぷるとしていて触り心地がよさそうだ。物に例えるなら、うん"ゼリー"としか言いようがない。


『なんだお前。見かけねえ奴だな、あっちいけよ。』


『しゃ、喋った!?』


 それはなんと高い声で喋るゼリーだった。これは生物なのだろうか…。


『喋った?当たり前だろうが魔物モンスターなんだから。お前も一緒だろ、この毛玉野郎。』


 この喧嘩腰のかなり口が悪いゼリーは、自らを魔物だと言っている。この世界に魔物がいる事に驚きを隠せないが、とりあえずは信じるしかないだろう。

 しかし俺は魔物ではない。何故に同類扱いされているのだろうか。そして俺はそんなに毛深くないはずだ、毛玉野郎と言われる筋合いはない。


「こらーーー!!」


『『な、なんだ!?』』


 俺とゼリーが同時に驚いた。当たり前だ、スラっとした鎧を着た巨大な女性が物騒な剣を振り回しながら走ってこっちに向かってきているのだから。


『やばい、逃げろ!』


 ゼリーが声をあげて逃げ出した。

 一方俺はすぐ隣の岩陰に隠れてやり過ごそうとした。何故か隠れられる気がしたのだ。


「まちなさーい!!!」


 案の定、巨大な女性はゼリーを追って走り続けている。このまま行ってくれればいいのだが――


『げっ……』


 俺は思わず声が出てしまった。


「もう!あのスライム逃げ足速いんだから!」


 なんとゼリーを諦めたのか、さっきまで俺たちのいた場所、つまり今の俺の隣で立ち止まった。ゼリーを逃したせいか少し怒っている様子だ。

 そしてあのゼリーはスライムと呼ばれているらしい。


『ど、どうしよう…』


 話せばわかってくれるだろうか。いや、怒っている彼女を下手に刺激はできない。

 ここは神に祈りを捧げて見つからない事を願おう。


「あ…こはだいじ…ぶかな」


 彼女が小さな声で何かを呟いている。何を言ってるかはっきりと聞こえなかったが。


「おーい!」


 何かを探しているのか、口元に両手を当てて何かに呼びかけている。もしかして俺だろうか。だとしても殺されるかも知れないのだ。見つかる訳にはいかない。

 いやしかし、これはチャンスだ。

 俺は彼女が少し離れた瞬間に走りさろうと思った。スライムが逃げられたのだ。俺でもきっと逃げられるはず。


「おーい!どこ行ったのー?」


 彼女は何かに呼びかけながら少しずつ俺のいる場所から離れていく。

 そろそろ頃合いだろう。俺は全速力で走れるように体勢を変えた。


 カサッ


「ん?あっ、いた!まってー」


『やばい、見つかった!』


 やってしまった。体勢を変えた時に草に触れる音が聞こえたらしい。

 せっかく生還したと思ったのに、またあんな思いはしたくない。俺は一か八かこのまま逃げ出そうとした。


「よし、つかまえたー」


 時すでに遅し。逃げ出そうとした瞬間に大きな女性に捕まってしまった。俺は一体どうなるのだろう。


「大丈夫だった?スライムに虐められてたでしょ」


 ――どうやら探してたのはやはり俺だったらしい。しかし、反応が思っていた物と違った。俺を心配している様子だ。


『あの、大丈夫です。ありがとうございます』


「そっかそっか、怖かったね。もう大丈夫だからね。」


 ――なんか微妙に話が通じてない気がするが、まぁいいだろうまた死なずに済むかも知れないのだ。


「きみ名前はなんて言うの?」


 俺の名前か、何故か重要な事が思い出せない。ここに来る前にも死にそうになってたからな。後遺症が残っても仕方がない。


『実は思い出せないんです。名前があったはずなんですけど』


「ふふ、かわいい〜」


 馬鹿にされているのだろうか。


 ポツ…ポツ…


「わっ雨。風邪ひいちゃうね、一緒に帰ろっか。」


 俺は大きな女性に抱えられながら、移動した。さっきまで恐怖の対象だった彼女の腕の中はすごく暖かくて心地よかった。


************************


 ――こんな所に街があったのか。

 移動した先は洋風な大きい街、というよりはもはや国だった。雨が降っているせいか、人はほとんど見当たらないが。

 何から何まで全てが大きい、巨人の国なのだろうか。


「姫さまー!またお一人で!探しましたよ!!」


 兵士のコスプレなのか、硬そうな服を着て槍を持った大きな男が駆け足でこちらに向かってくる。


「心配かけてごめんなさい。少しでも訓練しなきゃと思って。」


「毎回言っておりますが我々がおともしますので、必ず声をかけてください!」


 兵士風の男が女性に注意している。

 さっき、姫さまと呼ばれていたが、実は偉い人なのか。それは怒られても仕方がない。


「とりあえず、はやく中にお入りください。風邪をひいてしまいます。」


「えぇ、ありがとう。」


 雨に濡れると風邪をひく。巨人の国でも変わらないらしい。

 姫さまに抱きかかえられながらお城のような場所に入った。

 これはこれで凄く綺麗な場所だ。


「姫さま!?またこんなに無茶なされて…」


 メイドのような白黒の衣装にふわふわとした帽子を被っている少し歳をとった女性が心配そうに話しかけてくる。


「雨に濡れただけよ、無茶はしてないわ。」


「ところで、その子は…?」


 メイド風の女性が俺に指をさした。失礼なやつだ。


「ニース草原でスライムに襲われていたの。」


 ニース草原。あの場所にそんな名前がついていたのか。


「ですが姫さま、その子は魔物では…。魔物を城内に入れたとなればきっと王様に叱られますよ」


 あのスライムといい、このメイドといい、何故か俺を魔物扱いする。


「わかっているけど。放っておけないじゃない。こんな、かわいいの…」


 何故かこの姫さまは俺をかわいいと思っているらしい。


「まぁ確かにかわいいですけど…もしかして飼われるおつもりですか?」


 こんなにかわいいと言われたのは幼稚園以来だ。


「えぇ、連れ帰ったからには責任を持って育てるわ。」


 どうやら俺は勝手に飼われる事になったらしい。俺の意見を聞くつもりはないようだ。


「…わかりました、ですが。誰にもバレないようにしてくださいね。もしも他の誰かに見つかったら…」


 もうさっき兵士に見つかった気がするのだが、それはいいのだろうか。


「大丈夫。その時は私がなんとかするわ。」


 姫という立場であるからか。その“なんとかする”という言葉は凄く頼もしく聞こえた。


************************


 姫さまの部屋であろう場所についた。


「よーし、ついた。ごめんね怖がらせて」


 姫さまは丁寧に俺を床に置く。

 ここまで勝手に話が進んだが、とりあえず色々と聞きたいことがある。


『あの、姫さま。いくつか質問があるんですけど…』


「ん?新しい場所に来て緊張してるのかな」


 確かに緊張はしているかも知れない。


『はい、まず俺が魔物ってどういうことですか?』


 スライムとメイドに言われて一番気になっていたことだ。姫さまも俺が魔物と言われて否定しなかった。


「ふふ、かわいい声、にゃー。」


 ……俺の話は完全に無視されているらしい。もしかして通じてないのだろうか。というか何故いま猫の鳴き真似をするのだ。かわいいけど。


 その時、俺はスライムに言われた言葉を思い出した。


 “この毛玉野郎”


 俺がかわいいと言われるのも、全てが異様に大きいのにも違和感があった。


『まさか――』


 姫さまの部屋にある大きな鏡に向かって走った。

 鏡を覗くとそこに映る俺の姿は、普通ではなかった。

 全身が白と黒のもふもふとした毛に覆われていて眼の上と口の横には長い毛が数本ずつ、そして尻からは長い尾も生えている。極め付けは頭上に生えているこの耳。

 ――これは、俺もよく知っている生物だ。


『俺が……猫になってる……』


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