第一章 新たな出会い−5−
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移転暦二十四年十一月
スウェーダン王国は順調とはいえないが、徐々に復興の様子を見せていた。石油の安定輸入により、国内事情も安定化し、治安も良化していた。海路においても二百海里内の安全はほぼ確保されており、安心して航海することが可能となっていた。ただし、相手が水上艦艇限定、という条件が付く。対潜水艦という意味では何の手も打たれてはいなかったのである。これが順調とはいえない理由であった。
そういうわけで領海内の安全性は対水上艦艇に関していえば、確保されていたが、ロリアムンディまでの交易路はといえば、安全性は低かったのである。対潜水艦という要素が入ってくる交易路の安全性は対潜装備のない水上艦では何の役にも立たなかった。事実、ロリアムンディの護衛艦は幾度もプロイデンと思われる潜水艦と接触していた。明確に戦争をしているわけではないため、先制攻撃はできず、交戦規定をクリアしなければ相手を攻撃できなかったために攻撃はしていない。この場合の交戦規定は明確であった。すなわち、攻撃を受けた場合のみその相手を攻撃できるというものであった。
スウェーダン王国では潜水艦という装備が理解されておらず、対潜装備は無きに等しかった。水上艦による対潜水艦任務をこなすことができないということは、シーレーンの防衛ができないことを意味する。これは六月に起こった東部艦隊第二警戒艦隊の全滅事件の折にもあったことであり、いまだにその対処法については解決されていなかった。これに対して日本は対潜装備の提供を申し入れていたが、スウェーダン王国海軍側からは色よい返事かきていなかったのである。シーレーン防衛は結局のところ、ロリアムンディの第五艦隊および地方隊にすべてがかかり、その負担は増すばかりであったといえる。
幸いにして、プロイデンの潜水艦はスウェーダンが対潜装備を持っていると考えているのか、領海内には近寄らないことで今の安全性が確保されているといえた。この時日本が提供を申し入れていたのは水上艦艇用の対潜装備および航空機による対潜用装備であった。特に航空機による対潜装備の配備を強く求めていたのである。これによって沿岸部だけでも潜水艦に対する安全性が確保できれば、と考えていたのである。港にいてさえも対潜哨戒を必要とする状況の改善のためであったのだ。この時、提供を検討していたのはP4A対潜哨戒機であった。しかし、対潜水艦戦の認識の浅い彼らに使いこなせるのだろうか、という意見もあり、P3D対潜哨戒機も検討に加えていた。
P3D対潜哨戒機は移転前のアメリカのロッキード社で開発されたP3C対潜哨戒機をベースに移転後に日本が開発したものであり、長らく使用されていたが、現在ではインペル国、マレーリア国、フレンス皇国、エリプト連合共和国で採用されている。武装は対潜爆雷、短魚雷、機雷、対艦ミサイルであった。
P4A対潜哨戒機は移転暦十五年に開発された最新鋭対潜哨戒機である。国産中型旅客機MRJ70をベースにしており、P3D対潜哨戒機に比べて索敵能力の向上、対艦攻撃能力の向上が計られ、滞空時間も長時間(約二倍)の飛行が可能であった。日本本国(沖縄含む)、秋津島、樺太に配備されている。武装は短魚雷、対艦ミサイルである。P4A対潜哨戒機はP3D対潜哨戒機よりも格段に優れているが、価格がほぼ三倍であった。そのため、スウェーダンに対しては価格の安いP3D対潜哨戒機の提供が検討されていた理由のひとつでもあった。
そんな折、秋津島統合防衛軍海軍からユラリア、アロリア、スウェーダンを表敬訪問する艦隊がロリアムンディ基地に現れた。この三国歴訪に関しては統合幕僚本部からの依頼で行われることになった。ユラリア、アロリアの二国は隣国であるロリアルに日本海軍が駐屯しているが、自国にはそれがないことの不満を表していたのである。未だ友好国となって日の浅い彼らにしてみれば、いざというときに自分たちの援護ができるのかどうか不安であったのかもしれない。
スウェーダンについては、日本軍を信用していないことが感じられたことからの措置であった。未だ水上艦による対潜水艦戦の理解が遅れ、艦艇の改装などが受け入れられず、第五艦隊における負担が増加していることもひとつの理由であったといえる。
同国の一部軍人や政府要人、民間人はその有用性を理解し、政府に働きかけてはいるようであるが、政府上層部は未だに理解できていないといえた。対潜水艦戦を想定した艦艇の改装の必要性を知っているのは日本軍との交流を深めていた軍人、その装備について見た政府要人、そしてそれらを取材した一部報道陣だけといえた。
日本側としても彼らが理解しづらい理由はわかっていた。前にも述べたように、移転前の彼らは水深がたかだか五十mほどしかない巨大な海水湖の防衛に明け暮れており、水上艦や航空戦、陸上戦などは発達していても、存在しなかった潜水艦という兵器に対しての理解が遅れてしまうだろうとは予想していた。しかし、日本海軍から見ればあまりにも無謀に思えたのである。
日本軍として知っているのはプロイデンが潜水艦を運用し、攻撃を加えてくる、ということであった。しかし、スウェーダンにおいては水上艦艇による遭遇戦であったことである。そのため、日本軍は対潜を第一に挙げるが、彼らは対水上戦を第一に挙げていた。驚くのは、彼らは潜水艦からの魚雷攻撃を機雷に職接したためと考えられていたことである。
ストックフルム海軍基地はスウェーダン最大の海軍基地であり、同国海軍総司令部が存在する。その一角に日本軍用の係留桟橋が存在する。桟橋だけであって基地機能はないが、少なくとも艦を留めておける場所である。この国まで商船を護衛してきた軍艦が僅かな滞在期間をこの地で過ごすこととなる。ではあったが、この日は係留されている日本海軍艦艇はない。しかし、この桟橋は現在、スウェーダン側によって整備されている最中であった。来月には三十隻近い日本海軍艦艇が係留されることになるからであった。