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第一章 新たな出会い−4−

移転暦二十四年九月


 スウェーダン王国首都ストックホーンのほぼ中央にある国会議事堂にほど近い公園の脇にある、元はある貴族の住まいであった建物に日章旗が翻っていた。臨時ではあるが日本国領事館として機能し始めていた。この月、現領事館の隣に日本国大使館となる建物が建設をはじめたのである。領事館とはいえ、その内情は既に大使館としての機能を持っていた。

 この月に入って既に幾人かの報道陣がスウェーダン入りしており、日本の大手テレビ局はもちろん新聞社も人を送り込んでいた。日本だけではなく、東亞連盟参加国はこぞって報道陣を送り込んでいた。もちろん、報道陣だけではなく、各国政府関係者も多数入国しているようであった。

 スウェーダンも各国に報道陣を派遣し、また政府関係者を各国に派遣し、この地の情報収集に努めているようであった。既に日本やインペル、フレンスなどに人を派遣しており、大使館設置の動きも出ていた。スウェーダンにとって今最も重要な国といえば、日本ではなく、インペルであったといえる。産油国であり、日本からの輸入を除けばかの国しか輸入先がなかったから当然であると考えられた。

 既に日本から無償提供された原油はスウェーダンに搬入され、一部は軍、特に東部艦隊に回されて艦艇の活動も始まっていた。インペルからの輸入も始まり、日本船籍の五万トン級タンカーがロリアムンディ地方隊の二隻の護衛艦の護衛を受けて入港していた。インペルからの海路であれば当然ながら黒海周りのほうが近いわけであるが、エンリア帝国が跳梁しているため、ロリアムンディ回りになってしまう。これは輸入原油の価格が大幅に値上がりすることとなる。

 今、石油という血液が行き渡ってゆくにつれて、スウェーダンは息を吹き返そうとしていた。工業レベルが1990年代日本と同じであれば、プロイデンとは十年からの開きがあることになり、十分太刀打ちできるだけの国力があるといえる。だが、彼らにとっても未経験の兵器があった。それは潜水艦であり、対潜能力の欠如として現れ、結果として被害が大きくなることになっていた。

 出現といえば、日本やインペル、フレンス、スウェーダンなどと異なり、最近になって興った国があった。それがシリーヤ民国である。元はといえば、エンリア帝国の軍人や思想反逆者たちが集まって興ったのであるが、今では三百万の人口を数える国となっていた。国民の多くはエンリア帝国からの流刑囚やインペルとの戦いにおいて捕虜となった軍人たちであったが、かなり多くの現地住民の姿も見られる。

 元は黒海東岸にあったとされるシリーヤ王国であったが、エンリア帝国による侵略で滅んだと思われていた。しかし、対インペル戦で捕虜になり、祖国に帰ることを好し、としない軍人たちが旧シリーヤ王国領で対エンリア帝国戦を繰り返していたとき、対エンリア帝国という旗印の下、いつの間にか彼らに加わっていたのが、西方のアルナス山脈に逃げ散っていた旧シリーヤ王国民であったというわけであった。

 エンリア帝国の捕虜たちの最高責任者であったアレッサンドロ・ナンニーニ少将は突如として現れた彼ら代表と会談、過去の行いを詫び、今後の方針を話し合った結果、彼らと共生することを決断する。この時現れたのは旧王国民二十万人であり、その中には旧王国王室に繋がる人物がいたのであった。彼らの望みは新しい国の一角に我等の住むことを許してほしいということだけであったという。

 アレッサンドロ・ナンニーニ少将は彼の部下たちと話し合い、その中の、我らはエンリア帝国民たることを捨てた人間であるから新しい国の民となっても良いではないか、という意見を統一見解として採用、かの人物との再会談に挑み、結果としてシリーヤの名前が復活することになった。ただし、王政は望まぬこととし、立憲君主制度を採用した国として興ったのであった。

 シリーヤ民国は旧シリーヤ王国領からエンリア帝国軍を追い出すことに成功、流刑囚となっていたエンリア帝国民のうち賛同するもの、西方の被支配国民などの反エンリア帝国の民たちを受け入れ、この年二月に新たなる国の成立を宣言したのである。この時には旧シリーヤ王国民の生き残り約五十万人を含む人口三百万人となっていたのであった。

 もちろん、これにはインペルや日本、イエツが関与していたことはいうまでもないことである。このことは秋津島統合防衛軍主席参謀大井保大佐による予見もあり、この三国(厳密にはインペルおよびイエツの二国に秋津島自冶領)は武器や燃料の援助を行い、質の高い工芸品などとの交易にも応じていたのである。後の開発においてかの国でしか産出されないレアメタルやチタン鉱脈が発見され、それらの輸出貿易において同国は発展することとなる。

 ちなみに黒海はU字を横に二つ合わせた形をしており、その上方は西中海に繋がる海峡、下方はインペル海に繋がる海峡となっており、東岸にシリーヤ民国があり、その黒海を挟んで反対側にエンリア帝国本国が存在するのである。さらに西中海側の半島をそのまま北北東に進めばプロイデン本国が存在する。シリーヤ民国が興ったことで海峡の東岸沿岸は安全海域となるが、制海権は未だエンリア帝国のものであり、船舶の航行には問題があったのである。

 インペルやイエツ、日本はアルナス山脈の西端にある僅かな平地を利用して物資の援助や交易を行っていた。しかし、黒海にあまりにも近づくと、エンリア帝国側半島から彼らが備えた海峡砲(四十cm砲)による砲撃を受ける危険があり、また航空基地があるため、航空機による飛行も危険であった。

 エンリア帝国は当初、日本の1960年代と思われていた工業レベルも今では1970年代後期までに向上しているようであった。装備されている兵器に関してはさらに十年は進んでいると思われた。これはプロイデンとの戦争および技術供与によるものとインペルや日本では判断されていた。とはいえ、インペルにおいても日本の技術援助の結果、1990年代までに向上していた。単独での対エンリア戦であってもインペルは負けることはない、というのが秋津島統合防衛司令部の判断であった。


第三話 タイトルに誤りがありました。申し訳ございませんでした。出先で更新したので気づかずじまいでした。

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