第一章 新たな出会い−2−
移転暦二十四年六月
「司令、これは新しい国の出現の可能性大ですね。移転前の北欧の国が似たような国旗でした」第五艦隊参謀長、藤井五郎准将が南田に向かっていう。
「うん、参謀長、その可能性は大きいが、問題は別にある」藤井に向かってそう答える南田。
「国策ですか?」
「その通り。侵略国家でなければいいんだがね」南田は自分より二期下であり、既に准将の地位にいる藤井に向かって答える。秀才肌ではあるが、現場ではあまりよい評価をされない男であった。かっての部下であり、現在は秋津島統合防衛軍主席参謀を務める大井保大佐とは正反対の男であった。
「とにかく『ひゅうが』で引き受けたほうがよさそうだ。他の艦の方が機密度は高いからね。どう思う?参謀長」
「それがよいかと思います。事情聴取の上、ロリアムンディまでつれて行くのが」
「しかしこの海域では彼らの国の方が近いかも知れんよ。そのときはどうするつもりかね?」
「それでも後々の事を考えれば一度はロリアムンディまで行くほうがよいでしょう」
「とにかく、事情聴取してからの判断になるだろうな。丁寧に扱ってくれ。事情聴取は私が行う」
「了解しました」そういって藤井は艦橋を出て行った。遠くに救助ヘリがもどってくるのが見えたからである。
救助ヘリが甲板上に着陸すると、重傷と思われる二人が二台のストレッチャーに載せられ、艦内の医務室に向かう。他の艦からも応援の医務官が来ており、甲板に残った三人も促されて医務室に向かって歩いていった。その外見はまさしく北欧の白人にそっくりであった。
その後、南田が事情聴取できたのは三時間あとのことであった。重傷者も意識はしっかりしており、どうしても譲らないため、五人合わせての事情聴取となった。場所は士官用会議室であり、『ひゅうが』の医務官である松本信二少佐が同席して行われた。
「日本国第五艦隊副司令官を努める南田源次郎准将です。当第一戦隊の指揮を取っています」
「日本国第五艦隊参謀長を務める藤井五郎准将です」
こちら側の自己紹介後、ストレッチャーに横たわる男が口を開いた。
「スウェーダン国東部艦隊第二警戒艦隊所属重巡洋艦『ストースン』艦長ステファン・ヨルムンド中佐であります。この度救助いただき感謝いたします」
「同じく航海長を務めますヤンレム・ヨハンソン少佐であります」もう一つのストレッチャーの上から声が上がる。
「同じく砲術長を務めますゴーレム・ハドソン少佐であります」一番背の高い男が答えた。
「同じく通信長を務めますマクリード・ヨンサンド少尉であります」中肉中背の男が答える。
「同じく通信要員のマクリアス・ハンソルド曹長であります」一番年配の男が答えた。
南田が准将と聞いて相手は皆敬語を使っていた。それだけでどんな教育を受けた軍隊であるか判ろうというものだった。
「皆さん楽にしてください。今回は皆さんを救助することができて良かったと思います。ヨルムンド中佐もヨハンソン少佐も身体の具合が悪ければ少し日をおきますが」南田がそういう。
「短時間でしたら大丈夫です」ヨルムンド中佐が答える。
「判りました。まずこれからの予定ですが、皆さんを我々の基地までお連れします。そこで我々の政府代表と会っていただくことになります。その間の身の安全は保障されます。皆さんも軍人ですからお判りかと思いますが、我々にはあなた方の国に向かう権限は与えられておりません」
「わかっております。我々も承知いたしております。いずれ国に帰れる事を願っております」
「我々の基地までは急いでも十日ほどかかります。その間に少しでも身体を癒してください。なお、艦内ではある程度の自由は与えられますが、兵が付く事をご承知ください」
「それも了承しております」
「明日にでもあなた方に何が起きたのか教えていただければと思っています」
「南田閣下、一つだけお教え願いたいのですが」
「なんでしょう。答えられる範囲でよければ答えますが?」
「灰色地の中央に赤色の縁取りの付いた緑色の星の旗をご存知ですか?」ヨルムンド中佐はさらりと言ったが、その目は何らかの決意を持っているようであった。その質問に藤井が声を上げる。
「プロイデン!」
しばらくヨルムンド中佐の顔を見ていた南田がゆっくりと答える。
「我々日本国はプロイデンに過去二度、自国の船を沈められている。未だ戦端は開かれていないが、仮想敵国第一位であることは明言しよう。諸君らがかの国の友好国で・・・」その南田の声を遮ってハドソン少佐が叫ぶ。
「違います!我々は・・・」
「落ち着け、ハドソン。我々は幸運に恵まれたようだ」ヨルムンド中佐がハドソン少佐に向かって言った。
「失礼いたしました、南田閣下。我々は幸運に恵まれたようです。プロイデンと我国スウェーダンは現在、宣戦布告無き戦闘状態にあります。状況はあまり芳しくはありません。明日にでもまとめて報告できるかと思います」
「なるほど。状況次第では援助も可能かもしれない、とだけ言っておきましょう。いずれにしても決定権は政府に在って我々にはないのです。それだけは理解しておいてほしい」
「判りました」
「さて、今日はこれくらいでいいだろう。ヨルムンド中佐、ヨハンソン少佐、身体を大事にしてください。松本少佐、後はよろしく頼む」
「はっ、お任せください」
このスウェーダン王国出現は日本では探知されていた。というよりも、前年始めに偵察衛星による偵察において出現していたのは判っていたのである。しかし、西中海南岸にあること、その当時は南太平洋のフレンス皇国方面において戦端が開かれていたことから、新しく出現した国に対して積極策はとられていなかったのである。
フレンス皇国方面が落ち着いてもインペル方面が危うくなっており、注意は向けられてはいなかったのだった。第五艦隊による戦隊哨戒が西中海南岸近くまで行われていたのはこのためであったといえる。偵察衛星の情報によれば、インペル国やフレンス皇国と同等の工業レベルを有していると思われていたが、前年末には多少なりとも活動は縮小されているように見受けられていたのだった。
日本側ではその原因は燃料(おそらく石油)不足がその理由であろう、と推測されていたのである。それは翌日のヨルムンド中佐らとの会談で明らかとなった。少なくとも彼らは軍機密以外は情報の提供を拒むことはなかったため、その後の交渉がスムーズに進むこととなった。