第二章 新たなる地へ−4−
移転暦二十五年三月
一月の西中海海戦において捕虜となったプロイデン軍人は千九百八十六人を数えた。彼らはこの日、応急修理された駆逐艦四隻と小型輸送船一隻で祖国に向かうこととなっていた。当初、送還に反対する声が強かったが、交渉のチャンネルがないため、チャンネル開設のきっかけとするため、送還が実施されることとなったのである。ではあったが、これは逆の効果を生むこととなった。
これに先立ってロリアムンディ在陸軍戦力である第14師団の一部部隊をユラリア共和国のウランバートに派遣、基地設営と現地軍との共同戦線構築に当たらせていた。海軍からもウランバート港湾の整備と航空基地設営の協議のための部隊を派遣していた。ユラリア共和国とプロイデン本国の国境間はわずかに千五百kmしかなく、高低差の少ない草原が広がっており、プロイデン軍が東進した場合、戦闘までの時間的余裕が少ないと思われたからであった。
統合幕僚本部および政府の考えではすでに戦争状態に入っていると考えていたようで、もし攻撃されたら無条件での反撃が許可されていたのである。ではあったが、一月以降プロイデンとの戦闘は起こっていない。ただ、偵察衛星による情報ではそれまで内陸の北西に志向していた陸軍部隊の半数がプロイデン本国に移動していることがわかっていた。一方、海軍部隊も西中海西部方面から東に移動しているのが確認されていた。
そのような状況の中、海軍は潜水艦を二隻ロリアムンディに派遣していた。その任務は情報収集であり、たとえ戦闘が起こっても参戦は厳禁されていたのである。これは統合幕僚本部が潜水艦を最終決戦兵器の中核と考えていたことの証であろう。なぜなら、「改そうりゅう」型潜水艦は二十二式巡航ミサイルの水中発射が可能であったのだ。
一方、秋津島統合防衛軍司令部では連日の作戦会議、というよりも、今後の方針を決めめるための会議が開かれていた。昭和の軍人たちが現れて七年が過ぎ、誰もが秋津島を祖国と考えるようになっていた。インペルへの部隊派遣は誰もが賛成していた。しかし、ロリアムンディやウランバートへの部隊派遣となると明確に反対するものは少なく、明確に賛成するものも少なかった。特に若い世代では所帯を持ち、子供をもうけているものもいたのである。噂では(公然の秘密ともいえる)が、将官の中にも所帯を持っているものがいた。
「本国の意向はともかく、我が秋津島統合防衛軍としてもまとまった部隊を派遣するべきではないか。少なくとも日本を守るべきであると小官は考えます」そう言ったのは航空集団司令官である南雲忠一中将であった。これに賛成するのは海軍次官の近藤信竹中将と水雷部隊司令官栗田健男中将であった。
「そうは言っても鎮守府(秋津島)を空にするわけにはいかんだろう。インペルへの派遣も決まっているのだ」海軍作戦本部長宇垣纏中将が反論する。これに賛成するのは聯合艦隊司令長官高須四郎中将である。
といった具合である。
総司令官である山本五十六大将や副司令官である今村均大将は黙って皆の意見を聞いているだけであった。そんな会議のさなか、会議室の扉がノックされ、二人の女性士官が入ってくるとそれぞれ上司の下に向かう。山本大将の元には次席副官の大山緑海軍少尉が、秋津島統合防衛軍主席参謀大井保大佐には副官の本山玲子海軍少尉が、それぞれ電信用紙を渡すと返事を待たずに退出する。
電文を読んだ山本は、来たか、という表情を浮かべ、左隣の大井を見やる。山本の右隣には副司令官の今村が座り、本来であれば参謀長が座るべき左隣には主席参謀である大井が座っていた。大井は首をかしげながら黙って電文を山本に手渡す。それを見た山本が、おや、という表情を浮かべる。そして山本は会議室にいる皆に向かって言う。
「三日後に統合幕僚会議が開かれる。それに出席せよ、とのことだ。おそらく、今議題となっていたことに対するものであると思う。出席者を指定してきた。私と副司令官と海軍次官それに16軍司令官と主席参謀の五人だ。主席参謀にはもうひとつ、防衛省からの呼び出しも来ている。二日後に出頭せよ、とな」
「環境が変わったといえど我々は日本国軍人であることを忘れないようにしてくれ。今私が言えるのはそれだけだ」そう言って山本は会議の終了を告げた。
翌日、秋津島統合防衛軍主席参謀大井保大佐は民間機で東京に向かった。その大井を成田で出迎えたのは統合幕僚本部参謀の志村一郎中佐であった。
「先輩、どうしたんです?防衛省に出頭するのは明日では?」
「ん、そうなんだが、ちょっと、な」
「何かあったんですか?」
「ここでは言えん。少し付き合ってくれ。時間はとらせんよ」そう言って大井を連れ込んだのは都内にある喫茶店だった。ここは負傷除隊した元海軍大尉のやっている店で、志村はよく利用しているという。
「実は南田閣下のことでな。どうも除隊を考えているようなんだ。上では次期第五艦隊司令官に、との意向らしいんだが、本人は固辞している、俺も直接会って説得してみたんだが意志が固い。お前なら何とかできるかも知れんと思ってな」
「うーん、あの人らしい。この前の戦いで部下に犠牲者がでたからかな。百人だっけ?」
「いいや、九十二人だ。第二戦隊からはな。『ひゅうが』なんか最初の頃にミサイルの破片くらって指揮統率できなくなっていたから、途中からは全部隊の指揮を執っていたようなものさ。八隻対二十六隻であそこまで戦果を上げられたのもあの人のおかげといえるよ」
「しかし、なぜ南田閣下を次期司令官に?他にもいるだろうに。第四(艦隊)の宗方閣下なら適任では?ゴリアス戦で南田閣下の上司で個人的に戦果もあげている」
「年齢的なものだろう。定年まであと三年じゃなかったか?」
「それをいうならうち(秋津島統合防衛軍)の上はどうなるんです?規定を大幅にオーバーしている人もいる」
「そっちは判らん。そろそろ話がでるかも知れん」
「判りました。南田閣下には一度会って話してみますよ。結果は確約できませんが」
「たのむ」
その後、明日の防衛省での会議の打ち合わせをしてから二人は店をでた。
コンスタントに書き、アップする難しさを痛感しています。前作は大幅な加筆修正に近かったのですが・・・・・・