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天使を買った侯爵

真面目な二人の、ゆっくりとした心を触れ合いを書いていきたいと思います。

人身売買に近い描写が出てきます。苦手な方はご注意ください。

 まだ成人していない女の子たちが、姫のように着飾り、ガラス張りの部屋で美しく暮らしている。ドールハウスのようなこの部屋は、ショーケースと呼ばれている。

ここにいる少女たちは、宝石のように飾られた商品だ。

 ガラスの向こうに人間が来るとき、ニコニコした子から買われていく。

買われること、飼われること、それが恐ろしい。

 弱い者もいれば、強い者もいる。仲良く笑うのは、人が見ているから。

みんなこのおままごとから逃げ出したいと言う。私は、見られることの方が恐ろしかった。

 数少ない、ガラス張りではない勉強部屋で、本を読むことが楽しみだった。わずかな本は全部読み終えて、諳んじることができるほどだけれども、見られるよりもずっとよかった。新しく来る女の子、いなくなっていく女の子。

 9から14歳の女の子に囲まれて、私は20歳を迎えた。



 ショーケースを見に、侯爵がいらしたと一騒ぎあった。

 あの、山と泉と食事が自慢の、のどかな地方にいる、無口な変わり者の侯爵が、だ。

無口な本の虫、変わり者、結婚もせず、女に興味がない、など散々に言われていた。しかし、武に長け、魔術にも詳しかった。よく散歩をする彼は土地のものに愛されている。学生時代に王子と親しくしていたゆえ、しばしば王宮にも呼ばれている。変人ながら愛すべき人として有名な侯爵だった。


 そんな侯爵が、少女を買いに来た。

 ショーケースの支配人は、急な来訪に、大慌てで少女たちを着飾らせてショーケースに入れた。

 侯爵は、護衛を一人だけ連れて、馬で来ていた。簡素だが質のいい服を着ていた。

 揉み手する支配人に、養女がほしい、とだけ言って、あとは要望も言わない。

 まだ、侯爵は若い。いずれ結婚すべく、家に迎え入れるとするのならば。この【店】から爵位ある方への妻が出るなら。本当にまたとない機会だった。


 ガラス張りの向こうに、広々とした部屋、可愛らしい調度と、着飾った少女たち。様々な髪色、目の色、肌の色。

 品揃えが自慢でして、と支配人が言う。

 侯爵は、夕方近くまでショーケースを眺めていたが、一向に誰かを指名する様子はない。

「皆、幼いな。……これで全員か」

「い、いえ……実は、一人だけ奥にいるのですが、もう20です。貰い手があればいいのですが、どうも引っ込み思案でして……」

「どこにいる?」

「勉強部屋で本を読んでいるかと」

 本、と聞いて、侯爵の目つきが変わった。

「案内してくれ」

「は、はぁ、かしこまりました」

この侯爵、本の虫とあだ名されているだけに、本を読む者に興味を引かれたらしかった。



 支配人が勉強部屋の扉をノックする。入るぞ、と声をかけて扉を開けた。



 華奢な天使が、飛び立とうと翼を広げているかのようだった。



本棚の奥、出窓のへりに膝を抱えて座る少女。

開いた窓から吹き込む夕日色の風に、銀糸の髪が舞い上げられていた。


シルク、と呼ばれた少女は、少し固まった後、か細く、はいと答えて、読んでいたらしい本を閉じ、窓辺から降りた。背は女にしては高かったが、それ以上に目立って華奢な女だった。天使は一転して、幽霊のように消えそうに見えた。


 少女は、しずしずと歩み寄って、支配人の三歩後ろで止まった。侯爵を認めると、うっすらと怯えた顔で頭を下げた。

「無愛想な子です。すみません。ずっと人馴れず、長くここにいたもので。髪も目も色が薄く、貰い手が中々つかない奴です」

 ただ、目を見開いて、眺めるばかりだった侯爵が、小さく一言、

「この子にする」

と言った。

 えっ、と上がりそうな声を飲み込んで支配人が固まった。

「この子を、ですか」

 侯爵が頷いて、御付きの従者が小切手を取り出した。

「あ、あぁ、お買い上げ、ですね。ありがとうございます」


 まさかなぁ、よかったなシルキー、お前もやっとだな、と支配人が少女の頭を撫でた。

「さ、【しるし】を出すんだ」

 少女は、哀願するように、大きな垂れ目でじっと支配人を見上げた。支配人は、聞き分けのない子犬に言って聞かせる声で

「シルキー、」と呼びかけた。

 しばし見つめ合ってから、少女は長い睫毛を伏せた。長い長い白髪をまとめ上げて、うなじを露出した。 不健康な白い肌に不自然な刻印がある。黒々とした、不揃いな短い線が余白を許さず十数本、連ねて刻まれている。それは【しるし】ーーコードと呼ばれる、売られる者の刻印だった。魔法で刻まれたコードは、決して消すことはできない。


 支配人の懐から出て来た、指揮棒のような枝がコードにかざされた。枝から刻印へ、光の線が降りる。

 ジュッと音がして、少女が小さな呻き声をあげると、光は消えた。短く連なる刻印を串刺しするように、横に長い線が刻まれた。

 うっすらと目尻に涙を溜めた少女のを支配人がぽんぽんとなだめた。


 長い睫毛が痛みに震える様子を、侯爵はじっと見ていた。


 支配人が、お買い上げはこちらになります、と金額を示すと、すぐに従者がさらさらとペンを走らせ、小切手を手渡した。他の少女に比べて格段に安いとはいえ、値切りもしない金払いの良さは格別だった。


「ありがとうございます。

【首輪】はこちらになります。お好きなものをお選びください」

 赤や黒、茶色の革、黒鉄、銀、宝石で飾られたものまで様々な首輪が並んでいた。【首輪】は、売られた者がコードを隠し、人の物であることを示す重要なものだった。

「これにしよう」

 侯爵が指をさしたのは、艶めく銀色の首輪だった。革の首輪と同じ厚みで、ひとりで外すことは絶対に不可能な首輪。前にはリードをつけるためのカンが付いており、動かすたびに金属の涼しい音がした。

「こちらですね」

支配人が手渡すと、しゃりん、と音を立てた。

「シルキー」

 少女が、躊躇いながら跪いて、顔を下に向けた。支配人は、少女の髪をばさり、とあげて、刻印の増えたうなじを見せる。小さく少女は震えていた。


「さ、侯爵様、どうぞ」

侯爵は、小さく頷いて、一歩前に進んだ。

少女の首に、冷たい銀色が触れた。


がしゃん


銀の首輪が、首にはまった。


顔を起こした少女は青ざめていた。

「よく似合っている」

侯爵は、満足気に眺めた。

「幸せになるんだぞ」と支配人が囁いた。頬を撫でてくれた手が、一筋の涙を隠した。

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