街外れの雑居ビル
街外れまで来ると、見慣れた(控えめにいってうらぶれた)雑居ビルが見えてくる。近頃、運動不足を指摘されることが多い(心外なことだ)。俺は3階までの道のりに階段を選ぶことが多い。先程も、誘惑に打ち勝った俺だ。ここは、初志を貫徹することにしよう。2階には、あまり流行っていない雀荘がある。いつもビルのオーナーである婆さんと、その友人達がレートの低い(それはそれは低い)卓を囲んでいる。多分今もいるだろう。時には、俺も共に卓を囲む。こちらから扉を叩かなくても婆さんが誘いに来ることもある(どちらかといえば、そちらの方が多い)。誘い文句は決まって「どうせ暇なんだろ。たまには生産的なことをしな。」である(大きなお世話だ)。婆さんの言う生産的とは、孫にやる小遣いを寄越せくらいの意味である。うらぶれたとはいえ、ビルのオーナーなのだから、そのくらいの金はありそうなものだが、とにかくお金にうるさい(がめつい)婆さんなのである。孫にその性質が受け継がれなければよいのだがと、いつも余計なことを思う。これは老婆心だ(婆さんは、老婆だがこういった心は持ち合わせていないようだ)。
昼間からわざわざ老婆と戯れることもあるまいと、あまり丁寧とは言えない字(控えめに言って)でお一人様歓迎と書いたホワイトボードのかかった扉を横目に、俺は階段を上がる。
3階に着くと、若干息が切れたが、これはタバコのせいであって、運動不足とやらのせいではない。断じて。
さて、気をとりなおして目の前にある扉を見る。
「鉄探偵事務所」
我が城である。ちなみに「鉄」の字の上には小さな文字で「くろがね」と書いてある。俺の苗字だ。看板の下には手書きの文字で、「よろずもめ事引き受けます」とある。俺の字ではない。「す」の払いがハート型であることからも、それは明らかだ。イメージが狂うからやめて欲しいのだが、俺は部下の自主性を尊重するたちなので、目をつぶっている。扉の向こうには、この字の筆者が、俺を待っているだろう。今日はどんな仕事が俺を待っているだろうか。軽く息を吸うと、俺は扉を開けた。