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社会人になってからの電車通勤。
毎日繰り返す中で、窓に流れる景色も、電車に乗って流れる人も、見慣れていく。
ただ、時は流れ続け、人は成長するし、仕事でも人間関係でも変化は起きる。
※以前投稿した同作品名のものの加筆のようなものと見ていただければ幸いです。
1話目は殆ど話の流れは変わりません。
が、加筆してあるので前作品を見た方でもまた楽しめる …はずです(目をそらしながら)
ガタガタと電車に揺られる音が流れている。
私は7人掛け座席の端へくたりと座り、手すりへもたれている。
ぼうっと周りを伺うと、まだ早朝の為、座席はまばらにしか埋まっていない。
窓の外では夏を迎えた暑そうな街の景色が流れていく。
車内はゆるく冷房がかかっているため快適だ。
『次は―』
次の到着駅を電子アナウンスが事務的に告げる。
そして、会社に近づくごとに憂鬱になっていく。
ため息が漏れそうになってくる…
私は、第一志望の会社へ入社する事ができ、
前途洋々、意気揚々と新社会人を始めた数カ月前。
今は仕事へは慣れてきたものの、問題は社内の人間関係。
あぁ、本当に…もうヤダ…
自分で言うのも何だが、外見にはそこそこ自信はある。
そこそこの顔をより良く維持するため、に安くない化粧品類をいくつも買い揃え、
体型も汗と魅力あるスイーツとの葛藤で、なんとか見栄えあるものになっている。
スーツやヒールも、自分の魅力を最大限に活かせるものを!と厳選している。
が、その努力の賜物たるものは、社内の下品な男共のためでなく、
これから出会うべき、素敵な殿方へ向けたものなのだというのに。
そんな男共を、セクハラで訴えてやろうか…!とかの内心は全く出さず、
笑顔で躱すと現れるのが、古参の女性陣だ。
彼女らに睨まれる原因の一つに、一人の男が絡んでいる。
入社当初から、蝶よ花よと世話をやいてくれるのは非常にありがたい。
ありがたいのだが、そのおかげで時折向けられる女の視線が痛いイタい。
しかし、この男は良くない男だと私は考えている。
気の利いた所作と人当たりの良さ、ハーフのモデルめいたルックスを
気にしていない様な立ち回りだが、言いようのない胡散臭さを醸している。
恐らくだが、この男、女を股にかけるタイプ。
迂闊に関わると碌な事にならない。気をつけよ。と女の勘がそう告げている。
その為、仕事後のお誘いもそっと袖にし続けていた。
そして、視線の痛さが増していくわけで…
本当に碌な事にならないわ。
…まぁ、あと女性陣から睨まれるのは言わずもがな、年齢と外見。
若いというだけでそこまで態度に出さないで欲しいし、
生まれ持ったものを最大限生かしている努力をわかって頂きたい。
年齢と外見を仕事上武器にはするが、
望んで社内に不和を巻きたいわけではないんだけど。
媚を売ってるとか、若いから何とかって…
「はぁ…」
本当にため息が出てしまった。
正面に視線を向けると、ぐったりと眠りこけた男がいる。
壁・手すり・一人分の座席スペースの全てを巧みに使った素晴らしい寝相。
寝顔は何故か見ているこちらが悔しくなるくらい、素晴らしく幸せそう。
通勤し始めてから数ヶ月、もう見慣れた日常の一部になってきているこの光景。
ああ~、私もあれぐらい悩みなく気楽そうな寝顔してみたいな~…
でも、彼は彼で大変な思いで働いているだろうからなぁ。
いつも寝こけてるぐらい、疲れてるんだから。
寝顔だから緩んでるけど、そんな悪く無い顔なんだよね。
寝顔じゃなくて、普段は顔はどんななんだろう?
案外仕事だとキリッとした顔してしっかりと指示だししたりしてて…
なんて妄想をしながら、刻一刻と近づく現実(会社)から逃避する。
――――――――――――――――――――――――
気がつけば座席は全て埋まり、ちらほら立っている人も増えてきた。
腕時計を見ればもういい時間。
ドアが開く音と共に人が流れ込んできた。
私の前に人が立ったので、もう彼の顔は見れなくなってしまった。
系列としてはローカル線とはいえ、終点は都心近くへ伸びている。
自宅からの通勤時間さえ気にしなければ、あまり不自由はない。
が、花咲く乙女としては都心近くでの一人暮らしをしたいのだ。
通勤が楽になるのはもちろん、
仕事終わりにおしゃれなお店を見つつ帰宅したり、
時には仕事仲間と落ち着いた雰囲気のレストランで軽くワインディナー!
なんて洒落込みたい。
そして、休日は近場の品のあるカフェで優雅に過ごしたり。
しかし、家族がそれを許さない。
まぁ、家事の類が本当に大変だと言うのはもちろんわかるし、
しっかり自制しなければ生活がきつくなるのもわかっている。
そういったことも踏まえたうえで、
何度もそれこそ大学時代から交渉を試みている。
結果は、否決。
父はそもそも一人暮らしを許さないし、
母も目の届かない生活の心配から来る不安で否定的な態度。
お父様、お母様、ちいとばっかし過保護すぎやしませんかね。
一番の問題が、先に一人暮らしをしている兄で、
「咲良がこっち来るなら、でかい部屋へ移るから、ルームシェアしよう。」
と、とんでもない事をのたまった。
父も母も兄が紡ぎ出す、熱弁(私からすれば呪詛めいた言葉)にほだされ、
ルームシェア案へ賛成票を入れたのだ。
兄は、
「そもそも年頃の女性が住むのだからそれなりの物件にでないと!」
と、いうが。どんな物件を考えてるか聞いてみると…
曰く、生活必需品と良質な食料品が日常的に買える事
自炊を考えればはずせないね
曰く、咲良の職場へアクセスしやすい駅の近かくつ治安のいい場所
わざわざ治安の悪い所に住もうとは思わないけど、いい場所だと家賃がなぁ
曰く、オートロックは必須
うん。たしかに安心感が違う。ただ、家賃がなぁ…
曰く、景観も綺麗な所
わかる…かな?
曰く曰く…
おい兄よ、ドコに住まわせるつもりだ…
ちなみに、5つ年の離れたシスコン兄貴は、
スラっと某国立大合格し一人暮らしをはじめ、
大学卒業後はスラっと某大手企業へ入社、良いお給金を頂いている。
そして、程よい倹約生活と、FXと株を“ちょこっと”しているので、
貯金も十分で金銭面では問題ないそうだ。
もし、私がルームシェアに頷いた瞬間、迅速実行するだろう。
てゆーか、妹構う前にさっさと彼女ぐらい作れや!
なんて思ったりするので、嫌味も込めて言ってやったら…
「そうだね。ま、咲良が結婚したら、俺も考えるさ。
咲良は30になる前に結婚するかな?して欲しいかな?って思ってる。
男は30過ぎて結婚は遅くないから。咲良が結婚してからで、大丈夫。
それに今は仕事に集中したいから。
…はぁ、毎回コナかけられるどうにかならないかな…」
話し始めは楽しそうに、最後のほうはのほうは、遠い目をしながら呟いてた。
…うぜぇ。リア充マジうぜぇ。
そして、
「兄と同居してたら彼氏できないじゃん」って言ったら、
そっと目をそらされた。
息を深く吸い、どうしたものか…と、考えあぐねる。
現状、私も貯金もないわけではないのだが、
引越し費用と家財道具一式、敷金・礼金もろもろで消えてしまう。
しかも、できるだけ職場近くとなると…とか考えているだけで頭が痛い。
学生時代は学校自体はアルバイト禁止ではなかったが、
父が門限を課したため、自由に働けなかった。
そのかわり何かお金が必要な時は、父に内緒のお願いすると、
そっとお金をくれたので生活には問題はなかった。
ただ、父が将来私が一人暮らしをする事を見越し、
阻止するがために門限をつけたとしたらなかなかの策略家かもしれない。
学生時代は、父親なんてちょろちょろなんて考えていたが、そんな事はなかった。
一人暮らし。
そう簡単には解決の気配は見えない。
また、ため息が出そうだ…
――――――――――――――――――――――――
物思いにふけっていると、電車は終点へ到着していた。
目の前の人がはける頃合いを見て、席を立つ。
わらわらと人が流れていく雰囲気を感じつつ、軽く目を閉じる。
気は重いが仕事は仕事、と割りきって今日も元気に出社しますか。
思考を仕事モードに切り替え、カッと目を開き、一歩目。
―ガッ!
誰かに足を引っ掛けられた!
「ひゃっ」
随分可愛くない声が漏れてしまったが、脳裏でこれはコケるなーと、
急激に動く視界の中、着地先になるであろうの床を見ながら、
服を汚さない転び方を考えていた。
急にガシッと肩を掴まれ視界に革靴が割って入ってきた。
「大丈夫ですか?」
頭の上から控えめな声がかり、顔を上げるといつも眠りこけている彼だった。
妄想よりちょっと凛々しい表情をしていた。
間近で見ると結構彫りが深い顔していたんだ。
私の観察する目と、
彼の反応がないため心配する目が合い、
私はちょっと慌てた。
「…えっ、あ、はい。だいじょう…ぶです」
私は語尾を濁しつつ、こんな時にもかかわらず、
観察していた事を誤魔化そうとした。
彼が優しく支えていてくれていたが、
私は後からじわじわと出てきた恥ずかしさから、ぎこちなく立ち上がる。
彼はそのぎこちない動きからどこか痛めたのか、と勘違いしたのだろうか
「どこか、痛めた?」
言葉を重ねてきた。
特に痛みもなかったので少し首を横に振って答えると
「気をつけてね。」
肩からパッと手を離し、彼は去っていった。
彼が人混みに消えるのを見た後で、
“ちゃんとお礼を言えばよかった。”
とちょっと後悔。
しかし、幸先の悪い一日だ。
――――――――――――――――――――――――
その後も、いつも通り何か変わるわけでもなく、毎日通勤する。
もちろん彼と何かあるわけはなかった。
そもそも接点ないからね。
ただ、朝の通勤時に彼をよく観察するようになったかもしれない。
私が電車のいつもの位置に座る時には、対面に座る彼はすでに眠っている。
稀に起きていて読書や難しい顔でタブレットを眺めている事もあるが、
いつの間にか寝落ちている。
物を持って、寝落ちとかしても無くさないだろうかと思ったが、
寝落ちてから、すぐ気がつき本などをしまっている。
彼はそこまでうっかりはしていないようだ。
日々、朝は彼の観察をしつつ出勤し、
会社では仕事と面倒な人間関係に奮闘しつつ、
徐々に信頼できる同僚ができたり、
先輩・上司と信頼関係がしっかりできてきたので
仕事も課せられる責任も増えた。
もちろん全力を持って仕事に当たって行った。
…時々、砕けそうになりましたけどね。
人にとってはなんでもない、私にとっては結構必死だった日々を過ごしていたら、
念願の引越しの目処が立ってきた。今は物件探しの真っ最中。
そんな折、ちょっとした事件が起きた。
電車に乗ると、私の“いつもの席”にもう人が座っている。
若い男性で着慣れないスーツを着ていて、
鞄も靴も下ろしてから間もない感じ。
あぁ、新入社員か。
外でリクルートスーツをちらほら見かけるようになって、
社内でカチカチになって歩くリクルートスーツ組がいたっけ。
慣れるための仕事から、任されて追われるように仕事をこなし始め、
そしたら、もう寒い季節がすぐ迫っていて、
追われる仕事に落ち着く前に年末年始の準備があって、
その波が落ち着いたら、年度末と皆が騒ぎ出していた。
季節は春を迎えていた。
なんだかんだで、もう入社から一年過ぎていた。
体験してみて、早かった。あっという間だった。
先輩たちが、「一年が早くて困る」と、
苦笑しながら言っていたのがよくわかる。
だが、そんな事より、今日から私はどこに座ればいいだろう?
見渡してみると座席の端は、埋まっている。
私のいつもの席に座っているのは、確かに初々しい若い男性だが、
ちょっと御免被りたいタイプ。
その他も優先席や、いかつめなおじさんがいるので、気が引ける。
そもそも、ここのドアから離れると終点で降りた際に、階段から遠くなる。
朝から人混みに揉まれる時間は極力減らしたいのでどこか近くに…
目が止まった。
あった。座れる席が。
眠れる彼の隣だ。
彼はいびきもかかないし、ほとんど動かない。
彼自体の安全性はきちんと観察していたので大丈夫だ。
…と考えたが、なぜわざわざ隣に座らないといけない?
別に少し空けた席でも―
『プルルルルル…』
発車のベルが鳴り、ついでドアの閉まる音。
とっさに彼の隣へ行き、そっと、座る。
低い唸りを上げて動き出す電車。
座ってから、冷静に、なった。
彼を起こさないように席を動こうと、そっと腰を上げた。
ふっと鼻先にコロンが香る。
春先に合わせたさわやかな柑橘系の香り。
彼の近くに来るのは、これで二回目。
前回は慌てていたので気がつかなかたけど、これは新しい発見だ。
今思えば彼はスーツの着回しもきちんとしていて、
季節に合ったものを複数持っているようだった。
あと、スーツのセンスは悪くないし、
それにあわせた髪型も清潔感があった。
流行にも乗っていたし、彼に似合っているものを着ていた。
それだけスーツにお金が使えるって事だよね。
考えて見れば、案外彼って、いい物件なんだろうか。
予想するに、性格はぼんやりしているけど悪くはないはず。
収入もそこそこな人。美的センスも悪く無い。
…いいじゃないですか。
そこまで考えをめぐらせていた時、上げていた腰はもう座席に戻っていた。
あー、でもま、そんな人が職場いたら女性がほっておかないよね。
指輪はしていないから、結婚はしてないだろうけど、
少なくとも、恋人ぐらいはいるだろう。
ちょっと、心にしっくりこないものが刺さった気がする。
って、なんで今、私はこんなに彼の事を考えているの?
私が彼の事を観察していた影響だろうか。
――ガタガタ、ゆらゆらと電車に揺られ、
暖かな季節の暖かみに車内は満たされていた。
そもそも私はなぜ、彼の隣に座ろうなんて思ったんだろう…?
考えてみるが、うまく考えがまとまらない。
あー、こんな事だから、「ケアレスミスを防ぐように」ってお小言をもらうんだ。
――春の日差しは強くもなく、されど、温かみをもって降り注ぐ。
あれ…?ほんとぼんやりする。
何で、だろう?彼のちかくに、いたい、って…
「…ません。あのー、すいません…」
頭の上から小さく声がする。
こんな風に声をかけて持った事がある。
デジャビュを体験しているような感覚…
ゆらゆらと軽く体をゆすられる感覚…
うっすら明けた目に映るのは、電車に揺られる人がいっぱい…
そうか、電車だからゆれるのか…
すっと、息を吸うとさわやかな柑橘系の香り。
ん?電車…?
はっと、私は覚醒した。
「起きました?」
小さな声がかけられる。
私が枕にしていたものを確認する。
彼の肩だった。
恐る恐る顔を上げる。
彼がちょっと困ったような、恥ずかしそうな顔をしている。
「起きて頂けて何よりです」
間近で聞く彼の声音はとても優しい。
「す、すいません…!」
小さな声で謝罪する。顔から火が出るほど恥ずかしい!
「いえ、こちらもすみません。
どうやら、私も貴女の頭に少し寄りかかっていたみたいで…
髪を乱してしまったら…
いえ、気分を害すような事をしてまって、申し訳ないです…」
彼は頭は下げていないものの、心底申し訳なさそうに謝ってくれた。
しかし、彼の放った言葉が、私の寝起きにとんでもない妄想を呼び起こした。
ゆっくりと揺れる電車で、彼と私は、寄り添い、眠る。
彼はいつものように、ちょっとしまりのない寝顔をしているけど、
かくいう私も、うれしそうに緩んだ顔で、彼の肩に彼の方に頭を乗せて眠る。
そして彼の頭が私倒れこむ。
もっと、貴女に寄り添いたい。触れていたい。
ゆったりと優しく寄り添う。
そう寄り添って眠る二人は、まるで、恋人、ノ、ヨウ…
無意識に頭の彼が頬を乗せていただあろう場所を撫でていた。
それを見た彼はハッと驚いていて、
「本当に申し訳ない!」
声は小さいものの誠意の篭った声だった。
私も慌てて、「いえいえ!」なんて言っていた気がする。
彼はほっとする表情をしていた。
そこに私の口が勝手に言葉を発していた。
「前に助けて頂いたので、チャラ、です、ね」
彼が固まった。
私も固まった。
「「えっと…」」
声が重なった。
私はうつむいてしまった。妄想も咄嗟に出た言葉もひどい。
恥ずかしさのあまり、絶対に人に見せられない表情をしている。
というか、悶絶してる。
彼かそっと呟くように言った。
「それはかなり前に貴方が転びかけた時の事ですか?」
私はサッと顔を上げた。いや、上げてしまった。
彼は和んだ表情になり、柔らかな声で言う。
「ありがとうございます」
そして
「覚えていてくれて、うれしいです」
私はどんな表情をしていたかわからない。
ただ、彼は嬉しそうに微笑んでいた。
たぶん、今まで、仕事でも私生活でもここまでパニックになった事はないと思う。
ゆっくりと電車が減速する。
それにつられ、へたれていた私の体が、彼へゆっくりと倒れこむ。
倒れないようにと彼が私の肩を支えてくれた。
二度目の彼の手は温かく感じた。
車内に終点へ到着するアナウンスが流れる。
パニックになりすぎて考えがまとまらないが
すぐ決められた事は二つある。
一つめは、引越しを保留にする事。
二つめは、またここの席に座る事。
……あぁ、この状況どうしよう……
連載って言ってもそんなに長く続かないような…