13、過去話中編・空を切る手は
エルティナは探していた、大切な宝物を。自分達の思い出の品を。
その花冠は兄と初めて作ったものであり、兄が自分に被せてよく似合っていると笑ってくれた、大切なものであった。
「ここら辺であそんでいたはずなんだけどなー」
キョロキョロと辺りを見渡し、探し回る。今そこに訪れようとしている危機には全く気が付かずに。
「んー、……あ!あった!」
そして、花冠は無事木の枝に引っかかっていた。エルティナはすぐにそれを手に収めて抱き締める。
「よかったー。……お兄ちゃん心配させちゃうよね、はやくもどらないと」
エルティナはその場から離れようとする。
しかし、その時遠くから音を聞いた。規則正しいような、だがどこか恐怖を感じさせる、少し不快な音を。
「ん?なんの音だろう?」
エルティナはその音の方へ向かってみる。それが、なんであるかも知らずに。
そして見た。エルフの里へ向かおうとする、人間の軍隊を。
兵士は鎧を着ており、それぞれが武器を持って、まとまって歩いていた。世界樹を奪うために。
それを遠くから見ていたエルティナは、震えていた。
「な、に……あれ……。あれが、人族……?」
自分の見てみたいと憧れていたものが、そこにあった。夢見ていたものと、最悪の形で出会った。
武器を持ち、汚い欲に顔を染め、今まさに、自分の大切な場所へ、大切な人達の元へ向かおうとしていた。
エルティナの体は震えていた。その震えが何から来ているのか、エルティナはまだ自覚していなかった。
「こんなの、こんなの、ティナが見たかったものじゃないよ……」
エルティナはその軍隊から離れようとする。
「……に、逃げなきゃ。みんなと、みんなと逃げなきゃ……」
震える声でそう言いながら、花冠を片手に握りその場を飛び去る。
早く兄の元へ戻らなければ、兄があの人族達と会う前に、手を繋がなければ。
「お兄ちゃん……お兄ちゃん……!」
そう大切な者のところへ帰ろうと急いで飛んでいた時、絶望は訪れる。
「あんれー?妖精じゃねーかァー?」
エルティナはその不快な声にその場で飛ぶのを止めた。そして、見てしまった。
自分の後ろにいる、兵士とは違った格好をした、しかし武器を持った人間達を。
五人の男は冒険者。ただし、今回妖精の捕獲を依頼された、エルティナが夢見たものとはかけ離れた者達である。
「あ……」
エルティナは恐怖により声が出なかった。その恐ろしいものに、早く体を動かして逃げなければならないのに、体が言うことを聞かなかった。
男達はそんなエルティナの反応を見て楽しんでいた。
「あらあらー、震えちゃってかっわいそー」
「まさかこんな所で見つかるなんてな。普通世界樹の元にいるって聞いてたが、まさかはぐれか?」
「ふっつーに迷子じゃねーの?運が悪かったねー!ま、俺らとしては運が良かったけどな!ギャハハ!」
「ここに妖精がいるってことは、世界樹には沢山いるんだろうなぁー!」
沢山いる、自分の家族が。
その事を理解した瞬間、エルティナは逃げ出した。
だが、男達がそれを逃がすはずもなかった。
「おいおいー、逃げるなんて酷いじゃーん、かっ!」
「あぐっ!!」
エルティナの背中に投擲された石が当たる。その途端地面へと墜落し、花冠から手を離してしまう。痛みに涙が溢れ、視界が滲む。
「へっへー、あったりー!」
「おいこら、妖精の羽ってのは高く売れるんだろう?傷をつけたら拙いんじゃないか」
「おっと、こりゃやっちまったな。まあ一匹くらいいいんじゃねーの?」
石を投げた男がエルティナの元へ行く。エルティナは必死に花冠に手を伸ばそうとしていた。それに気がついた男は、花冠を思いっきり踏み潰した。
「はいどーん!」
「っ!!」
「あっははー、壊れちまったなー。なに、大切なものだったかー?」
「う……あ……」
男が足を上げると、そこには踏み潰された自分達の思い出が、大切な宝物が、無残な姿になって土をかぶっていた。
痛みと絶望と恐怖で、エルティナはただ涙を流すしかなかった。
そしてそんなエルティナを男が掴みあげる。
「うぐっ……」
「いやー、今回俺らにあんまり入るもん無かったと思ってたけど、こりゃ当たりかね?」
「かもな。最近冒険者でも他の奴らがどんどん依頼を取りやがるから、俺達の報酬も減ってるし」
「ちょい貴族様から声がかかったときはどんなくだらない話かと思ったが、思ったよりもいい話だったみたいだな!」
この男達は冒険者であった。しかし最近では才能ある腕の立つ者が多くなり、自分達のような才能もないような者達には腕を伸ばす機会も段々と少なくなっていた。おかげでこの男達はすっかり素行が悪くなり、冒険者達からも軽蔑されていた。
しかし、ある時貴族の使者がやってくる。ちょっとした儲け話があるが、お零れだけでもどうか、と。
最初は疑った。自分達からしてもあまり良くない評判を聞くような貴族の話だ。碌でもないものだろうと思っていた。
そして内容はこうだ。世界樹の場所を自分の部下が特定した。今度そこへ兵を送るので、兵とは別行動でもいいので妖精やドライアードを捕まえては見ないか、と。
その貴族にとって、その冒険者達は使いやすそうな手駒であった。こんな依頼には、こんなふうに力を燻らせているような奴らが食いついて来るだろうと。
そして、冒険者とその貴族の利害は一致した。自分達は行ってエルフ達を襲うだけで金が貰える。そして妖精を捕まえれば追加報酬も出る。貴族としては兵士だけでは心もとない戦力として、余っている冒険者の力は欲しかった。
そうして今、ここにいるのがこの男達であった。
エルティナには、男達の言葉はあまり理解出来なかった。ただ、早く兄の元へ帰りたかった。こんな奴らから逃げたかった。
しかし、男達は更なる絶望を叩きつける。
「あー、これ羽もいだりしちゃ駄目かねー?」
「っ?!」
羽を取られる、自分達妖精の、大切な羽が。
それを理解した時、エルティナは必死にもがき足掻いた。
「んぅ……くぅっ!」
「ははっ!いいねぇ、無駄な足掻きを眺めるってのはさァ!」
「ぶはは!うっわー、さいってーだなお前!」
「おめーも微塵もんなこと思ってねえくせによく言うよ!」
男は仲間と笑いながら、エルティナの羽を摘む。
「や……やめっ……」
「さーて、どんな悲鳴を上げてくれるかなー?」
(お兄ちゃんっ……!)
絶望の結末しか想像出来なかったその中で、エルティナはただ心の中で叫んだ。
そして、双子の奇跡が成した技か、その小さな悲鳴は届いた。
「……あん?また妖精か?」
「ははっ!俺らツイてるなぁ!まさか二匹も出てくるなんてよ!」
「でも男かよー、ちょっとつまんねー」
「妖精ならなんでもいいじゃねーかよォ」
その場に現れたアルティスに、男達はそれぞれの反応を示す。エルティナは現れた兄の姿に安堵すれど、同時に恐怖も覚える。この男達は兄のことも逃がしはしないだろう。そうなれば、兄も酷い目にあってしまうと。そのことを思うと、胸が押しつぶされそうであった。
一方で、その当の本人の感情は読めないものであった。
その心にあるのは後悔か、怒りか、悲しみか。
ただ一つ確かなのは、彼の目には傷ついた妹の姿が写っていたという事である。
男が下卑た顔でアルティスを指差す。
「おいお前ら!こいつ捕まえて目の前で仲間の羽もがれるのをみせーーー」
その時、その場に紅い花が散った。
それは、ただ静かに、その場に振り落ちる。
まるで、一瞬時が止まったかのように、静かに、静かに。




