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【狂いだす歯車】

1944年 9月16日 ドイツ ベルリン


バァンッ!! カランカラン…


ハインリヒ「どうやら貴様らは今の状況がどれだけ深刻か理解出来ていないらしいなッ!! 我が国が『アレ』を手に入れる為にどれだけの費用と労力を掛けたかわからんのかッ!!!!」


だだっ広い部屋に、眼鏡を掛けた中年男の怒声が響く

男が勢いよく机に叩きつけられたペンは空中で二転三転し、ふかふかの絨毯の上にぽとりと落ちた


ジーク「…申し訳、ありません… まさか領土内で輸送部隊がソ連軍に襲撃されるとは予想出来ませんでした。」


怒りに震える中年…ハインリヒ長官に深々と頭を下げる黒服の兵士、ジーク

どうやら彼の指揮する輸送部隊がソ連軍に襲われ、重要な積荷を奪われてしまったようだ


ハインリヒ「幾ら北部戦線とはいえ虫の2~3匹くらい湧いてもおかしくないわッ!! 連中は墓の下からも湧いて出るッ!! して、積荷の行方は把握してるのだろうなッ!?」


ニルギリ「それに関しましては朗報が。 北部戦線の前線哨戒部隊がソ連軍の拠点を攻撃し『積荷』と思われるモノを確保した、との報告が挙がっております。」


更に語気を強め、机を叩くハインリヒ長官をなだめるように補佐官のニルギリが報告書を捲る

相変わらずニルギリ補佐官は長官をなだめるのが上手い、とジークは感心してしまう


ジーク「…積荷の回収には私自らが指揮を執ります、御命令を、ハインリヒ長官。」


ハインリヒ「…ちッ… では命令を下す。 ジーク・ノインシュタット少佐、貴官はこれより北部キャンプに向かい『積荷』を回収せよ、部隊の規模は任せる。 確実に任務を遂行せよ。」


ジーク「Verstanden(了解)」


カッと踵を鳴らし、ジークが姿勢を整える

小脇に抱えた黒い制帽を被り、部屋を後にした

どうせこうなるのは分かっていたので既に選抜小隊には戦車の準備を済ましていたし、いつでも出撃出来る


道中、ソ連の連中が現れてもオレのPanther部隊なら敵では無い

問題は…………『積荷』か……………


ジーク「(確か…同盟国と長い間交渉してやっと手に入れたらしいが… 余程重要なモノなのか、上は相当ご執心だな…)」


『積荷』に関する情報はこれまで何度か耳にしたがやはり謎が多い

話によればこの戦況下でわざわざ海路を使ってドイツまでやって来たとか、しかもそれが潜水艦やら戦艦やら空母やらを乗り継いで来た、なんて噂もある


まぁ何にせよ陸路に変わった途端に敵に奪われたのはオレの失態だ


部下のミスはオレが取り戻す


黒服の肩に留められた馬と剣の徽章が

ギラリと鈍く耀いた


・・・

・・


ニルギリ「……第8の若騎士は勇ましいですな、あの歳で騎兵師団の中佐とは大したものです。」


ハインリヒ「奴は第8SS騎兵師団【フロリアン・ガイエル】の最年少部隊長だからな、たかだか24歳であの地位に就けるだけの実力はある。」


「お手前拝見ですな」と言いながら

ハインリヒとニルギリは車で基地に向かう騎士の背を見送った



・・・同1944年 9月16日 ドイツ軍 北部キャンプ 夕方


アンスヘルム「……随分とまぁ派手にやられたな、貫通弾は無いが被弾痕がパッと見ただけでも15発以上、砲塔側面は薄皮1枚ってレベルで抉られたか。 何と戦ったらこうなるかね…」


フリッツ「予想外の敵が多過ぎてな、少し被弾した。 しばらくはPantherで出撃する予定だ、とにかく…修理してくれ。」


「こりゃ大変だ…」と整備兵のアンスヘルムが頭を抱えてボヤく


…昨日の街道戦から一夜明け、オレ達はキャンプに帰還した

イギリス歩兵部隊に混じって行動していたヘルマンも無事だった事もあって隊の損耗は0で済んだが、それ以上にTigerの損害が痛かった


本来無傷で切り抜けられた戦闘を敵の挑発に乗って終始踊らされてしまった事が頭から離れない

部下を危険に晒すような戦い方はしたくなかったのにーーー・・・・



「お前は優しいな、マイゼンブーク。」



フリッツ「ーーー・・・・ッ! …ぐ………ぅがッ!!」 ズキィッ!!


アンスヘルム「うおぉいッ!? 大丈夫かフリッツ!! ちょっと待ってろ、すぐに医療班を呼んできてやるからなッ!! 待ってろよ!!」



不意に、頭をかち割るような頭痛に襲われた

強烈な吐き気が込み上げ、空っぽの胃から胃液を吐き出す



「まだ慣れてないだけさ、周りをよく見るんだ。」



続けて、聞き慣れた誰かの声が耳に届く

誰だったかはとっくに思い出せない



フリッツ「やめ…ろ…やめてくれ…」



ヒュウン ヒュウンと砲弾が空を切る音が響く

耳にこびりつく悲鳴

視界を奪う砂煙

赤黒い血

そして死体



「逃げるな、殺すぞ。」



真っ黒な服


足元に転がる死体


自分だけになった戦場



フリッツ「オレの…役目……ッ オレは…オレは……」



……もうどれだけ歩いたかわからない

生きるのも死ぬのもぐちゃぐちゃになったその先に



お前は──────────



フリッツ「………ハナッ!!」 ガバッ


ハナ「…? その声はフリッツさんですね? どうしたんーー・・・わぁ!? フリッツさん!? ちょ…どどどどうしたんですかぁ!?」


ふらふらと覚束無い足取りで医療テントの中に入り

上半身を起こしてぼんやりしている彼女に駆け寄る


そして勢いそのままハナを抱き締め


フリッツは



寝た



フリッツ「…………………ぐぅ……………」


ハナ「え…!? 寝てる…? おーい、フリッツさ-ん…?」


いきなり現れて、いきなり抱きつき、いきなり寝たフリッツの頭を恐る恐る撫でるハナ

機械油と泥でボサボサの髪を触り、耳、頬とハナの指が滑るとその度にフリッツが「うぅん…」と唸った


ハナ「…ふふ …お疲れさま、ゆっくり休んで下さいね……」



わしゃわしゃと頭を撫で

ハナもまたゆっくりと眠りについた



エッケハルト「おやぁ… こ れ は ま た 大 胆 な 。」


アンスヘルム「いきなり整備場で吐いたからびっくりしておめぇを呼んだんだが、こりゃ治療の必要は無さそうだな、エッケハルト。」


フリッツの体調不良を気にしてアンスヘルムがエッケハルトを呼んで来たが、当のフリッツは既に熟睡してしまったらしい

整備場からいなくなって探し回った先で熟睡するフリッツを見つめる2人…


エッケハルト「…腹立ちますね、モルヒネでも打っときますか。」 カチャカチャ…

アンスヘルム「ハンマーで叩いてみるか?」 ブンッ


汗だくで探したのに、すっかり熟睡するフリッツに(半ば八つ当たり気味に)仕返ししてやろうと物騒なモノを取り出す


エッケハルト「けどまぁ…」

アンスヘルム「今日のところは勘弁してやるかな。」


が、微かに微笑みながら眠るフリッツとハナに気が引けたのか、2人はフリッツに毛布を掛けて医療テントを後にした

(ちなみに毛布の掛け方は凄まじく雑だった)


・・・

・・


ドイツ軍 北部キャンプ 兵舎 夜


アルノルト「あの…ヘルマンさん… こんな時間に話があるっていったい…」


ヘルマン「…あぁ。 お前、隊長の過去について知りたがってたみたいだからな、それについて先にオレから言っておきたい事があるのさ」


パチパチと焚き火が夜の闇を照らすなか、ヘルマンがアルノルトに言う

…どことなく空気が重い、イギリス歩兵と一緒にIS-2から逃げ回っていたせいでヘルマンはそこらじゅう泥だらけの状態だ

まだ気持ちが落ち着かないのか、煙草と酒が手元にある


アルノルト「… 何か知っているんですか? 隊長と、あのTigerについて。」


ヘルマン「全部って訳じゃあないが…な。 なぁアルノルト、お前なにか勲章を授与されたことあるか? なんでもいいぞ。」


アルノルト「勲章…ですか? 自分はまだ銅章の歩兵突撃章を頂いただけですが…」


グイッと酒をあおるヘルマン

質問の意味がわからないアルノルトは怪訝な顔でその様子を見つめる


ヘルマン「まぁそうだろうな… オレも一級鉄十字章しか持ってないしな、バルドやオリバーは根っからの戦車兵だからまた別に勲章を貰ってるかもしれないな。 ……それで、だ……」


そう言って、ヘルマンが取り出したのはあの戦闘でアメリカ軍に撃たれた白リン弾でボロボロになってしまったフリッツのパンツァージャケットだった


ヘルマンはジャケットの裏側…ちょうど胸の辺りにあるポケットから


『それ』を取り出し、アルノルトに投げ渡した


アルノルト「…え…!? こ……これ……って…ッ!! まさか………ッ」


『それ』はズシリと重く、鈍く光る十字架の勲章


煌びやかな装飾が施されたその勲章は


アルノルトやヘルマンが持つモノとは一線を画すモノだった


ヘルマン「オレも最初は嘘だと思ったさ。 だが"そのクラスの勲章"を持つ男が大尉なんて階級である訳が無い、よく考えてみりゃ戦車長でTigerに乗ってる男がこんな辺鄙な部隊に配属される訳が無いんだ。」


アルノルト「………………ッ」


勲章を持つ手が震える


自分の眼が、信じられない


だが『それ』は確かに自分の手の中にある


柏の葉と


交差した2本の剣


そして、伝統の鉄十字


ヘルマン「…隊長はオレ達に何かを隠してる、しかもそれは重大な事だ。 …こういうのは好きじゃないが…あまり隊長を信頼し過ぎないほうがいいかもしれないな…」


アルノルト「…」



「話はそれだけだ」と言い残し、ヘルマンが兵舎に戻る


…それから焚き火の蒔が尽きるまでアルノルトはジッと勲章を見つめ続けた

頭の中ではずっと、あの戦いの最中にフリッツが言った言葉が壊れたレコードのように延々と繰り返されていた











「オレと、Tigerを信じてくれ。」









アルノルト「ーーー・・・・隊長・・・・ーーー」



何かがゆっくりと

壊れてゆく




第9部 狂いだす歯車 完

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