【黒い涙】
ドンッ… ガギィンッ!! ドドンッ… ガギギッッ
ギュラギュラ ギュラギュラ ギュラギュラッッッ
ガギィッ ガッゴッ!! ゴォンッ
ロト『くそッ!! 3両相手に側面撃たれて何故止まらないッ!? このままでは……ッ …チェスター!! 背部に回って榴弾を撃ち込め、オレとリカルドは榴弾で履帯を撃つッ!!』
Cromwellに挟まれ、砲撃を喰らいながらも意に介さず進むIS-2
正面からもMatildaが支援砲撃をしているため実質4両からの集中砲火を受けているのにも関わらずその速度は変わらない
チェスター『…背部に付きましたッ!! 攻撃を開始しまーーーー・・・・ッ!? …ッ…あぐぁッ!!!?』
ナボコフ「……ようやく捕まえたぞ蝿野郎ッッッ!!!! 操縦手ッ!! 急停止ッッ!!!!!!」
…ギギィッッ!!!!!! …ガシャアアアッ!!
そしてCromwell(チェスター車)が背後に回った瞬間、それを待っていたかのようにIS-2は急停止を敢行、チェスターが乗るCromwellと衝突した
木っ端微塵…とはいかないもののCromwellの前面装甲はひしゃげ、衝撃で履帯は外れ、砲身は無惨にも折れてしまった
ロト『…チェスターッッ!!!?』
リカルド『…隊長ッ!! このままでは122mm砲の射線に入りますッ!! 回避をッ!!』
ぶつかってからチェスター車からの応答が無い
恐らくは衝撃で気絶したか…もしくは……
ナボコフ「〜〜ッ 痛ぇッ!! …だが…ようやく全員視界に入ったなッ!! まずは………てめぇからだッ!!!!!!」
ズドオォオオオオォンッッ!!!!!!
ボキュ…ッッ ボゴォオンッ……
リカルド『…Arrow2…ッ Matildaがやられましたッ!! 残りは我々だけですッ!! 隊長、指示をッッ!!』
IS-2は急停止の後、正面のMatildaを一撃の下に屠り去った
Matildaの装甲をものともせずに貫いたそれは徹甲弾でも榴弾でも無い『炸裂した後に貫通する』特性がある特殊な砲弾だ
ナボコフ「よーし、殺ったぞッ 次も対戦車榴弾装填、次はそこで止まってるCromwellだ、サクサク殺すぞ、殺せ殺せーッ!!」
がこぉんッ
その正体は対戦車榴弾、現代でいう『HEAT弾』と呼ばれる弾だ
極めて高い装甲貫徹能力を持ち、MatildaはおろかTigerすら2000m先からでも撃破する事が出来る
が
この砲弾は122mm砲(122mm戦車砲D-25T)に本来対応していない弾である為、命中精度は劣悪かつ砲身寿命を著しく縮めるというデメリットがある
しかしナボコフは頑として対戦車榴弾を使い続けてきた
重装甲、大火力
それを用いて敵を蹂躙するのがナボコフのやり方なのだ
例えそれが、諸刃の剣であろうとも
ロト『あぁ………あぁ……皆……すまない…すまない………ッ』
リカルド『…ッ 隊長の前に出ろッ!! 射線に割り込んで盾になるぞッ!!』
ロトを乗せたCromwellは茫然自失のまま固まって動かない
車長が指示を出さない限り行動しない…よく訓練された搭乗員が仇となった
…いや、もはやロトに戦う意志が無いのかもしれない
既に戦車部隊は2両を残して壊滅、歩兵も半数がやられてしまった
敵にこちらの攻撃は通じず、もはや止める事すら叶わない
ならいっそ、せめてーーーー・・・・・・
ヒ
ュ
オ
ォ
ォ
オ
オ
オ
・
・
・
ッ
!!
ナボコフ「照準よぉぉぉしッッ!!!! くたばーーーーゎれッ!?!!?」
…ガゴォォオォンッッッ!!!!!! ボギュッ!!
バラバラッ…
リカルド『!?』
ロト『…ッ!?』
絶望的な状況を貫く、徹甲弾の風切り音
狙い済ましたかのような一撃は見事、あのIS-2の砲塔後部に風穴を開けた
フリッツ「ーーー・・・待たせたなイギリス野郎、助けてやるぜ。 …第2射、徹甲弾ッ!! 奴が動くようなら撃て、動かなくても撃てッ!!」
バルド「Jawohl!」 ガポンッ
オリバー「……feuerッ!!!!」 カチッ!
ガドォォォォオンッッ!!!!!!
カァァンッ…
ナボコフ「く………ッはッ… 随分…早く……突破してきやがった…なッ!! 虎野郎…ッ!! 早く旋回しろ、真正面だ…真正面からぶっ殺してやる…ッッ!!!!」
ヒュウンッ ……チュギィィィンッッ!!!!
第2射はキツい角度で入ったのか、跳弾してしまった
IS-2もTigerの包囲突破に気付き、車体と砲塔を旋回し始める
だが……
ボゴゴンッッ!! バチィンッ
ギュララガガガガガガガ……ッッ!!!!
ナボコフ「う…ッお!? 今度は何だッ!!!?」
イワノフ「履帯が…ッ 破壊されましたッ!! 恐らく榴弾です、車体旋回不能ッ!!!! 車体が……ッ す…滑る…ッ!! 制御出来ませんッ!!」
2発の榴弾が、IS-2の履帯を破壊した
転輪が吹っ飛び、切れた履帯が地面にべしゃりと伸びてゆく
ロト『……皆の仇だ、クソ野郎…ッ』
地面を抉り、土を飛ばしながら沈み込むIS-2
ロトは涙を滲ませながらキューポラから身を出し、中指を立てる
そしてリカルドに促され、生き延びた歩兵と共に安全圏まで離脱した
ナボコフ「車体がッ傾斜しようが…ッ なんだろうが…ッ てめぇを殺して…ッ 終いだッッ!!!!!!」
フリッツ「バルドッ!! 『硬芯徹甲弾』装填ッ!! 狙いは砲塔正面、撃ち抜いてやれッッ!!」
「「ーーー・・・・・撃てッッッ!!!!!!!!」」
戦場に、砲音が2つ鳴り響く
雷鳴のように轟いたその行方はーーー・・・・
・・・
・・
・
ポ… ポタッ タタタ… ザアァアァアァアァア…………ッ
…あ の お が き える …
あ れ ?… … オレ…な にして… たしか… 敵と…
……そうだ、敵だッ!! IS-2と同時に撃って…それから…ッ
フリッツ「ーー・・・戦況はッ!? 敵はどうなったッ!?」
アルノルト「…目標、沈黙… 今しがた歩兵部隊が車内に手榴弾を投げ込みましたので間違いなく撃破したと思われます… 我々の勝ちです、隊長。」
バルド「ふぃー… 久しぶりに駄目かと思ったぜ… もうしばらく戦車戦はゴメンだ。 …よーし、帰るぞーッ!!」
オリバー「…腰が抜けちまった、入隊してはじめての実戦を思い出したよ…」
メンバー達の元気そうな声を聞いてフリッツはキューポラを開ける
視線の先には砲塔防盾部に大きな穴が開き、地面にめり込むように沈黙するIS-2の姿があった
さっきまでの脅威や恐怖は微塵も無く、ただの鉄屑に成り果てたモノの末路が何を語るわけでもなく横たわっている
どうやらIS-2が最後に放った砲弾はTigerの砲塔側面を抉り、跳弾したようだ
その衝撃でオレは気絶していたらしい
…榴弾だったら死んでいたな…
……よかった、生きていて……
フリッツ「…」
…なんとも言い難い感情が込み上げてきて、叫びだしたくなる
いずれ自分も、あの様になってしまうかもしれないのに
その覚悟があって戦車に乗っているのに
死に場所を探しているのに
何故だろう
あの一瞬
心の何処かで「生きたい」と願ってしまった自分がいた
フリッツ「……………ハナ………………」
自分でもわからない、わからないけど
どうしてか、彼女に、ハナに逢いたくなった
彼女の声が聞きたい
彼女に触れたい
あぁ…
あぁ……
フリッツ「……帰ろう、オレ達のキャンプに……」
次第に強さを増す雨が、機械油とススに塗れた顔を濡らし
黒い雫がTigerを伝ってゆく
度重なる砲撃で熱を帯びた砲身が雨で冷やされシュンシュンと鳴り、煙をあげる
それが何だかTigerの慟哭に聞こえて胸が苦しくなった
ソ連軍損害 T34/85中戦車 3両 IS-2重戦車 1両
アメリカ軍損害 M4sherman中戦車 4両
イギリス軍損害 Matilda歩兵戦車 2両 Churchill Mk.IV重戦車 1両 Cromwell巡航戦車 1両 歩兵戦死者 26名
ドイツ軍損害 無し
誰が勝者なのか、そして何が正しいのかわからぬまま、街道上の混戦は幕を閉じた
第7部 黒い涙 完