【暴虐の砲火】
1944年 9月15日 ドイツ北方防衛線内 街道
ベースキャンプを出発して約3時間
フリッツ隊のTigerは街道脇の森に身を潜めていた
アルノルト「カモフラージュネット、装備完了しました。 …あの、隊長、少しお聞きしたい事があります。」
フリッツ「…接敵近いから手短にな。」
Tigerの主砲に隠蔽用の迷彩を施したネットを掛け終わったアルノルトが双眼鏡を覗くフリッツに声をかける
アルノルト「ネット装備時に気付いたのですが… このTiger、通常の型と違いますよね? 特にこの主砲… まさか8.8cm KwK43 L/71では?」
その言葉に、他のメンバーの動きが止まる
バルドは目を見開き硬直、オリバーは額に汗を浮かばせていた
そしてみるみるうちに「よく見たら全然違うじゃないか」と自らを責めるような顔になる
あの情報通のヘルマンでさえ動揺を隠せない様子だ
…よくある事と言えばまぁそれまでだ。
特にTigerやPantherは製造年で微妙に装備が異なる。
戦車兵、特に搭乗員にとって外観の差はさして気にならず、見過ごされる場合も無きにしも非ずだ。
特にこのTiger Nullは初期型Tigerの車体に最新型の砲を積んだタイプだ、「よく見たら主砲が長い」程度の差故に気にしないと分からないだろう。
フリッツ「…あぁ、そうだ。 このTigerが装備しているのは71口径の88mm砲、現在KönigsTiger(TigerII)に搭載されている砲と同じ主砲だ。」
アルノルト「……何故このような換装を? いや、そもそも何故こんな機体が私達のキャンプにあるのですか? このTigerは隊長が以前から搭乗していたモノだと聞きましたが… そういえば…元の搭乗員達は…?」
フリッツ「……その話はキャンプに生きて帰れたらゆっくりしてやる。 ……総員、対戦車戦闘用意ッ!!」
フリッツの一声で固まっていたメンバー達が我に返った
まるで止まっていた時間が動き出したかのようにバタバタと慌ただしい動きで戦闘に備える
「…約束ですよ」と言い残し、アルノルトが操縦席に座る
ヘルマン「予定より早い…!! 何でだ!? 読み間違えたか!?」
オリバー「…しかもあれは…チャーチル重戦車か? 連中め、輸送部隊にしちゃ随分と仰々しいな。」
「激しい戦いになるぞ」とフリッツが双眼鏡を覗きながら言う
ヘルマンの傍受情報から推測していたのは軽戦車や歩兵戦車が随伴の小規模なものだと思っていた
しかしいざ見てみるとどうだ…
フリッツ「…クロムウェル巡航戦車が3両、チャーチル重戦車1両、マチルダ歩兵戦車2両に輸送車両と歩兵が約40人。 1個小隊級だな…」
…予想以上に敵が多い…
格闘戦(近距離)になればいくらTigerでも無事では済まない
こちらが有利な距離にいるうちに蹴散らしてしまおう
こいつなら、それが出来る
バルド「弾はどうする!? 徹甲弾でいいのか!?」
フリッツ「…そうだな。 初弾は徹甲弾でいくぞ、オリバー! 目標敵チャーチル重戦車!! 距離980yard(約900m)砲塔側面を狙え、吹き飛ばしてやる!!」
咽頭通信機を押さえ、指示を出す
それに合わせて砲塔がゆっくりと回転、照準が敵を捉えた
Tigerに装備されているツァイスのTZF9b照準機は極めて正確な射撃を可能にする
更に8.8cm KwK43 L/71の破格ともいえる砲性能があれば────・・・
フリッツ「撃てッ!!」
オリバー「Feuerッ!!!!」
ドッガォオンッッ!!!!!! キィインッ
発射の衝撃で地面の砂粒が巻上がりTigerを包み込む
放たれた徹甲弾は一切のブレ無く真っ直ぐに敵に向かって飛んでゆく
そもそも何故Tigerが連合軍に恐れられているのか
理由は簡単、実に単純な理由だ
まずはその「装甲の厚さ」
連合軍の戦車の主砲にTigerの前面装甲100mmを遠距離で貫徹できるモノが無かったのが第一
それにより、運悪く相対してしまった場合は無謀な接近戦か逃走を強いられていた
そして最大の脅威となったのはこの「主砲」
通常のTigerは「56口径88mm砲」を搭載し、1000m先からでも装甲厚80mmを超える貫徹力で米軍のM4やソ連のT-34などの主力級戦車を一撃で貫徹、撃破できるのだ
一部の例外としてチャーチル重戦車の砲塔側面や正面は100mmを超える場合があり、入射角度の問題で斜に当たれば跳弾の可能性が起こりえたがフリッツが乗るTiger Nullの「71口径88mm砲」ではそうはいかない
この主砲の距離1000mでの装甲貫徹力は165mmを叩き出す
つまりそれは「1km以内に入ればあらゆる敵戦車を真正面から撃破できる」ということである
────・・・ボギュンッ!!!!
バカンッ!!
フリッツ「よしッ 装甲貫通!! 一気に叩くぞ────ッ!?」
Tigerの徹甲弾はチャーチル重戦車の砲塔側面を全くものともせずに撃ち抜いた
メンバー達もその確かな手応えを感じたのか口元が緩む
だがその喜びを掻き消すように、街道に爆音が轟いた
ドゴォオオオンッッッ・・・・ッ!! ガシャアアァンッ
ドシャァ…ッ ボンッ ボコォ…!
こちらの着弾から3秒程度間を置いて、チャーチルの側面は文字通り「木端微塵」に消し飛んだ
チャーチル自慢分厚い装甲や搭乗員だったモノが空高く舞い、火を上げながら地面に叩きつけられてゆく
辛うじて車体の半分は原型を留めてはいるが、被弾した側は大穴が開いている
少なくともTigerの徹甲弾であんな風にはならない
仮に弾薬庫に誘爆したとしてもあそこまで甚大な爆発は起きない
イギリス軍を撃ったという事は味方の大口径対戦車砲か自走砲か?
…いや、そんな連絡は無かった
ここにいるのはオレ達だけだ
それにあの装甲の"破断具合"は見た事がある…!
背中に冷たい、嫌な汗が噴き出している
オリバー「なんだ!? 何が起きた!? 隊長、何か見えるか!?」
アルノルト「追撃しますか!? 隊長、指示をッ!!」
フリッツ「…!!」 バッ
何か来る、何かとてつもなく危険なモノがいる
震える手で双眼鏡を覗き込むと、イギリス軍の砲口は全て「それ」に向けられていた
一斉に火を噴くイギリス軍の火砲
しかしそれをものともせず、木々を薙ぎ倒し「それ」は現れた
フリッツ「────・・・ッッ!!!! 敵増援を確認…ッ!! IS-2重戦車ッッ!!!!」
錆止めの色か自らの力を誇示するためか意図はわからないが
『赤銅色』に塗られたそれは、赤黒い血を纏った怪物のような様相で迷うこと無く真っ直ぐにイギリス軍に突っ込んでゆく
ヘルマン「くそぉお!! なんでこんな場所で…ッ!! ふざけやがって!!」
バルド「なんでスターリン重戦車がこんな所にいるんだよぉッ!!!? 弾はどうする!? 徹甲弾か!? …おい、隊長ッ!! 固まってないでしっかりしろッ!!」
オリバー「何から狙えばいいッ!? いや、そもそもIS-2までの距離は幾らだ!? 他に随伴はいないのか!? はやく指示をくれッ!!」
アルノルト「隊長、後退しましょう!! 足の速いイギリス車両に囲まれたら成す術がありませんッ!! ここは後退しつつ各個撃破を進言しますッ!!」
Tigerの車内はパニックに陥っていた
突如現れたスターリン戦車… IS-2はそれ程に脅威なのだ
奴に搭載されている122mm砲は1000mからこちらの装甲を破壊できる大口径砲、車体のどこに当たっても甚大な被害は免れない
幸いIS-2までの距離はまだ1700m近くある
だが逃げれるかどうかと言えば…無理だ
敵の放つ榴弾はこちらの徹甲弾と違って距離による威力減衰(運動エネルギーのロス)が存在しない
被弾すれば一気に不利になるだろう、弾種の有利が相手にある以上後退は出来ない
なら────・・・
フリッツ「…バルド、徹甲弾装填。 オリバー、砲撃用意、距離1860yard(1700m) 目標は敵IS-2だ、車体のどこでもいい、必ず命中させろ。 アルノルト…オリバーが撃ったらチャーチルの残骸を盾にして真正面からIS-2を撃つ、前進準備。」
戦うしかない
初弾でこちらの存在を示して牽制しつつ前進
チャーチル重戦車の残骸で榴弾を防ぎつつ倒す
122mm砲の榴弾は確かに脅威だが
相手にとってもこちらの88mmの徹甲弾は脅威だ
それに…Tiger Nullには切り札もある
フリッツ「やれるか?」
オリバー「…任せろ、絶対当ててやる…!! なんなら中身のソ連兵ごと撃ち抜いてやるさ!!」
アルノルト「〜ッ!! 了解です!! いつでもどうぞッ!!」
バルド「弾種交換の指示は早めに頼む、でないと徹甲弾を使い切っちまうからなぁ!!」
ヘルマン「オレは無線傍受に集中する!! …今度はヘマしねぇ!!必ず読み切ってみせる!」
さっきまで半パニック状態だったメンバーの顔つきが変わった
腹を括ったか、この勢いならあるいは…
フリッツ「…いくぞッ!!」
オリバー「────・・・Feuerッ!!!!」
ガドォォォオンッッ!!!!!!
ガッ…キュン…ッ
71口径88mm砲が再び火を噴いた
徹甲弾は真っ直ぐ、寸分の誤差無くIS-2に向かってゆく
砲撃から2秒程度置いて、砲弾はIS-2の真正面にあるハッチ…
つまり操縦席を見事に撃ち抜いた、双眼鏡越しにでもそれはハッキリ視認できた
あれなら操縦士は無事では済まないハズだ
これで少しは大人しくなるか────・・・・!?
すると不意にガクンッとIS-2がブレーキをかけて静止した
あの様子から見て、操縦士が傷を負ったようだ
フリッツ「よし、よくやったオリバー。 流石だな。」
オリバー「ふーぅ… まだまだ、次で完全に黙らせてやるぜ。」
バルド「徹甲弾、装填よしッ!!いつでもいけるぞ!」
アルノルト「行きます…ッ Panzer vorッ!!」
ガコンッとバルドが徹甲弾を装填し
合わせてアルノルトがアクセルを踏込みギアを上げる
流石に2発も撃って前進すれば居場所がバレた
イギリス軍のマチルダ歩兵戦車がこちらを見ている
今度はイギリス軍の砲撃を凌ぎつつ、射撃地点に移動しなければならない
目標まで950yard(約870m)
硝煙を車体に纏わせながら、Tigerは前進を開始した
第5部 暴虐の砲火 完




