【鉄の檻、鋼の回廊、血の轍】
私の名前は■■■■■■■。
鉄火の雷鳴、鋼鉄の虎、火の車。
幾重に重なるこの戦傷は戦史そのもの。
我が身体を見よ。
幾多無数の風穴が空き、脚も折れ、息も絶え絶えな有様を。
とても戦えるザマではない。
おおよそスクラップと並べても遜色がない。
"戦車"とは言い難きただの置物に成り下がってしまった。
だがコレでいい、コレでいいのだ。
私の役目は終わりだ、立派に戦い、努めを果たした。
だが───
この男は何故、まだ私を────...
1944年 ベルリンから南 マリエンフェルデ工場
フリッツ「...酷い状態だな。」
整備兵「酷い、を通り越してこの状態でまだ稼働するのが奇跡に近いです。 車体も履帯も、おおよそ戦闘機動に必要な部分の大多数は損壊しているのに”まだ動く”のです、その気になれば固定砲台として”まだ戦え”ますよ。」
ニルギリから教えられた整備工場に、フリッツはいた。
自身が乗っていたTigerの様子がどうにも気になっていたからだ。
あれだけの砲火に晒されて、何故生き残れたのか...
今なら理由がわかるかもしれないと、ふと思ったのだ。
フリッツ「───直せるのか?」
整備兵「...直してみせます、それが我々の役目ですから。」
整備兵「このTigerの存在も噂話かと思っていましたが... まさか整備に携われるとは思ってもみませんでした、光栄ですよ。」
フリッツ「助かる、頼んだぞ。」
悪名高いとはいえフリッツの戦績は本物だ、そしてその戦績を支えていたのは間違いなくこのTigerだ。
そのセットを間近で拝めた上に車体の整備(ほとんど載せ替えだが)に携われるのはある種の幸運、誉ですらある。
フリッツ「(お前もオレも、またボロボロだな。)」
車体に残る被弾痕を撫でながら、静かに目を閉じる。
あの日、こいつと出逢った日を静かに思い返す。
...フリッツとNullの出逢いは戦争中期1943年7月、クルスクの戦いの最中。
自機が大破した後、塹壕で特別行動部隊の任務中に出会ったのが砲性能試験中のNullだった。
実験機として投入されていたが「中身」が良くなかったのかNullはほとんど機能していなかった。
試したかったのは砲性能のみ、戦術的な動きは想定しておらず所定の位置から淡々と88mmを撃つ砲台と化していたのだ。
クルスクの戦いは後世にも語り続かれる程の規模で繰り広げられた「世界最大の戦車戦」だ。
そんな中でろくに動かない、固定砲台のような動きをする戦車など格好の的だ、フリッツが見つけた時にはすでにNullは至る所に被弾痕があり、今にも大破寸前だった。
ヒュウンッ───
チュギイィンッツ!!!!!
最中、防楯を掠める砲弾。
砲弾はNullの砲塔を貫くに至らず、遥か彼方に消えていった。
ガコンッ
搭乗員「うわぁああああああ!!もう嫌だ!!無理だ!!もう十分だろ!!!!」
するとすぐに錯乱した搭乗員がキューポラを開けて車体から飛び出てきた、度重なる被弾で錯乱したのだろうか、ひと目で正常な状態ではないのがわかった。
車体から転がり落ち、這いずり回る。
命が惜しいのか、その表情はすでに兵士のソレではなくなっている。
フリッツ「───逃げるのか?」
搭乗員「...!!!? 特別行動部隊...!!!! どうしてこんな...場所に...!!!」
真っ青になった顔が更に絶望の色に染まる。
当然だ、被弾して命からがら脱出したと思えば見上げた先に居たのは死神だ。
混乱した脳でも、次に何が起こるかは理解出来ていた。
フリッツ「...仕事だよ、お前みたいな敗北者を殺すって仕事の真っ最中だ。」
パァンッ パァンッ
ガチッ…ガチンッ!
突きつけられた銃口が火を噴き、戦場に死体がひとつ増える。
ここに来るまでにすでに何人か殺しているため今のがちょうど最後の弾だったのか、手持ちの拳銃がホールドオープンする。
死体を漁ってみたが何も持たずに出てきたのか、武器になるものを持っていなかった。
周囲を見渡しても死体死体死体、ろくに使えそうなものは転がっていない。
────ヒュドッ!!!!
ドチャ ベチャ
敵の至近弾が地面を抉る。
捲き上げられた泥と、粉々に砕かれた死肉が雨のように降り注ぐ。
榴弾の破片が耳を掠め、頭の中に不快な金属音が鳴り響く。
フリッツ「...チッ...!」
自身が被ったものが泥なのか人肉なのかわからない、噎せ返るような死の臭いに頭が痛くなる。
耳鳴りが五月蝿い…
視界が、歪む...
く、そ...
意 識 が...
─────────ッガドォォォォンッ!!!!!
一瞬飛びかけた意識を現実に引き戻す、虎の咆哮。
Nullの砲声が、フリッツの正気を繋ぎ止める。
フリッツ「はは...そうだよ... あるじゃねぇか... まだ... ”武器”が──────...!!」
そう、あるじゃないか。
鋼鉄の虎、Tigerが。
ギギギ...
ガコンッ
至近弾でボロボロになりながらフリッツはNullに乗り込んだ。
キューポラを開けた先には、外と大して変わらない地獄絵図が広がっていた。
フリッツ「(操縦手は死亡...砲手もさっきの一発を撃って死んだか... 無線手...残ってるのは下半身だけか。 車長は自決、ってことはさっきのは装填手だな。)」
まるで棺桶だ、悲壮極まる。
だがこの程度の地獄などとうに見ている、これより恐ろしいものをオレは知ってる。
フランスで彼女を失ったその日から、あれを超える地獄など───存在しない。
フリッツ「お前も...いよいよ独りぼっちか...?くく...奇遇だな...実はオレもなんだ... なんかもう疲れちまったな.......殺すとか殺されるとか.......生きるとか死ぬとか........................もう....................」
クルスクの泥濘の果ての邂逅。
尋常ならざる砲火が飛び交う中、フリッツはNullの中で───
フリッツ「────ぐぅ...」
寝た。
自身もどうしてこんなに無防備になってしまったのかわからないが、完全に気が抜けてしまった。
整備場や安置ではない砲火飛び交う戦場のド真ん中、それも搭乗員が全員戦死した戦車の中で、だ。
硝煙と鉄血に包まれて眠ること約5分──
────────・・・ガドゴオォンッッ!!!!!
フリッツ「────うぉ!!」
強烈な金属音が車体を揺らし、フリッツは砲手席から滑り落ちた。
数秒固まった後、現況を把握する。
フリッツ「まさか...寝てたのか!? 嘘だろ? こんな状況で!?」
顎のラインが濡れているあたり、よだれを垂らすほどの熟睡加減だ。
たった数分しか寝ていないのに、過去数ヶ月で一番深く眠れた気がする。
”Tigerだから貫通されない”という絶対の安心感があるとはいえこんな状況で眠るなんて、自分でもどうかしてると思う。
どうやら戦局も大詰めなのか敵の砲撃が一層強くなる。
クルスクは穫れず、自国の敗走が濃厚だ。
ペリルスコープから覗いた戦況は...まぁ前述の通りって感じだ。
車両を放棄して逃げてる兵士もちらほら見えるが88mmを撃つのは勿体ない気もする。
車載機関銃を使ってもいいが車体の角度や位置からしてそこまでの結果は得られないだろう。
フリッツ「(そういやTigerに乗るのは初めてだな...)」
Ⅲ号突撃砲は大概乗り回したが本格的な重戦車に乗るのは初めてだ。
当たり前だが車内のレイアウトも全然違う、Ⅲ号に比べたらかなり広い。
噂には聞いていたがここまでとは思っていなかった、もうすでにかなり気に入ってしまった。
フリッツ「...まぁ、もう全員死んでるしな。 一発くらい撃ったって構わないだろ。」
カコォンッ
カラン カラン...
砲身内部に残された薬莢を取り除き、砲弾ラックから適当に砲弾を取り出し、装填する。
砲手席の死体を退かし、照準器を覗く。
Zfの新型はやはりすごい、惚れ惚れするほど綺麗に見える。
───────ますます気に入った。
フリッツ「なにか適当な的は...アレがいいか。」
ハンドルを回し仰俯角を調整する。
視線の先には孤立した...いや、戦線から突出したソ連の駆逐戦車(SU−152)が映っていた。
巨大な砲口制退器から察するに、アレも敵の奥の手か、主力級の戦車だろう。
フリッツ「──────おあつらえむきに、お前もオレ狙いか。 いいぜ、お前の弾が当たったらオレもここで死ぬ、運試しといこうか。」
ギギッ...!
88mmを撃つのはこれが初めてだが、どうしてだろうか、
絶対に、当たる気がする────────────────
──────────・・・ガドォォォォンッッッツ!!!!!!!!!!!!
距離約800yard(約730m)
88mm長砲身L/71から放たれた徹甲弾は真っ直ぐに、美しい軌跡を描く。
弾体の到達まで約0.7秒、着弾までは一瞬だった。
結果は砲塔正面に命中、貫通したかはわからないが当たったことには変わりない。
フリッツ「当たるもんだな────────────────────どぁ!?!?!??!!」
ゴイィィィィイィィィンッッッッ!!!!!!!
グワンッ グワンッ
──命中の喜びも束の間、車内が凄まじい轟音と振動に包まれた。
敵の砲弾も、こちらに命中したのだ。
幸い貫通はしなかったがとんでもない衝撃が襲いかかる。
崩落した建物に巻き込まれた時のそれに近い、でかい鐘の中に閉じ込められて上下左右からぶっ叩かれたような振動だ。
意識が飛びそうになったがそこはなんとか耐える。
あんなものをそう何度も食らってたまるか、という本能からフリッツは射座から操縦席に移っていた。
クワンクワンと視界が歪む、操縦できるか怪しいが、Tigerの操縦は車と同じハンドル式だ。
エンジンはかかりっぱなし、これなら──────
フリッツ「(あの戦車、次に遭ったら絶対殺してやる...!)」
ギアを替え、ゆっくりと後退するNull
追撃の砲弾も次々と飛んでくるが、辛うじて被弾はない。
なんとか丘陵を越え、射線が完全に切れる。
ここまで下がれば自走砲以外の砲弾はまず当たらないだろう。
味方の大隊も、次々と後退してくる。
こうなればもう特別行動部隊としての役目は終わりだ。
本隊が後退するなら、歩兵たちの後退もまた是、殺す必要はない。
フリッツ「ッ!?...う...おぇ...!」
ビチャビチャッ
強烈な頭痛と吐き気、またこれだ。
フランスを抜けてから散発的に起きるこの頭痛...
医者からもらった薬を飲んで...少し休むか...
操縦席に座りながら、胸元に忍ばせた瓶を取り出し、
【Pervitin】と書かれたそれを数錠噛み、砕く。
フリッツ「....................」ブルッ...
数分もしないうちに気分がふわふわしてくる。
恐怖心や不安感は消え、高揚感を覚える。
その瞳に光はなく、ただ虚ろに、眼の前の地獄を見つめていた。
世界から音が消え、思考が溶ける。
薬が回ってきた、なにか忘れている気もするが───まぁいいか。
進もう。
フリッツ「Panzer Vor」
ガゴン
ギギギ ギッ
ギアが入り、Nullがゆっくりと進み出す。
行く先は、知らない。
フリッツ自身も考えてなどいない。
ただ、どうしようもなく居心地が良い。
単純にこの戦車が、Tigerが好きだ。
お互い帰る場所もないだろう。
なら、共に行こう。
この...どこまでも続く、血の轍を。
死がふたりを別かつまで───
第46話【鉄の檻、鋼の回廊、血の轍】完
補足
この時フリッツと相対したSU−152に乗っていたのが当時砲手だったナボコフ=ジェレズノフである。




