【1944年 Berlin Caprice】
1944年 Berlin
エルンスト「断る。」
ニルギリ「…は…?」
ここはベルリン、
プリンツ・アルプレヒト街8番地にある「とある機関」の本部だ。
戦時末期とは思えない煌びやかな部屋で睨み合うのは2人の男。
1人はもはや馴染みの顔である、ハインリヒ親衛隊の右腕、ニルギリ・ディールス。
そしてもう1人は…同じく黒服に身を包んだ40代くらいの男性… 彼の名前はエルンスト・カルテンブルンナー
秘密警察
正式名称 GeheimeStaatspolizeiの現長官。
第二次世界大戦中に蠢いていた、武装親衛隊とはまた違う恐怖の象徴。
主な仕事は"治安維持"という名の暴力を用いた不当な逮捕、検閲、諜報、そして殺害。
戦時下のドイツ国内外、人種性別問わず恐れられた暗躍機関"夜と霧"
その長である。
ニルギリ「いま…なんと…?」
エルンスト「断る、と言ったんだ。 いくらハインリヒ長官の頼みでも"それ"だけは聞けないな。」
カツーンッ
エルンストは慣れた手つきでチェス盤の騎士で教皇を倒す。
正直、驚きを隠せない。
今のゲシュタポの最高主導はハインリヒ長官だ。
その勅命となればほとんど総統閣下の言葉と言っても誇張はないハズだ。
ニルギリ「な…」
エルンスト「"何故"は野暮だぞ、ディールス。 お前がオレと同じ立場だったら必ず断るだろう?そうでなければお前はただの狂人だ。」
尽く、言葉を遮られる。
おまけに次に言わんとする言葉すら先に詰められる。
カツーンッ
騎士は続け様に城塞を陥落した。
まるで劣勢のチェスの様な、そういう圧力。
秘密警察の連中は大概これだから困る、まるで尋問だ。
ニルギリ「…確かに、否定はしない、が…」
エルンスト「おおかた次は"長官の勅命だからこれは任務として遂行しなければならない、仕事を全うしろエルンスト"ってところか?」
ニルギリ「…………」
1拍置いて、深く溜め息をつく。
大正解だ、ニュアンスは違えど、一言一句に間違いは無い。
ニルギリ「……任務を言い渡す。 "対象フリッツ・マイゼンブークの監視と報告、 期間は本日この時点から7日間、不穏な動きを確認したら警告無しでの拘束と発砲を許可する" …以上、ハインリヒ長官からの勅命だ、エルンスト。」
カツーンッ
いよいよ騎士が女王を討った。
エルンスト「Jawohl ああ、了解ついでに「屍体の山が出来ないように尽力致します。」とハインリヒ長官に伝えといてくれ、ディールス。」
パチンッと煙草に火を点け、エルンストが煙を吐き出す。
言い渡された任務は単純にして明解、そして恐ろしく難解だ。
監視と報告だけなら新人にだって任せておける。
ましてやそれはオレ達 秘密警察の得意分野だ、おまけに警告無しで強制拘束、発砲も出来るお墨付き。
普段なら楽勝、
だが、
その「対象」が良くない。
相手は"あの"フリッツ・マイゼンブークときた。
軍事に関わった事がある人間なら誰しも聞いた事がある本物の怪物、消息不明になってからは余りの不安に「奴が私を殺しに来る!」と気が狂った将校もいた程だ。
そもそも、生きていたという事実に驚いた。
クルスクの戦い以降、確かにそれらしい目撃情報はあったがそれが事実かを確かめる術は無かった。
奴に近付いた人間が、尽く全員死んでいるからだ。
死神の遊び相手は警察の仕事じゃないだろうに、武装親衛隊のガキでも適当に尾行ときゃ済む話だ。
それをオレ達に頼むという事は、つまり…
エルンスト「──────・・・そこに割ける人員すら…もうオレ達には残っちゃいない…って事か?」
ニルギリ「──────・・・余計な詮索はしない事だ、街灯に吊るされたくなければ……大人しく責務を果たせ。」
2人の間に冷たい空気が流れる。
数秒程度の沈黙の後、ニルギリは無言のままエルンストの前から姿を消した。
つまり、それが「答え」だ。
エルンスト「……………詰み(チェック)ってとこか。」
カツーン………ッ
遂に丸裸になった王の前に、駒達が立つ。
……
…
場面は変わり、
Berlin ブランデンブルク
フリッツ「という訳で、本日はBrandenburgerTorからご案内です、Fräulein」
ハナ「どうしたんですか急に…笑」
さながら君主に傅く執事の様に、浅く頭を下げるフリッツ、
そしてその隣には、深い紺色のフレアースカートに、白いワイシャツを身に纏ったハナがいた。
1944年、末期戦の最中とはいえ衣服に忌憚なし、
こうも道化を演じなければ普段より(とはいえ白ワンピースと軍服以外知らないが)も彩やかな色を纏う少女に、フリッツは動揺を隠せない。
フリッツ「〜〜〜…いや、その、なんだ…… 服…服がな…」
しどろもどろになりながら、辛うじて応える。
「可愛い」「似合っている」と、そのワードがどうしても口から出ない。
ハナ「あ…っ えっと… この服、看護婦の方が貸してくれたんです… ほら、フリッツさんを看病してくれてたあの方です。」
フリッツ「…看護婦…? あぁ、確か…アメリアとかいう…」
聞き覚えのある名前に、朧気な記憶を辿る。
確か北部の戦いでJagdpantherにやられた後、ベルリンに運び込まれたフリッツを看病していた看護婦だ。
ハナ「そうです、そのアメリアさんからお借りしました。 …日本にいた時は、こんなにお洒落な服、来たことなかったから…嬉しいです。」
ふわりとフレアスカートを浮かせながらハナが回る。
ドクンと心臓が跳ねる。
思わず見とれてしまう、
長らく忘れていた、
甘い鼓動。
フリッツ「……ッ……」ズキッ
重ねて、文字通り、釘を刺された様な頭痛が襲う。
何かを咎めるような… 意思のある痛みだ。
「忘れるな」
誰かの声が、静かに、鼓膜を揺さぶった気がした。
ハナ「そういえば、アメリアさんって哨戒基地で私を看病してくれたエッケハルトさんの妹なんですってね。 最初に見た時から誰かに似てるなあと思ってたんですけど…」
すかさず2度目の衝撃。
「あぁ〜!」と思わず声が漏れた。
言われてみれば確かに似ている、エッケハルトの妹だったのか。
兄妹揃って医療従事者とは恐れ入ったが、そうなれば尚更、エッケハルトをベルリンに招集して正解だったな。
余暇時間があれば、兄妹水入らずの時間も作ってやれるだろう。
フリッツ「…と、さて、立ち話もそろそろにして、オレ達も動き出そうか。」
ハナ「あ…はい、そうですね!」
とはいえエッケハルト兄妹の話からスタートするとは思わなかった。
忘れてはいけないが、今は1944年の大戦末期、いつ何が起きてもおかしくはない。
時間は有限だ、限られた時間を有効に使わなければ。
いつ終わりが来てもいいように。
最期の想い出が、美しいものであるように。
……
…
フリッツ「とは言え、ベルリンの観光名所を見たところで…な気もしなくはないけど、大丈夫か?」
鼻の頭を掻きながらフリッツは問う。
何を隠そうこの男、こと戦闘以外はてんで駄目な人間(評:北部哨戒基地一同)だ。
およそまともな恋愛観など持ち合わせて居らず、現代でいう「街ぶらデート」ですらフリッツにとっては非常に高い壁である。
ハナ「あ、わたしは全然大丈夫ですよ!せっかくのドイツですし、日本には無いものばかりでワクワクします!四輪車のデザインもツルンとしてて可愛いですし!」
幸い、ハナは楽しそうだ。
実際、1944年代の日本とドイツの工業力には大きな差がある。
何気なく道を走るVolkswagenやKettenkradもハナからすれば興味関心の的だ。
元々科学者や技術肌なのだろう、観光名所よりも機械関連のソレに興味があるようだ。
「あれは?あれは?」と聞かれる度に、フリッツはそれに答えた。
その度に目を輝かせるハナの姿が、何より嬉しかった。
フリッツ「(…ま、彼女が楽しそうならそれでいいか。)」
大戦末期とは言ってもここはベルリン、西部戦線とかに比べると遥かに平和なほうだ。
空襲さえなければ大通り沿いはある程度の活気は保たれてるし、探せばシュトーレンやバウムクーヘン、チョコレートも食べれそうだが…
ハナ「わぁ…! フリッツさん、フリッツさん!あの戦車はなんて言う戦車なんですか!?凄く不思議な形してますよ!」
フリッツ「…ん?どれどれ…」
しばらく街をぶらぶらしていたところ、急にハナのテンションが上がった。
どうやら市街に配備されていた戦車を見つけたようだ。
市街地配備ならSturmgeschütz III(三号突撃砲)やPanzerkampfwagen IV(四号戦車)辺りだろうか。
いや、凄く不思議な形となると38(t) Hetzerか…?
キラキラと目を輝かせたハナが指差す先に居たのは─────
長砲身88mm砲を空高く突き立てながら堂々と鎮座するソレは1942年に試作車両が数量生産されたと噂されていた(ある意味)幻の駆逐戦車…いや、突撃対空砲…(?)
フリッツ「PanzerSelbstfahrlafette (パンツァーゼルプストファールラフェッテ)じゃねえか!!!なんでこんな所に!!?」
ハナ「知っているのですかフリッツさん!!」
制式名称 Panzer Selbstfahr lafette IV Ausf.C
(パンツァー ゼルプストファール ラフェッテ フィーア ツェー)
日本語に直すと「装甲自走砲四号C型」といったところか。
簡単に言うと四号戦車の車体に88mm対空砲を載っけた戦車だ、敷設型対空砲よりも機動力に優れ、普通の戦車では不可能なレベルの仰角(ほぼ真上)が取れる。
普段は水平位置に砲が固定されているため当然対戦車戦もこなせる、対地対空どちらもいける万能戦車…
…と言えば聞こえはいい。
勿論火力は充分、88mmの有利はかなり大きいのは間違いない… 間違いない、が…
フリッツ「大きめの平面装甲で囲われている様に見えるが主砲周りを囲んでいる装甲は…厚くても20mm…!!実はただの鉄板…!!おまけに主砲を旋回させる為にはその装甲板を展開しなければいけない為実質装甲厚は0…!!」
ハナ「えぇ!?あんなに大きくて強そうな見た目なのに!?」
額に汗を滲ませながらフリッツが真剣な眼差しで説明する。
ハナは自走四号とフリッツを交互に見ながら耳を傾ける。
すると自走四号の搭乗員達が自分達を見ているフリッツ達に気付いたのか、それぞれビシッと敬礼した。
フリッツも敬礼を返し、身振り手振りで自走四号の外周装甲を展開して貰えないかジェスチャーを送る。
返答は…「了解」だった。
フリッツ「装甲板、展開してくれるみたいだな。」
ハナ「えぇー!!凄い!!近くで見ていいですか!?」
ハナは興奮しながら四号の近くに行きたそうにフリッツの袖をクイクイと引っ張る。
フリッツ「ん"ん"…!! ……構わないよ、じゃあ、近くで見ようか。」
唐突な可愛い仕草に情緒が破壊されそうになるがなんとか堪えた。
2人で車道を渡り、戦車に近付く。
お互いの人差し指を、しっかり絡めながら。
……
ガゴンッ
ガゴンッ
重々しい音をたてながら、Pzfl.IVの外周装甲が展開されてゆく。
左右と背面、計3枚の装甲板が降ろされ、車体中央部に座す88mm砲座が顕になる。
ハナ「─────大きい…!!」
フリッツ「Flak37は砲身長だけで5m近くあるからな、大戦初期…いや、今でも並大抵の戦車は88mmに狙われたら一撃でスクラップだ。」
天高く聳え立つ88mm砲に、呆気にとられるハナ。
Pz.fl.IVの搭乗員達もどこか誇らしげだ。
ハナ「私達が造った九七式中戦車・改の一式四十七粍戦車砲でも2m弱なのに… 凄いなぁ…」
フリッツ「これはFlak(対空砲)そのまま車載した感じだ、TigerやHornisseに搭載されてるのが対戦車砲のモデルになるな。」
当時の日本の主力戦車、九七式中戦車とは比較にならないスケールの大きさに驚嘆してしまう。
まぁ九七式は中戦車、Tigerは重戦車だからカテゴリーからして違うのだが…
ハナ「──────フリッツさん。」
ふ、とハナの声色が変わる。
どこか不安げな、影のある声。
フリッツ「……どうした?何か気になったか?」
ハナ「私が此処に…ドイツに来た理由を、覚えていますか?」
胸元で握られた彼女の手。
放たれた言葉と、これから来る嵐を揶揄する様に、
遠く────────
雷鳴が響いていた。
第42部 1944年 BerlinCaprice 完




