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【分岐点】

思えば、ここが最後だったのかもしれない。


戦いの、殺しの連鎖から抜け出す唯一の機会(チャンス)


正直、それもいいと思っていた。

私も、もうすでに旧型のそれだ。


戦いの度に増える傷が、それを物語っている。

設計も、戦術も、この僅か数年で劇的に変わってしまった。


…私の時代は終わりだ。

後継に全てを託し、廃棄場(スクラップヤード)でゆっくりと解体を待つ、それもいい。


だが(かれ)は決断した、戦い続け、その果てに死ぬ選択を。


その声は確かに聴こえた、あの泥塗の戦場(クルスク)で初めて出逢った時と同じ、絶望の中で灯る、獣の咆哮。


生きる為に殺し、死ぬ為に生きる。

"愚直に死に向かう、生への号哭"


そうだ、それでなくてはいけない。

兵器として産まれたならば、戦場で死なねば嘘だ。


そうと決まれば、眠っている場合ではない。

帰ろう、あの戦場へ。


私と、共に逝こう。


そうだろう、█████████。



ベルリン 本館・長廊下


コッコッコッ…

カッカッカッ…


大戦末期のベルリン、戦闘指揮所本館に3人の足音が響く。

煌びやかな装飾が施された館内、落ち着いた雰囲気で話す将官たち。

最前線の喧騒は嘘のように無く、死の気配すら、未だ感じない。


ジーク「…よかったのか?」

ハナ「…よかったのですか?」


不意に、隣を歩く2人から話しかけられる。


フリッツ「………………何がだ?」


突然降って湧いた脈絡のない問いに、返す言葉がない。


ジーク「さっきのハインリヒ長官の話を聞いてお前どう思った。」


フリッツ「…ラインの守り作戦か。 正直言うと無理だな、どう考えても戦力不足だ。 新型戦車の話も嘘臭いしな、いいとこ数人の腕利きが戦線を賑やかして終わりだろう。」


ジーク「……そこまで理解してて何故、お前は戦う? しかもすでに形骸化した旧型Tigerを直してまで。 お前がTiger IIやPantherに乗れば、もっと────」


フリッツ「…もっと殺して、その先に何がある?お前も薄々気付いてるだろう? この戦争はオレたちの負けだ、そのうち物量に圧されて押し潰される。 そこに待ってるのは死、だけだ。」


2人の足が止まる。

ジークの問いは「死の質について」

大戦末期となればTiger Iの装甲を容易に貫徹出来る砲を搭載した戦車が各国で造られ、戦場に投じられていた。


前面垂直100mm、大戦初期に圧倒的な重装甲とまで言われたTiger Iの装甲圧も、末期の時点ではあまりに薄い。


それ故に開発された後継機、Tiger IIやPantherは前面が傾斜装甲になっており、生存性を劇的に高めている。

…にも関わらず、フリッツはTiger Iを選んだ、ジークはそこが引っかかる。


ジーク「何もせずに死ぬ気か?せめて祖国(ドイツ)の為に1人でも多く敵を屠り、誇りを持って死ぬべきじゃないか?」


フリッツ「どうせ死ぬなら棺桶ぐらい選ばせろ、オレの棺桶はあのTigerって決めてんだ。 あと何もしない訳じゃない、ただでは死なねえよ。」


被せるようなスピードで、2人の間で言葉が交わされる。

死生観の話をしているのだが、何処と無くお互いの考えが破綻している様な気がしなくもない。

半ば呆れた様にジークは溜息を吐き、一瞥(いちべつ)の後に足早に去っていった。


フリッツ「………堅物め、 思考回路まで傾斜装甲か。」


ハナ「…それを言ったらフリッツさんも大概かと。」


フリッツ「うっ……そ、そう…か……?」


ジークの背中を見送った後、次はハナの番だ。

2人きりになり、微妙な空気が流れる。


ハナ「…ここまで色々と(北部哨戒基地のテントで告白してキスした後に返答も聞かずに単独出撃して自決寸前で助かった件)ありましたけど… ようやく、こうして会えましたね、フリッツさん。」


フリッツ「…ああ、そうだな。 色々と(北部哨戒基地のテントで告白してキスした後に返答も聞かずに単独出撃して自決寸前で助かった件)あったが… 無事で何よりだ、その…まぁ…なんだ… まだ少し、頭が追い付かない部分もあるがな…」


ハナの言葉に何か刺さる様なモノを感じながらフリッツは応える、もちろんハナから目線は外し、壁の絵画を真っ直ぐに見つめながら。


ハナ「驚くのも無理はないと思います、私もSeeleの効果試験の場所にフリッツさんがいるって知らされてませんでしたから… 私の立場も、Seeleも、お伝えしてませんでしたから……」


フリッツ「………本当なんだな、あの訳の解らん兵器の開発と、軍人だってこと……」


ハナ「……」(こくり)


フリッツの問いに、ハナが無言で頷く。

これ以上の言葉は無い、無言の肯定が全てだ。


フリッツ「……そうか。」


ハナ「…ごめんなさい、すぐに私が身分を明かして、ドイツに来た理由を伝えていればフリッツさんが戦うこともなかったのに……」


……言われてみればそうかもしれない。

ハナが同盟国の軍人で、新型兵器の開発の為に来ていた事が分かっていたら…

確かにジーク達と戦わなかったし、ナルヴァの市街戦ももう少し上手く犠牲を出さずにやれたかもしれない…

いや…どうだろうか…?


フリッツ「……………(ジッ…)」

ハナ「…………?」


ふ、と目線をハナに合わせ、黒く澄んだ瞳を見詰める。


…そうだな、ハナが身分を明かしていればもっと違う道もあったかもしれない。

それが間違っていたかは今となっては分からないが、少なくとも無駄な犠牲は出なかっただろう。

というか久しぶりに真っ直ぐハナを見た気がする、正直北部哨戒基地近辺でジーク達と殺りあった時の終わり際はほとんど記憶にない、Jagdpanther(ヤークトパンター)の増援に徹甲弾と榴弾をめちゃくちゃに撃ち込まれたのは微かに覚えている。

しかしアレだな、やっぱりこうして見るとハナの可愛さがよくわかる、何故だろうか、ああそうか、軍服とはいえ綺麗な身なりをしてるからか。

白いワンピースの時も年相応の可愛らしさがあったが軍服を着ると締まるというか。

ふわふわした服装もいいがこう、ピシッとした格好もいいもんだな、新鮮味がある。

だがしかしもっとデザインに拘ればいいモノを随分と質素(シンプル)なデザインだな日本(ヤーパン)の軍服は…いや、オレ達のが派手なのか?ハナならきっとウチの黒服が似合うはずだ。

というかなんだその髪は、後ろ髪を纏めているから首元が丸見え…ってか首細ッ


ハナ「あ…あのぉ〜… ち…近いですぅ…」


フリッツ「…はッ!?あッ!!す…すまない、久しぶりに会ったからかぼーっとしてしまった!!」バッ


出会いから今に至るまでの各々の選択と分岐点(と余計な事)を考えていたら自然と距離が詰まっていた。

ハナはすっかり壁際まで追い詰められ、はたから見たらただの尋問のような絵面になってしまっている。


フリッツ「んんッ… あー…えっと… ところでさっきの「よかったのですか?」って質問、あれはどういう意味なんだ?ジークは聞いてた通りの話だろうけど。」


一気に距離を取り、即座に話題を変える。

次の話題はジークと同じタイミングで問われた質問だ。


ジークの「よかったのか?」は新型戦車じゃなくて旧型戦車で〜とか死生観的な話だったがハナのそれは少し違うはずだ。


ハナ「あ…えっと… 北部哨戒基地の皆さんが招集されるまで、6号重戦車さんが修復されるまで少し時間がありますよね?」


フリッツ「そうだな。 特にTigerの修復は時間が掛かるだろうしな、それまでは確かに少しの間ベルリンに留まるだろうが…どうかしたのか?」


ハナ「あのぉ…さ、差し支えなければ… よかったらでいいんですけど…」


フリッツ「…?」


もじもじしながらハナが言葉をつむぐ、

何処か照れているようにも見えなくもないが─────・・・


ハナ「…よかったら、少しお休みいただいて、私に…ベルリンを案内してもらえたらなぁ…なんて…」


その言葉が鼓膜に届いた瞬間、フリッツはハインリヒの執務室に向かって走り出していた。



執務室


カリカリ パサッ

カリカリ パサッ


羊皮紙の上を滑らかにペンが走る。

1枚、2枚と紙が積まれてゆく。


それぞれの内容は同じ"ベルリンへの招集"だ。

北部哨戒基地のような小さな基地でも、貴重な人的資源を招集するには所定の手続(プロセス)きが必要になる。


…まあ本来、この書類を持った伝令を攻撃する事の方がおかしいのだが…

あの馬鹿(マイゼンブーク)の例がある以上、念には念を…というところだ。


ニルギリ「マイゼンブーク指定の兵士は6人ですか。 整備士に軍医も指定とは。」


ハインリヒ「Tigerの搭乗員4名、整備士1名、軍医1名。まあ最低限の人選だろうが、これでやつが言う事を聞くなら安いものだ。」


バルド・ハイゼンベルク 装填手

オリバー・クラウゼヴィッツ 砲手

アルノルト・シェンシュテット 操縦手

ヘルマン・ノート 無線交換手

アンスヘルム・ゲーアハルト 整備士

エッケハルト・フォン・ヴィッツ 軍医


フリッツが指定したのはこの6名、それとTigerの修理だけ。

「願いを聞いてやる」という問いに、やれ「兵役を解け」「手の届かない部隊に配置しろ」「関わるな」「お前の命を寄越せ」と言われたらどうするかと思っていたがよもや狙い通りに「戦闘続行」を選ぶとは。


ハインリヒ「どこまでも救え無い、哀れな男だ。 逃げようと思えば逃げれただろうに。 こういう時、お前ならどうする、ニルギリ。」


羊皮紙をバサバサと振りながらハインリヒが問う。


ニルギリ「…そうですな。 私なら「整備と修理が終わるまで任務は受けません、休ませてもらいます」とでも言ってどこかに逃げますかな。」


一瞬間を置いて、ニルギリが応える。

このご時世に敵前逃亡のニュアンスを含む発言は禁句(タブー)だがハインリヒは笑い、聞かなかった事にした。

ある種の信頼関係があるこの2人だからこそ洒落(ジョーク)で済んでいる、普通の兵士が言おうものなら街頭に首を括られる発言だ。


ハインリヒ「そうだな、だが奴はそうしなかった。 やはり奴は本能的に戦場を求めている、殺し殺され、その果てにある"死"を奴は求めているのだ。骨の髄まで死神(バケモノ)だな、傑作だ!」


フリッツの選択に笑いが止まらないハインリヒ、我慢して我慢しても、つい口角が上がってしまう。


そんな邪悪な笑いが響く執務室の扉が、勢いよく開かれる。


バァンッ!!!!


ハインリヒ「うおッ!?」

ニルギリ「ッ!?」ヂャキッ


そこに立って居たのは、何を隠そうフリッツ・マイゼンブークその人だ。

先程までとは違う、悪魔の様な形相でハインリヒを睨み付けている。


ニルギリ「(肩で息をしている… なんだ?走って来たのか…!?)」


あまりに急な来訪に、思わずP38を向けてしまうニルギリ。

普段のフリッツなら最悪この行動にナイフを抜いて反撃して来たかもしれないが、どうにも様子がおかしい。


ハインリヒ「ノックくらいしろマイゼンブーク…ッ …なんの用だ?何か他に招集したい兵士でも居たのか?」


伝え忘れを(かんが)みて、ハインリヒが問う。

新しい羊皮紙とペンを出し、机に置く。


そして──────────


フリッツ「ゼー… ゼー… おい…ッ 希望追加だ…ッ!」


ハインリヒ「そ…そうか… いいだろう、言ってみろ。」


フリッツ「ゼー ハー…ッ メンバーの招集とTigerの修理が終わるまで一切の任務は受けねえ!!しばらく休みもらうぞ!!いいか!!なに言われても受けねえからな!!以上!!!」


バァンッ!!!

ダダダダ…ッ


そう言い残し、返答も聞かず

踵を返して立ち去ってしまった。


ハインリヒ「………」

ニルギリ「……」


呆気にとられ、立ち尽くす2人。

ハインリヒの返答を待たずして、フリッツは再び猛ダッシュで去っていった。


(静寂)


ハインリヒ「……聞かれてたか?」

ニルギリ「…いえ、あの感じは恐らく違うかと…」


ハインリヒ「……入れ知恵か?」

ニルギリ「…滅相もない… どこにそんな時間がありましょうか…」


ハインリヒ「……」

ニルギリ「……」


ハインリヒ「…休ませるか… 秘密警察(ゲシュタポ)を監視につけて片時も目を離さぬよう依頼しよう…」

ニルギリ「そう…ですな。」


さっきまでの笑みは消え、ドッと疲れた顔になるハインリヒ。

羊皮紙に新たな依頼を書き加え、机に突っ伏した。


ハインリヒ「…Tigerは修理ラインの最前列に回して、指定の兵士達は手配が着き次第すぐ招集させろ。何日も何日も野放しにはしてられん。」


ニルギリ「……了解(ヤヴォール)。」


額を机に擦り付けながら指示を出す。

ニルギリは浅く溜め息をつきながら、羊皮紙の束を抱え、執務室を後にした。




第41部 分岐点(ターニングポイント)

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