【鋼鉄の虎、咆える】
1944年 9月16日 ソビエト
暗い部屋に並べられた3人のソ連兵
彼らの表情はみな一様に強ばっている
そんな彼らの目の前に座すのは、1人の男
ナボコフ大佐「…なぁ同志諸君、オレは諸君らに1ヵ月前に何を頼んだんだっけなぁ… はい、じゃあ右側のお前、言ってみろ。」
ソ連兵A「はっ… 我々第866戦車中隊はドイツの北方より進行し、敵の駐留部隊を撃滅、キャンプを設置し総攻撃への拠点を構築する作戦であります。」
ナボコフ大佐「で? 進んでんの?」
コツン コツンとソ連軍大佐のナボコフが机をペン先で小突く
イライラしてる証拠だ
貴重な嗜好品の煙草がみるみるうちに減っていく
ソ連兵A「…いえ…その… どうやら先遣隊はドイツ軍の襲撃により指揮所ごと壊滅… 最期の通信にはドイツ軍側は戦車部隊を有しているとの連絡があry…」
ナボコフ大佐「ほう、戦車ね… で、その戦車部隊の詳細は?」
コツン、とナボコフのペンが止まった
「しまった」という顔をするソ連軍兵士
そう、このナボコフと言う男、何を隠そうソ連が誇る「エース戦車兵」である
公式記録ではドイツ軍の軽車両89両
戦車99両 火砲(大中含む)150門以上を破壊した名砲手であり、世にも稀な『車長兼砲手』なのだ
今はその功績が称えられ、本土で指揮を取っている
搭乗する戦車は『JS-2後期型』
ドイツのTiger戦車に対抗するために造られた重戦車だ
搭載する122mm砲の榴弾火力は凄まじく、直撃すればドイツ軍の戦車に致命傷を与える事が出来る
ソ連兵A「ですが大佐、お言葉ですが通信には『戦車部隊』とだけしか残されていません! 規模も戦車もわからない状況で大佐自らが出られるのは危険かと!」
ソ連兵B「先遣隊はT-34/85で出ていきました、アレを破壊出来るのはPantherかTigerです! 自分も出撃には賛同しかねます!!」
ソ連兵C「仮に相手がTiger部隊なら勝てたとしてもこちらも相当な深手を負います、どうかここは自走砲や航空火力による攻撃を思案しては…!?」
だがその危うい雰囲気を察してか、次々に飛び出すナボコフへの警鐘
それが示しているのは連合軍を散々苦しめてきたドイツの戦車に対する畏怖と敬意の表れでもある
ナボコフ「…わかった、わかったよ。 うるせぇ奴らだな、つまり──────オレが現場に出て指揮を取れば問題無いって話だろ? ……さっさと準備しろ、狩りの時間だ。」
「最悪だ」と顔を引き攣らせる兵士達
それを尻目に不敵に笑う男、ナボコフ
フリッツ達に最初の危機が迫っていた
・・・
・・
・
一方その頃
ドイツ北方防衛線 医療テント
バルド「うぉーッ!! ハナちゃん19歳なのかー!! あ、オレは装填手のバルド・ハイゼンベルクってんだ! バルドでいいぜ!!」
オリバー「オレは砲手のオリバー・クラウゼヴィッツ。 オリバーでいい、よかったな助かって。 しばらくはうちでゆっくりしな、居心地は悪いだろうがな。」
アルノルト「じ、自分はアルノルト・シェンシュテットと申します! 自分の役割は操縦士であります! あ、えっと、よろしくお願い致します!」
医療テントにむさ苦しい男達の声が響く
あの救出劇から約3週間、ハナもだいぶ回復したのでフリッツが隊のメンバーにハナに自己紹介をさせていた
フリッツ「バルドとオリバーは32歳、アルノルトはハナと同じ19歳だ、相談事とか悩み事はアルノルトにするといい。」
ヘルマン「ちなみにフリッツ隊長は28歳、相談役はオススメしない。 未婚だからな、若い娘を見ると取って食っちまうぜ。」
フリッツ「…黙ってろヘルマン、Pz1c(1号C型戦車)のケツに括りつけてスターリングラードを引きずり回されたいのか? あと未婚は余計だ。」
「がはは」とヘルマンとバルドが笑う
こいつら、本当に上司をなんだと思ってるんだ…
ガシガシと頭を掻きながらフリッツはメンバーに指示を出す
フリッツ「…全員13:00に整備場に集まれ。 今後のプランと敵の動向について連絡がある。 ヘルマンは無線傍受の資料を頼むぞ、それでは、各自解散。」
そう伝えると、おちゃらけていたメンバー達の目の色が瞬時に変わった
バッと立ち上がり、足並み揃えて敬礼をする
「いつもこうならいいんだがな」とフリッツが言うと「うるせぇでございます隊長殿」とバルドが舌を出してきた
ハナ「仲が良いんですね、皆さん。」
あぁ、それからだいぶ変わった事がある
ハナが(ある程度)ドイツ語を喋れるようになったのだ
日本人は勤勉な性格だとは聞いていたが、ヘルマンとの会話やキャンプで飛び交うドイツ語を覚えて使うとはたまげたものだ
フリッツ「(彼女の勤勉さには頭が上がらないな… 落ち込むわけでもなく、こんな場所に馴染もうとしているなんて…)」
メンバー達がテントから出ていったあとも、フリッツはハナのベッドから動かずジッと彼女を見つめていた
眼が見えていない相手と見つめ合う、なんて不思議な感じだが…
ハナ「…まだ、誰かいますか?」
フリッツ「…!」
不意にハナが声を出したので驚いた
何か用でもあったのだろうか、と声を掛けようとしたその時
彼女がまた、ゆっくりと、歌を紡ぎ始めた
オレは日本語がわからない
ハナのような勤勉さもない
だが…あぁ…これは…
・・・
・・
フリッツ「…歌、上手いんだな。」
ハナ「ひゃあっ!? だだだ誰ですかっ!?」
思わずフリッツが話しかけるとハナは歌うのを止め、ビクッと跳ね上がった
するとみるみるうちに彼女の顔が赤みを帯び、彼女はシーツに潜っていく
フリッツ「あー… その、なんだ… すまない、悪気はなかったんだ。」
ハナ「その声は…フリッツさんですか… もぉー! なんで居るんですか、もう誰もいないと思ったのにー!!」
シーツに包まりながらハナが不満の声をあげる
発音こそ自分達のそれには及ばないが不満を言ってるのは解った
フリッツ「その… すまない、多分オレは君の"声"が好きなんだろうな、歌も詞はわからないがいい歌だっていうのはわかるよ。 特に君の歌声は…ずっと聴いていたくなる。」
ハナ「…ドイツの軍人さんってみんなこうなんですか?」
フリッツ「ん? どうかしたのか?」
ハナ「〜!! なんでもないです!! 寝ます!!」
ボスッという音をたてながらハナは再びベッドに丸まった
どうやら眠るらしい、しかも何やら気分を害してしまったようだ
フリッツ「(エッケハルトがいたらまた散々言われそうだな…)」
「またやってしまった…」と言わんばかりの顔でフリッツはテントを後にした
・・・
・・
ドイツ軍キャンプ 整備場 13:00
フリッツ「よし、全員揃ってるな? では作戦会議を行なう、まずはヘルマンが集めた無線傍受の情報から聞いてくれ。」
ヘルマン「例の救出作戦からずいぶん経つがソ連の連中はダンマリだ、不気味なくらい静かだな。 それより今優先するのはイギリス軍だ、近いうちにこの辺りを輸送部隊と護衛が通過する予定らしい。」
アルノルト「イギリス軍…ですか。」
ヘルマンが傍受した無線の資料を捲りながら次の敵について話すとメンバーの表情が途端に曇った、嫌そうな顔と言えばいいだろうか
「…気持ちはわかる、オレも相手にしたくない。」とフリッツが続ける
イギリス軍の戦車を一言で言えば「面倒」だ
無駄に装甲の厚い軽戦車(歩兵戦車)や
時速40kmで爆走する巡航戦車など何とも言い難い戦車が多いのだ
…苦戦する事はないが戦っていて疲れるタイプの国である
バルド「で、やるのか?」
オリバー「オレは構わないが?」
アルノルト「あ…はい…」
ポキポキと指を鳴らしながら血の気の多い32歳達が言うと
間に挟まれた19歳が複雑そうな顔で萎縮する
フリッツ「敵の規模がわからない以上、進行ルートで待ち伏せしつつ脅威度の高いものから順次撃破していく形にしたい。 それでいいか?」
バルド&オリバー&アルノルト「Jawohl!(了解!)」
バッと敬礼し、3人はいそいそとPantherに荷物を積み込もうとする
「しまった」とフリッツが呟き、3人を止める
フリッツ「待て待て!! 今回は敵の規模がわからんしもし重戦車がいたらPantherの防御力じゃ厳しくなる! 今回はこっち、Tigerを使うぞ。」
そう伝えると3人はピタッと動きを止め
強ばった顔でフリッツを睨んだ
バルド「Nein!(嫌だ!)」
オリバー「Nein(駄目だ)」
アルノルト「…Nein…!(無理です…!)」
とハッキリ真正面から「嫌だ」と言われた
ヘルマン「言わんこっちゃない。」
フリッツ「お前らそれでも戦車兵か!? グダグダ言わずにTigerに乗れ!! 敵に囲まれたらPantherじゃ穴だらけにされるぞ!! …総員乗車!! さっさと行くぞ!!」
「嫌だー!!」と駄々を捏ねるバルドの襟首を掴みながら
フリッツ隊は全員Tigerに無事(?)乗車した
イギリス軍輸送部隊が通るポイントは西に20km先
まずはそこを目指して前進しなければ…
フリッツ「…Pz.Kpfw. VI Tiger Null、行動開始!!」
アルノルト「Panzer vor(戦車前進)」
ドルルルルンッッ!! …ゴォンッ!!!!
Maybach HL 230 TRM P45エンジンが始動し、車体が小刻みに震えた
正面装甲圧100mm、重量60tの怪物が唸りをあげて前進する
第二次世界大戦中、最も連合軍を苦しめ
数々の伝説を遺した「最強の戦車」
鋼鉄の虎、出撃
第4部鋼鉄の虎、吼える 完