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【歪み切った結末】

ドルンッ…!

ドッ ドッ ドッ ドッ


静まり返った広場にPz.IVが停車する。

車長座のキューポラが開き、車長のアルフレートが半身を乗り出す。


本来なら周囲の安全が確保出来ていない状況で車両から身を晒すのは御法度だ、何処ぞの(ジーク)かのように狙撃され命を落としかねない。


だがアルフレートには"この場が安全である"という確証があった。


アルフレート「…報告が正しければ、敵はソ連の自走砲だったな。」


双眼鏡の向こうに見える沈黙したISU-152と、その搭乗員と思しき死体。


地面に転がっている頭の無いドイツ兵の死体と、もう1人の足跡。


イルマ「………はい……… 間違いありません… あの人は……頓挫したTiger.IIに肉薄してきた敵車長を殺した後、随伴1名を伴って敵自走砲の処理に向かいました………」


ガタガタと震えながら答えるのはTiger IIに乗っていたHitlerjugend(ヒトラーユーゲント)の1人、イルマだった。


同じく頓挫した車内に置いていかれ、寒さに震える中、アルフレート率いる渡り鳥部隊に回収された形だ。

…他の搭乗員は全員凍死していた、ベテランならともかくHitlerjugend(ヒトラーユーゲント)はまだ子供、ロクな道具も無い環境で寒さを凌ぐ力は備わってはいなかった。


アルフレート「………」


再び双眼鏡を覗き込み、事の顛末を想像する。


瓦礫の山、廃屋の位置、薄ら残る足跡の動き、死体の見詰める先…………

どんなに想像(イメージ)しても結論が揺るがない、まるで動物の狩り(ハント)のような、大胆(ダイナミック)だがそれでいて緻密に計算された演劇(ドラマ)の様な、


美しさすら感じる、惨状。


……これを…本当に1人で殺ったのか……?


ゾッ…!


皮膚を針で刺すような感覚が全身を走った。


視線、だが何処かはわからない。


まるで気配がない、だが確かに、確かに感じた。


それは明らかな意志を持ってコチラに向けられている。


位置は────


「後ろだ。」


ヒタリ、と冷たい刃が喉元に添えられた、

目線を下に移すと浅黒く染まった刃が見える。


恐怖と同時に、確信を得た。


この惨状を(もたら)した、死神の存在を…!


アルフレート「………フリッツ・マイゼンブーク……!」


フリッツ「…オレの名前を知ってるって事は"そういう事"だな。丁度良かった、てめぇらには山ほど聞きたい事がある。 まずはこのクソみたいな状況と、てめぇらの任務について洗いざらい喋って貰おうか。」


ぐっと、ナイフに力が入り、刃が食い込む。

最早アルフレートに為す術は無い、一瞬にして車両を無力化され、主導権を握られてしまった。


兵士1人の、ナイフ1本で────・・・!


フリッツ「…とりあえず寒ぃから、車内に入れろ。」


アルフレート「……(真顔)」


フリッツ「早く。」


アルフレート「…………Bitte(どうぞ)…………」


フリッツの要求に対して、拒否権は、なかった。

当然だ、ハインリヒ長官からの勅命で参加したこの特別な任務でオレだけに課されたもうひとつの任務がコレだからだ。


「フリッツ・マイゼンブークの生死確認」


あのハインリヒ長官から念押に「奴の生死に拘わらず必ず確認し、必ず報告するように」と言われ実際こうして無事に発見出来た訳だが。


勿論、フリッツ・マイゼンブークの噂は聞いていた、エリート部隊の第一SS装甲師団に身を置き特別行動部隊(アインザッツグルッペ)として戦争初期から各地で死をバラ撒いてきた「死神」マイゼンブーク。


確かな理由は伝えられていないがハインリヒ長官はこの男にご執心らしい。


フリッツ「ふー… さて、温まったところで教えて貰おうか。てめぇらの任務と、この状況について知ってる事を全て話せ、包み隠さず全部だ。」


IV号戦車の車内で暖を取り、血色もかなり戻ってきた。

イルマも随分回復したようだ(顔色は優れないようだが)


アルフレート「…オレ達の本来の所属は第36SS武装擲弾兵師団、その末端部隊だ。部隊全体に課せられた任務はとある新型兵器の加害評価…あとはオレが個人で拝命した特別任務、アンタの生死確認だ。」


フリッツ「…!」


"36SS"の名前が出た途端に、フリッツの表情が曇る。

武装親衛隊の中でも異端、悪名高きその部隊…


"36.Waffen-Grenadier-Division der SS"


密猟者をはじめ、政治犯や刑事犯等で構成されている文字通りの"懲罰部隊"

戦中戦後に拘わらず一貫して黒い逸話しか残っていない部隊というのもここくらいだ。


フリッツ「────ディルレヴァンガーの懲罰部隊か。」


同族嫌悪に似た感情が、フリッツの胸をざわつかせる。

フリッツがいたEinsatzgruppen(アインザッツグルッペン)も言ってしまえば異端の部隊だが36SSも大概異端だ。


アルフレート「どこぞの科学者が造った新型兵器の性能や威力はオレ達にも伝えられてない、現地でその効果を見て、敵がいたら殺して… ついでにアンタの生死が確認出来たらベスト、そういう話だ。」


フリッツ「裏にいるのはハインリヒか。」


アルフレート「正解だ。」


フリッツ「任務完了後はすぐベルリンに戻るのか?」


アルフレート「あぁ。」


フリッツ「新型兵器について知ってる事は?」


アルフレート「ほとんど無い、が、聞いた話だとちょっと前に空が光っただろ?どうやらあの光が噂の新兵器らしい。 効果は見ての通り、戦車も無線も全部機能停止に出来ちまうようだ。」


フリッツ「────ハナ=イチノセという名前に聞き覚えは?」


アルフレート「ない。 」


幾つかの問答を繰り返し、最後の質問を問いかける。

ハインリヒの勅命を受けたアルフレートでさえ、ハナの名前は知らないらしい。


こうなるとアレクシスを囮に使ったのを後悔してしまう。

せめて最期にハナの居場所を吐かせてから囮にするべきだった。


小さく「そうか。」と呟いて、フリッツは車内の空きスペースにももたれかかり、帽子を目深に被った。


叶うならば、もう一度逢いたい。

逢って話がしたい、話したい事が、たくさんある。


隠していた事も、言えなかった言葉も全てを伝えて

何もかもを0に戻して、それから逝きたい。


静寂に包まれたナルヴァの街をゆっくりと離れていく。


ソ連 ナボコフ=ジェレズノフ

イギリス ロト=マクギニス


2人の強敵を屠り、また生き残ったフリッツとジーク。

だがその盤上に勝者の姿は無く、ただただ踊らされ、その役目を終えた鉄の駒達だけが街に遺された。


………

……


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ナルヴァ市街地に於ける試験弾頭(A)の実地検証報告

報告者 アルフレート・ブフナー (36SS)


撃破した敵装甲及び歩兵戦力 … 不明(計算不可)


【Seele】による加害評価 … 甚大

実験は成功。

当該兵器の有効性は極めて高く、戦局を大きく変える能力がある。

範囲内の未対策電子機器は全て無力化、無線による通信の封鎖、エンジン停止による装甲戦力の頓挫等遅滞効果が高く敵の作戦行動を根底からひっくり返す事が可能。

ただし対策車両でも無線の不調等がある為、注意が必要。

かつ、敵側が対策を講じた場合は大きな障害にはならないため長期的な兵器としての有効性を問われると疑問が残る。


総じての評価は…


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ハインリヒ「"実戦投入に値するものである" …という報告だが、君達はどう思う? 現地で【Seele】の威力を目の当たりにした君達の意見を聞かせて欲しい。今後もアレを使うか、どうするべきか悩んでいてなぁ。」


パサッ


高そうな羊皮紙に書かれた報告書が床に放られる。

ヒラヒラと舞った後に、革靴の下に滑り込む。


ベルリンに戻って来て丸1日、フリッツとジークはハインリヒの座す執務室に呼び出されていた。


用件は聞いての通り、ナルヴァで起きたあの不可解な事象についてだ。


フリッツ「随分と機嫌良さそうだなクソ野郎、新しい玩具が手に入ったのがそんなに嬉しいか?」


辛辣に、つらつらとハインリヒに言葉をぶつけるフリッツ。

内心は一分一秒足りともこの場に居たくない、叶うなら今すぐこの場で腰のP08を抜いて撃ち殺してやりたいくらいだ。


…が、補佐官のニルギリが先に銃を抜いた状態でハインリヒの隣に立っている以上その選択は出来ない。

今は大人しく質問に答え、さっさとこの場から立ち去ろう。


フリッツ「…チッ… よく分からないがあの時光ったアレが新兵器か? あの光と衝撃のあと、戦車も無線も何もかも駄目になった。あれがその兵器の効果なら戦場は戦列歩兵の時代まで逆戻りだ。」


吐き捨てるように、フリッツは答える。


ジーク「……私は敵をあと一歩のところまで追い詰めた瞬間、例の光と衝撃に押し潰され、気付いた時にはPantherの脚が停り、砲も撃てず、無様に晒した上半身を狙撃され片耳を喪いました。騎兵部隊(キャバリエ)としてこれほど不名誉(くつじょく)な事はありません。 ……アレは我々戦車乗りの存在を否定する悪魔の兵器です。」


あまり上層部の意見に対して否定的な言葉を返さないジークですら言葉の節々に棘がある。

それはそうだ、ジークは誇りと使命感を持って騎兵部隊の隊長として戦っている。

それを真っ向から否定する、騎兵の脚を()ぐような兵器の実験台にされたとなればその内心が穏やかな訳が無い。


ハインリヒ「ふむふむ… なかなか辛辣な評価だな。 …では最後に、この新型兵器を造った開発者に何か言葉をかけるならなんと伝えるかね?」


くるり、と椅子を回し、窓の外を眺めるハインリヒ。

質問の意味がわからないが語調は真剣だ。


ジーク「……………………我々の誇りを踏み(にじ)る、最低の発明だ、と。」


瞳に憎しみを宿しながらジークが答える。


気持ちは分かる、あの報告が本当なら対策のない戦車はどんなに装甲が厚くとも、どんなに脚が速くともただの棺桶になってしまう。

今後全ての戦線、車両に対策が行き渡るかと言えば恐らくNoだ。


フリッツ「誇り云々はどうでもいいが最低の発明なのは間違いないな。 それと何よりも気に入らないのが、この兵器が"直接的に人を殺す兵器"じゃないってところだ。自らは直接手を下さず、脚を()ぐだけ()いでトドメは他人に任せるような、てめえら上層部と同じドス黒いモノをコイツからは感じるよ。」


フリッツも【Seele】の加害を受け感じた胸糞の悪さを言葉にする。


ふと感じたソレは自身が持つ加虐性による嫌悪感。

"非殺傷"という特性は、殺戮と共に歩んで来たフリッツ・マイゼンブークという人間とは対極のソレ。


到底相容れぬ、光と影。


そう、


決して相容れぬ………


ハインリヒ「ではそんなお前達にかの兵器の開発者を紹介しよう。 入りたまえ。」


ギイッ


執務室の扉がゆっくりと開き、見慣れない軍服に身に纏った「開発者」がハインリヒの横に立つ。



フリッツ「───────────・・・・・・」



…これを、絶望と言わずなんという。

頭が、視界が、真っ白になる。

全身から血の気が引き、指先まで死人のように冷たくなる。


目の前に立つ"彼女"を、頭が否定出来ない。


かくして、フリッツは"彼女"との再会を果たした。


歪みきった、最悪の形で。


ハナ「…………改めて、大日本帝国陸軍より馳せ参じました。 市ノ瀬 花と申します。 この度、盟友独国(ドイツ)と結んだ武器貸与法(レンドリース)に基づく協定を果たすため我が大日本帝国からは新型の弾頭を提供しております。 …その効果の程は…お分かりかと存じますが。」


淡々と、ハナが言葉を紡ぐ。

その姿も、声色も、フリッツの知っているハナではない。



"軍人"として、

市ノ瀬 花がそこにいる。



フリッツ「どうして。」


振り絞った言葉は歪み、爛れ、虚空に消えた。




第39部 歪み切った結末 完

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