【対価と報酬】
引き抜いたナイフの感触がまだ手に残っている。
抱えた銃の冷たさが、不思議と心地良い。
奇妙な感じだ。
敵を1人殺す度、何かを取り戻している気がする。
それと同時に、何か、何かとても大事なモノを…
────手放している気がする。
ラツィコフ(SU-152 装填手)『……!? おい、待て、コズロフは何処に行った!?』
ユーリ(SU-152 無線手)『まさか…やられたのか!?』
広場でアレクシスの陽動に応射していた2人が異変に気付いた、さっきまで共に応射していたはずの仲間の姿が見えない。
確かコズロフは廃屋を通って射線を確保し、側面から強襲する手筈だったはずだ。
それが応射も無いどころか、気配すらない。
ラツィコフ『……』
ユーリ『コズロフッ!!居たら返事をしろ!!コズロフッ!!!』
パタタタタンッ!!
ユーリの怒声と乾いた発砲音が広場に響く。
先程から変わらない、姿見えない敵の射撃音だ。
ユーリ『…ッ! くそ、今はとにかく応射だ!そこに居るのはわかってるんだぞッ!!』
バララララララッ
バララッ バララッ
ラツィコフ『…チィッ!!』
ドドドンッ ドドッ ドガッ
瓦礫の向こうから聴こえる敵の、MP40の射撃に応える様に2人はPPshとDShKを撃ちまくる。
とにかく撃つしかない、目に見えない敵との戦いは常に我慢比べだ。
僅かな気の緩み、油断で一気に戦局が変わってしまう。
……バララララララッ!
チュインッ
ユーリ『!!』
ラツィコフ『!!』
突如、廃屋側で鳴り響いたPPshの銃声。
放たれた弾丸は的確に瓦礫の山を捉えている。
ユーリ『…驚かせやがってコズロフの野郎、生きてるじゃねえか!』
銃声を聞いたユーリが安堵の表情で弾倉を交換する。
聞き間違いはない、いま聞こえたソレは間違いなくPPshの射撃音だ。
ラツィコフ『(だが、本当にコズロフか…? 最後に姿を見た位置からあまり変わっていないし、何故さっきの呼びかけに応えなかった…?)』
キュル…ッ
ガッシャッ!
銃座を回し、DShKの銃口を廃屋に向ける。
出来ればこんな真似はしたくないが、どうしても怪しい、この疑念を放っておくのは危険だと本能がそう言っている。
だから頼む… 応えろ、コズロフ…!
ラツィコフ『…居るなら返事をしろ、コズロフ!!でなければ撃つぞ!!!』
引金に指を置き、照準を覗き込む。
そこに居るのがコズロフ…お前であればいい…!
応えろ!コズロフ!!
スッ…
廃屋の窓際、不意に現れた兵士の姿。
…あぁ、よかった、見慣れた軍服が見える。
間違いなくそれはソ連のギムナスチョルカ、手にはPPsh。
あぁ、よかった、生きていたんだな、コズロ────・・・・
────パララッ!
ビスッ ブスッ
ラツィコフ『…フ…ァ…………へ………………?…』
ふと下を向くと、自らの胸に小さな穴が2つ、開いていた。
息をする度に、ぴゅっぴゅっと赤い液体が飛び出してくる。
それを「撃たれた」と認識するよりも早く、
ラツィコフの身体は"それ"への反撃を選択した。
────・・・グッ
脳が指に引金を引くように指示を出すが、
遅かった。
━━━━━━━バラララララララッ!!!!
ビスッバチュッ ビスッビスッビスッビスックチャッ
ラツィコフ『〜〜ッ〜〜〜ッ〜ッ〜〜─………』
次々と身体を通り抜ける、鉛の銃弾
引金に掛けていた指が千切れ、吹き飛んだ指先の行方を追うように眼球が宙を舞う。
ユーリ『ラツィコフッ!! ラツィコ──フッ!!』
放たれた弾丸は尽くラツィコフの身体を抉り、モノ言わぬ肉の塊に姿を変えた。
勿論、彼を撃ったのはコズロフではない。
廃屋から彼を撃ったのは────・・・
フリッツ「これで2人目。」
フリッツだ。
纏っているソレは先程自らが殺した兵士から拝借した軍服だ。
よく見ると、所々に返り血で出来たのであろう大きな染みが出来ている。
"とにかく撃つしかない、目に見えない敵との戦いは常に我慢比べだ。
僅かな気の緩み、油断で一気に戦局が変わってしまう"
フリッツ「…味方の軍服ってだけで油断したか。その一瞬が命取りだったな。」
ばさっ
フリッツは血染めの軍服を脱ぎ捨て、吐き捨てる様に言う。
フリッツ「…味方だろうが、疑わしければ躊躇わず撃てばいい。 そうすればもう少し長く、生きていれただろうにな。」
すっかり弾の切れたPPshを床に放り、再び息を殺して影に消える。
広場に残るはただ1人…
戦局が、覆された。
ユーリ『馬鹿な…ッ ラツィコフまで…ッ!?』
孤立したユーリの身体から血の気が引いてゆく、
頼りの重機関銃手がこうもあっさりと看破されるとは思ってもみなかった。
一瞬だがラツィコフの動きが止まったと思えばあっという間に撃ち殺された… しかもあの銃声はPPshだ。
コズロフが裏切った…? いや、我々の部隊に限ってそんな訳はない。
ユーリ『…落ち着け、状況を理解しろ。』
ガチャッ
SU-152の車体を盾にする様にして射線を切る。
今1番怖いのはラツィコフを撃った敵の射線、廃屋側の射線だ。
まだこちらを狙っているかもしれないし、不用意に姿を晒すのは危険だ。
考えろ。
敵の数は最低でも2人、ラツィコフを撃った奴と、稜線の向こうにいる奴だ。
結局ラツィコフを撃った敵の姿は捉えられていない、あっという間に気配すら追えなくなった辺り、余程の手練だろう。
だがこの状況… お前らの有利な状況だぞ…
短機関銃を持った兵士が1人、居場所も明らかな状態だ。
来るならこい…
ドタタタタンッ
ドタタタンッ
ユーリ『………?』
だが、来ない。
この状況にも拘わらず瓦礫の向こうに居るであろう不可視の敵が撃つ銃声は止まない。
PPshの応射ペースからすれば既に7~80発は撃ってるはずだ。
だが姿は一度も見えないうえに、まともな有効射も無い。
つまり、これは………
ユーリ『────────・・・欺瞞か!!』
ザザザザッ!!
踵を返して瓦礫の向こう側に走り込む、
一気に距離を詰め、逆にこちらから奇襲を仕掛ける。
こちらとしても既に2人殺られている状況だ、悠長にしてられない。
敵は恐らくまだこちらの『切札』には気付いていない…
仕掛けるなら今────────────!
ゴチュッ
フリッツ「…って考えるよな。」
瓦礫の山を飛び越えた瞬間、ユーリが見た最期の光景は
自らの眉間に突き立てられるナイフと、それを振るう男の姿。
ユーリ『…………Поверь(嘘だろ)………………』
走り込み、飛び越え、勢いそのまま眉間にナイフがめり込む。
顔を起点に慣性で身体が浮き、奇妙な浮遊感を感じながら最後は地面に叩き付けられた。
ユーリの意識は、ここでぷっつりと途絶えた。
フリッツ「…あの男の部下だ、この局面でこう動くことは読めてたよ。教育の行き届いた、いい兵士だ。」
ズゴッ
ブシュ
手向けの言葉をユーリに贈り、フリッツはナイフを死体から引き抜いた。
"見えている敵"はこれで片付いた。
あとは────
……
…
エゴール(SU-152 操縦手)『(あの感じだとユーリも殺られたのか… こんな短時間で隊長も合わせて4人… 恐らくさっきラツィコフを撃ったコズロフの"中身"が敵だ。 出し抜かれたが、次は殺る…!)』
最後の一人、操縦手のエゴールは畏怖と興奮に震えていた。
手にしたвинтовкаМосина(モシン・ナガン) M1891/30が妙に頼りなく感じる。
エゴール『(だが、殺れる… 元々狩人だったオレなら必ず殺れる… 奴の思考を読み取れ… 気配を感じろ…)』
7.62mm×54Rが5発、弾倉内は満装填の状態だ、姿さえ見えれば即座に初弾を叩き込めるだけの技量を彼は持ち合わせている。
そう、
姿さえ、
見えれば。
……
…
フリッツ「(残るは今のところ居場所が分からない狙撃手か… これだけやって1発も撃って来なかった辺り、それなり以上の腕と冷静さはあるみたいだな。)」
空気が再び重く張り詰める、さっき重機関銃手を殺る際に姿を晒した時にスコープの反射光やあわよくば発砲炎で位置を炙り出そうとしたが…
フリッツ「(撃てなかったのか、撃たなかったのか… とにかく早めに仕留めないとな…かなり冷えてきやがった…)」
降雪が止まない。
薄らでも積もってしまうとこちらの足跡が残り、ルートを辿られやすくなってしまう。
更に言うと…
ドタタタタンッ!!
再び響き渡るMP40の発砲音…
そう…アレクシスの状態が良くない状況だ。
アレクシス「…ッ~ゥー〜 アア~…」
DShKの至近弾で飛んできた瓦礫の破片が当たったのだろう、
形容し難いほどに、彼の顔面はめちゃくちゃになっていた。
大小様々な破片が喰い込んだ頬、裂けた唇に、明後日の方向を向いた鼻。
潰れた喉からは言語か出来ない音が漏れている。
右眼には眼球の代わりに深々と木片が突き刺さっているような状態だ。
どこからどう見ても助からない、
いや、放っておけば数分後には死ぬかもしれない。
…ならば、コイツの使い道はもうこれしかない。
フリッツ「アレクシス!聞こえるか、アレクシス!」
フリッツは意識が朦朧とするアレクシスの耳元で強く叫ぶ、鼓膜が無事ならそれで十分だ。
フリッツ「いいか、よく聞け!お前に最期の任務を与える!今からオレが合図をする、それに合わせて隣の瓦礫まで走るんだ!」
アレクシス「ァ…ゥ…(……任……務… 隣の…瓦礫に……)」
よろりと立ち上がり、小さく頷くアレクシス。
どうやら聴こえているようだ、意思の疎通が出来るようで何よりだ。
フリッツ「今までよくやってくれた、MP40も弾切れだろう。コイツのPPshを持っていけ、MP40よりもまだ弾に余裕があるはずだ。…あとは任せろ、敵はオレが殺る。」
地面に転がるユーリの死体からPPshを拾い、スリングを外してアレクシスに渡す。
実際、MP40の残弾はほぼ0に近く、予備弾倉も使い切った状態だ。
アレクシス「ゥ…ゥ…ァゥゥェ……(了解…ありがとうございます……隊長……)」
位置につく2人。
次の瓦礫まで斜め後方約30m。
フリッツ「────・・・よし、行けッ!!」
合図と同時にアレクシスがよろよろと走り出す。
身体に力が入らないせいか、PPshを引き摺るような形になってしまいあまりスピードが出ない。
20m
10m
5m
────────────パッ!
アレクシス「(……あぁ、ようやく帰れる… 身体もあちこち痛い… 帰ったらみんな褒めてくれるかな… そうだ、勲章…… いっぱい敵を殺して…… 任務も達成したんだ…… へへ…きっと…母さんも父さんも……喜んで………………)」
━━━━━━━━━━━━━━・・・パゴッ!!!
アレクシス「(…あれ??…真っ暗だ… 身体も…動かない… どうしたんだろ…僕… 隊長…? 誰か… 誰か…… ……………さむいよ………… ………………………ママ…………………)」
━━━━━━━━━━━・・・ダァァン…ッ………ッ!!!
ブジュッ…
……
…
エゴール『…2発…命中…ッ やったぞ…ッ 確かにやった……ッ ラツィコフを撃った、PPshを持った敵兵士…ッ ざまぁみろ、頭を吹っ飛ばしてやった!!即死だ!!』
距離90yard(約82m)からの狙撃、
放たれた初弾はまずアレクシスの頭を容赦なく襲い、脳漿を地面にばら撒いた。
力無く崩れ落ちた死体に、ダメ押しの2発目、死体はぴくりとも動かない。
こっちの気配を悟れなかったのか、はたまたユーリの突撃で負傷したのか、案外あっさりと瓦礫から姿を晒してきた。
所詮は人間、祖国の森に潜む野生の虎に比べたらなんとも呆気ない。
そう、姿さえ見えれば────────
フリッツ「────────晒したな、姿を。」
ドッ
背後から聞こえた冷たい声が、エゴールの鼓膜を揺らす。
それがエゴールの聴いた、最期の音だった。
これでSU-152の搭乗員5名、全員が死亡した。
驚くべき事に、その全てをフリッツが1人で殺したのだ。
フリッツ「……また、生き残ったのか…オレは… 」
部屋の椅子に腰をかけ、今まさに脳天にナイフを突き立てた死体と窓の外をゆっくりと舞う雪を眺めながらフリッツは呟いた。
結局、アレクシスも死んでしまった。
ハナの行方はわからず仕舞い、この気温ではTiger IIに置いてきたガキ共も何人無事かどうか……
払った代価は決して少なくは無い。
少なくとも年端もいかない少年兵を犠牲にしたのは事実だ。
しかし、その倍以上の敵を殺したのもまた事実。
…生き残ったのも…事実。
フリッツ「…………? ………涙……だと…?」
右頬を伝う涙に、フリッツは驚いた。
それが何を意味する涙なのか、本人は全く分からなかったからだ。
ドルンッ ドルンッ
ドッドッ ドッドッ…
静まり返った広場に、四号戦車が姿を見せる。
恐らくあれがさっきから聴こえていた砲声の正体だろう。
【Seele】の電磁パルスによって沈黙し、混迷を窮めた盤上も、ようやく決着を迎える。
第38部 対価と報酬 完




