【終わりの始まり】
ガガガギギギギギギギギギッ
ズザザザザッッ
ナボコフ『馬鹿野郎操縦士てめぇ何やってやがる!オレの指示なく急停車するんじゃねぇ!!』
操縦士『こんなハズが…!車長、駄目です!機関停止、動かせません!!』
あの時、イギリス野郎の戦車にナチの戦車が突っ込んできて
狙ってたかのようにあの野郎のTiger IIが民家を突っ切って逃げたのが見えた
すぐさまオレはクレイグにも指示を出し、追撃を図った
追うに決まってる
あとほんの少し追い詰めればオレ達の勝ちだ
オレは急いで虎が突っ込んだ方向に前進した
クレイグのT34/85がすかさず奴の前方に回り込む
この距離ならオレかアイツか、どちらかが死んでもどちらかの砲弾は奴を倒せる
倒せるハズだったんだ
ナボコフ『ふざけんな!!あとちょっとじゃねぇか!クレイグは間に合ったのか!? 状況報告は!?』
無線手『…… 駄目です、無線も使えません、恐らく先程の爆音に何か……!』
慌ただしくなるSU-152の車内
ナボコフの怒号が響き
突然の不調に搭乗員達はパニックになっていた
────────────・・・ズンッ
ドドン パパパパン シュゴ─…………
隣のブロックから響いた砲音と誘爆音
ナボコフ達はまだ気付いていない
ナボコフ『さっきの爆発程度で無線もエンジンも停まるわけねぇだろ!! ……クソが!てめぇら銃持って外に出るぞ!!』
操縦士『まさか!! 虎は生きてるかもしれないんですよ!?自殺する気ですか!!』
無線手『T34/85も向かっているはずです、今はまだ外には出ないほうが!』
ナボコフ『〜〜〜ッ クソがぁ!! 外の状況はどうなってやがる!!ハッチ開けろ、オレが見る!!』
無線手『は…はい!』
ガチャ ギィ
ガコンッ
キューポラを開け、ナボコフが顔を出す
するとそこには
気持ち悪いほど静まり返った街の姿があった
ナボコフ『…………ッ!? なん…だ…こりゃあ…ッ』
キューポラの外は、本当に戦場かと疑うくらいの静けさだった
戦車のエンジン音は全く聞こえない
銃声も、怒号も、足音も
ドッ ドッ ドッ ドッ
自分の心臓の音と、呼吸の音が、うるせぇ
虎の姿も見えねぇし
エンジン音も聞こえねぇ
ゆっくりと、クレイグが向かった方向を見る
ナボコフ『────────・・・ッ』
視線の先に見えた、燃え盛るT34/85の砲塔部分
キューポラ部分でいっそう激しく燃える「何か」
それだけで、全てを察した
「クレイグが、死んだ」と
ナボコフ『……クレイグ……』
目の前が真っ赤になった
いつか、こんな日が来ると思っていた
訓練兵だった頃から実の弟のように可愛がっていたクレイグが死んだ
またひとり、友の、仲間の魂が祖国に帰った
込み上げてくる怒り、悲しみ、無情さ、無念
血液が沸騰するのを感じた時にはもうSU-152を飛び出していた
ヂャキッ!!
前の戦闘ですでに身体はボロボロになってしまった
こんなザマで白兵戦など以ての外だ
そんな事は自分が1番わかっている
TT-33(トカレフ)を抜き、薬室に弾を送る
気温が低いからか自分の血が熱く感じた
痛む身体を引き摺りながら積み上がった瓦礫を踏み越え、Tiger IIが大穴を開けた家屋に近付く
背面が見えた
やはりエンジンは停まっている
キューポラが閉まっているところを見れば、中身はまだ車内の中だ
ナボコフ『これで全員ミンチだ虎野郎ッッ』
グレネードポーチからF1手榴弾を2つ取り出す
中にぶち込めば確実に搭乗員を殺傷出来る
中身さえ死ねばいい、中身さえ死ねばオレ達の勝ちだ
グッ
ナボコフは手榴弾のピンに指を掛けた
力を込め、引き抜こうとしたその瞬間
暗闇から、耳障りなドイツ語が聞こえた
フリッツ「手榴弾から手を離せ。」
ナボコフ『────・・・』
信じられねぇ
全く気配がしなかった
それどころかすでに拳銃を向けられて、照準も終わってやがる
そして何を言わずとも本能が理解した
コイツか。
ナボコフ『……………てめぇがあの時の虎の車長か。』
フリッツ「……?」
ナボコフ『オレにこの傷をつけたのはてめぇかって聞いてんだ。』
お互いの言葉が通じるハズもないまま
ナボコフが自らの顔に巻いた浅黒い包帯を指し示す
フリッツ「…………なるほどな。 Верно(そうだ) オレがやった、やはりお前があのIS-2の車長だったか。」
フリッツは尋問で培ったたどたどしいロシア語でナボコフの質問に答えた
とはいえ否定と肯定、尋問で使うちょっとした定型文くらいしか喋れないが、戦場に於いて敵同士、言葉を交わすことに意味は無い
ナボコフ『………そうかよ。 なるほど、コイツぁ化物だ。』
フリッツ「…殺しはしない。」
小さく言葉を零し、ナボコフが手榴弾をゆっくりと手放す
ピンは抜かれずに、その場に転がった
フリッツはゆっくりと間隔を詰め、ナボコフに近付く
ナボコフ『なんだァ?撃たねぇのか?』
フリッツ「……お前とは個人的にゆっくり話がしたくてな。」
両手を広げ、ナボコフが笑う
その一挙手一投足にフリッツは警戒しながらジリジリと間を詰めてゆく
ナボコフ『おい、まさかてめぇ、オレを捕虜にしようってのか?』
フリッツ「………動くなよ、動かなければ撃ちはしない。」
ナボコフの顔が徐々に狂気を孕んでゆく
口角が上がり、あの時と同じ笑みを浮かべている
お互いの言葉は通じないまま
距離が縮まってゆく
ナボコフ『…………』
フリッツ「…………」
お互い手を伸ばせば触れ合う距離まで来た
フリッツはピクリとも照準をナボコフから外さないまま、足元に転がったF1手榴弾を蹴って手の届かない場所に転がした
フリッツ「…"У меня с головой все в порядке"…」
ナボコフ『…! …………………………………(ギリッ)』
正しい発音はわからないが
これは第1SSにいた時から…昔からよく使っていたロシア語だ
意味は
"降伏しろ、命だけは助けてやる"
フリッツがそう言うと
ナボコフの瞳がみるみるうちに怒りに染まった
ナボコフ『Я очень люблю родину,Вы меня оскорбляете.(馬鹿にするな、オレは祖国を愛してるんだ。)』
バッ!
ガシッ
不意にナボコフがフリッツの腕を掴んだ
正しくは銃を握る手を、がっしりと掴んでいる
フリッツ「……なッ!」
振りほどこうにも凄まじい力で握られているのでそれは出来ない
いや、それどころか目の前の男は銃口を自らの頭に引き寄せ、額に押し当てるではないか
冷たい汗が噴き出る
まさか、この男────────・・・・ッ
ナボコフ『オレの名前はナボコフ=ジェレズノフ! てめぇが! 今から殺す男の名前だ!忘れるなよ、てめぇが死ぬその最期の瞬間まで決して忘れるな!! オレの名前は!! ナボコフ=ジェレズノフだッッ!!!』
ぐぐぐっ
引金が自分の意思と関係なく搾られてゆく
カチン、という手応えと共にゆっくりとハンマーが跳ね上がる
フリッツ「───待…ッ!!!」
ナボコフ『 Победа в СССР (祖国に勝利を) !!!!!!』
パァン…ッッ
薄暗い瓦礫の山に
渇いた銃声が響き渡った
眼前で火花が散り、9mm弾が放たれ息付く暇もないうちに男の額を貫いた
糸の切れた人形の様に、ナボコフの身体が崩れ落ちてゆく
額に孔が空きながらも
開ききったその眼は未だに狂気を孕んだままフリッツを睨んでいる
さらに…
フリッツ「……ッ!? くっ……!」
死して尚、ナボコフの手が離れない
いや、離さないのだろうか
男の両手はガッチリとフリッツの手を掴み、もう二度と離すまいと硬直していた
死後硬直には早過ぎる、今まで幾つも死体を見てきたフリッツには判る
普通なら死んだ直後は筋肉が弛緩して力が入るわけが無いのだ
フリッツ「〜〜〜ッ! 離せッ!!」
ぶんッ
ドチャ
力任せに振り払うと、観念したかのように手が引き剥がれた
瓦礫に転がった男の表情はどこか満足気な顔をしている
一呼吸置いて、冷や汗がどっと吹き出る
あの街道で対敵した時からたったの2回、
それでも自身の記憶の中でトップクラスの強さを誇る敵だったこの男…
彼のことは捕虜にしても尋問するわけじゃなかった
…ただ、聞いてみたかったのだ
"何故国の為にそこまで戦えるのか" と
ただそれだけ聞いてみたかったが、
彼は生存の選択を捨て、自死を選んだ
産まれる時代と場所が違えば
オレ達は分かり合えただろうか?
人種や国の都合に振り回されず
友人になれただろうか?
あぁそうか、そうなのだ
オレはもっと、こんな形じゃなく
お前らと────────────────
フリッツ「お前らと……出逢いたかったのかもしれない……」
最早その独白も、心も彼には届かない
大きく息を吸い、吐く
白い吐息が風に流され、空に消える
フリッツ「────────Досвидания(さよならだ) ナボコフ=ジェレズノフ。」
────────────・・・パァァン…ッ
畏怖と敬意を込めた弾丸は
男の心臓を貫いた
ソ連軍特務戦車小隊"Патриот" SU-152 車長
ナボコフ=ジェレズノフ
享年 36歳
誰よりも国を想い
誰よりも敵を倒し
強く在ろうとした男は
誰よりも祖国の勝利を願い
遠く、ドイツの地でその生涯を終えた
イギリス軍、ロト=マクギニス
ソ連軍、ナボコフ=ジェレズノフ
2人の強大な敵を倒したフリッツ達に、終わりの足音が近付いていた
第35部 終わりの始まり 完




