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【停まった秒針】



ドドドドドドドド…ッ


ゆっくりと、鉄の塊が雲を裂き、飛んでゆく。


総重量1tを超える怪物「V2」は一切のトラブル無く目標地点である上空18kmに到達した。


現行(2026年)分類で「高度爆発」にあたる位置での炸裂で引き起こされる電磁パルスの効果範囲は中範囲~局所的と言われている。

(電子機器が普及した現代においてEMP(パルス)による被害は極めて深刻とも言われている。)


だがそれは飛翔体の正確な誘導(コントロール)とタイミングが成立してこそ成り立つプランだ。

あまりにも不確定要素が多いこの時代、レーダーやネットワークが未成熟の第二次世界大戦後期に、ハナはそれを成し遂げた。



万感の意志を載せた「V2」、そして【Seele】が…



遂に、牙を剥く────…



ナルヴァ近郊の町 南側


ガガガガ!! ガシャンッ パリンッ

ゴガガッガッ ガタガガガダッ!


アレクシス「く…! 瓦礫で視界が悪いッ! 飛び出して撃つのは難しいぞッ!」


フリッツ「体勢が立て直せるまで民家を突っ切れッ! 必ずチャンスがある、徹甲弾装填して砲塔旋回、右30°俯仰角そのままッ!! 射線に飛び込んで来たらぶち抜いてやれ!!」


壁を砕き、家財を踏み潰しながらTiger IIが民家を突き進む。

致命的な窮地を逃れたとはいえ危機には変わりない。


この民家を無事に抜けても、

ナボコフのSU-152とクレイグのT34/85を1両で相手にしなければいけないのだ。


もし先回りされていたら…

もし挟み撃ちの形になったら…


懸念材料は多い、

だが僅かでも繋がった希望だ。


やるしかない。


イルマ「────隊長ッ!!! 渡り鳥より入電…ッ!! 隊長…アレが『飛び立ちました』…ッ!!! 打ち上げが…ッ!! 『アレ』が来ますッッ!!!」


アレクシス「────…あ…ッ!!! まず…いッ! まずいッ!! まずいッッ!!! …ッ 操縦手ッッ!!! 急停止だッ!!!」


車内の誰もが覚悟を決めたその時、

イルマに通信が入った。


送り主は『渡り鳥』


アレクシス率いるHitlerJugend(ヒトラーユーゲント)の別働隊だ。


彼らは打ち上げ後の【Seele】の効果を確認し、行動不能に陥った敵残存部隊の殲滅を任されている。


『飛び立った』という暗号は、

すなわち「打ち上げ」の合図だ。


つまり───…


ガギィッ…!

ギッギイッ

ギギギッギ


急停止のせいで悲鳴を上げるサスペンション

Tiger IIは慣性で緩やかに減速し、辛うじて家屋の中で停車した


フリッツ「うおッ!? …おいッ、何が来るッ!? 友軍かッ!? 無線はどこの部隊からだッ!?」


アレクシス「落ち着いて聞いてください…ッ 我々HitlerJugend(ヒトラーユーゲント)は、今回「ある目的」の為にここに来たのですッ! 今の通信はそれの第1段階が始まった事を伝える合図…ッ けど…ッ!」


フリッツ「────!」


「もう間に合わない…!」

アレクシスがそう漏らす前に。


大気が、大きく震えた。



【Seele】炸裂8分前 Panther(パンター) ジーク車


ギャギギガギッ

ガガガガ ガガガガ!


ジーク「徹甲弾装填(パンツァーグラナーテラーデン)急げッ!! 砲手射撃用意、捕捉次第、随意に撃てッッ!!」


ズドオォンッ!!!

ガッシャアンッ


Pantherの車内に、ジークの怒声が響く。

間を置かずに放たれる7.5cm砲のPzgr.40徹甲弾が、瓦礫造りの家を反対側まで貫いてゆく。


それと同じ様に『敵』も次々と家屋に風穴を穿つ。


ロト=マクギニス、連合軍イギリスの新型試作戦車A30 Challenger(チャレンジャー)

そのQF17pdr砲もまた、行進間射撃での命中は振るわない。


だがお互い、

そんな事は「わかっている」


行進間射撃の難易度は理解しているし、こんな障害物の多い街中で命中、効力射など初めから期待していない。


期待しているのは「ほんの僅かな隙」


砕けた瓦礫で履帯が外れるのを、

掠めた砲弾が油圧系統にトラブルを与えるのを、

止まぬ砲撃で搭乗員の心がやられるのを。


お互い紙一重の攻防戦、

一瞬の油断、

集中の切れ目が決死の一撃になる。


15発を撃った時点で砲手は既に的を見なくなった。

操縦手も肩を蹴らないとジークの声が届かない。

無線手のリューベックは狂気地味た空気と操縦にやられ真っ青な顔で嘔吐している。


ジーク「Feuer(フォイア)ッッ!!!」

ロト『Fire(ファイア)ッ!』


ガッガドォオンッ!!

ヂュギィンッッッ ヴ────…ンッッ

…ボッ ボボッ ボボボッ


ロト『────…チィッ!』


そして遂にその瞬間がやってきた、

走りざまに放ったPanther(パンター)の徹甲弾がChallenger(チャレンジャー)の車体後部を浅く抉り、油圧系統から発火に繋がった。


黒煙を上げ、減速しながら路地の陰に逃げていくChallenger(チャレンジャー)

すかさずPanther(パンター)は車体を転回し、追撃に移る。


ジーク「…よし…! よしッ!! やったぞ、やったんだッッ! 追え! 相手は死に体だッ! 新型を仕留めたぞ…!!これが我々の…第8騎兵師団の力だッッ!!」


歓喜に湧くPantherの車内。

虚空を仰ぐ砲手と、汗まみれの装填手が拳を合わせ、

操縦手が言葉にならない声を挙げながら車体を進め、無線手が「ようやく終わりか」と安堵の表情を見せた。


ギュラギュラ ギュラ ギュラギュラ ギュラギュラ


瓦礫とどこの所属かわからない死体を轢きながら、Challengerが逃げた路地に進んでゆく。


どのみちあの状態で遠くまでは逃げれない、

油圧がやられ、火災が起きればほとんどの戦車は行動不能になる。


追い詰めたぞ、とジークは小さく零した。


ジーク「仕上げるぞ! 徹甲弾装填(パンツァーグラナーテラーデン)射撃用意(フォイアアウフマイコマンド)ッ!!」


キューポラから半身を出し、正確な状況を確認する

路地の角まであと50yard(約45m)

Pantherの砲塔がゆっくりと回り、その時を待つ。


あと10yard(約9m)


ジーク「(捉えた────…!!!!)」


ジークの眼がChallengerの車体を捉えたその瞬間、

視界が真っ白に染まり、


世界から、


音が消えた。




────────────────ィンッ!

ズズズズ…ズンッッ



甲高い金属性の破裂音と、

上から伸し掛るような爆圧。


事実、その強烈な圧力でジークの半身は車体に押し付けられていた。

耳もやられたのか、強烈な耳鳴りで視界がぐわんぐわんと歪む。


ジーク「…!? ぐ…ぅ!? 何が起きたッ!? 各員、状況報こ…ッッ!! じゃないッ! 射撃用意ッ!! 砲塔旋回急げッ!!! 照準合わせろ、もうそこに敵車体が見えてるぞッ!! Feuer(フォイア)! Feuer(フォイア)!」


不測の事態に焦ってしまったが今は状況確認どころの騒ぎじゃなかった。

追い掛けていたイギリス軍の戦車がもう目の前にいる

ブスブスと黒煙をあげながら背を向けたまま停車しているじゃないか。


千載一遇、もはや勝ちも同然。

あとは砲塔を回し、照準を合わせ、撃発のスイッチを押すだけだ。


だが────…


シーン…


ジーク「…な…ん…?」


何故かPantherの砲塔がピクリとも動かない、

更に言えばPantherのエンジンが動いてない、

───…異変に気付くのに時間は掛からなかった。


ジーク「…なん…だ…? な…何が起こってる…!? 状況…状況報告!」


タコホーンで搭乗員に呼び掛けるが返事が無い、

慌てて車内に潜ると搭乗員達の慌てる顔が目に入った。


バイゼル「隊長! 撃発不能です! 砲塔旋回装置(ターレット)が破損してるのか全く反応しませんッ!! 射撃不可ですッ!」


イリアン「装填装置も駄目です、反応無し!」


ヴァールベルド「駄目だ、エンジンが掛からないッ! こちらも反応無しです! 原因不明ッ!」


リューベック「無線も駄目です…! ノイズすら無いなんて… 外部的な故障とかじゃない… なんだこれは……もっと何か深刻な…! …駄目です、通信不可ッ!!」


ジーク「………ッ!!??」


一気に情報が飛び込み思考が追い付かないが、

これだけはわかった。


「原因不明の故障によりPantherが一切動かない」

「砲が撃てない」

「通信も不可」


ジーク「───…馬鹿な…! そんなことがあってたまるかッ!? 目の前に奴らがいるんだぞ!? あとほんの少し砲塔が回れば…最悪、車体がちょっと回れば照準が合うんだ、そうすれば…そうすれば勝てるんだぞッ!? なんでだよ…! 〜〜〜〜〜〜…なんでだああああッ!!!」


…そう、あとほんの僅か、車体か砲塔が1mズレていれば。

Pantherの主砲はChallengerの車体背面を完全に捉えていたのだ。


確実に撃破出来る、最高の勝利を齎す一撃になるハズだった。

…しかし、それは【Seele】のEMPによって水の泡と化してしまった。


怒りと戸惑いに絶叫するジーク。

三度冷静さを欠いた彼は「ある可能性」を失念していた。


???「────────…」


停車したPantherをジッと見つめるひとつの視線…

視線はゆっくりとジークの頭部に移り、その手に握られたライフルが彼を捉える。


街中で無防備に晒された戦車…

車体から身体を出している兵士…


それらは尽く…

「狙撃」のいい標的(まと)だと云うことに。


────────────ドンッ!


バチュッ

ビチチッ


ジーク「ッあッ…?! な、あ…ッ がああああッ!!!?」


銃声と悲鳴が静まり返った街に響く、

放たれた弾丸はこめかみを抉り、右耳を半分消し飛ばす。


抉れた肉がキューポラに飛び散りジークは車内に転がり落ちた。


油断していた、と言えばそれで終わりだが、

車長が狙撃されるのはよくある話だ。


狙撃位置はちょうどPantherのキューポラ位置とほぼ同軸。

窓縁にライフルを置けばぴったり射線が合う位置だ

…そう、ライフルを置いて、あとは引金を引けばいいだけの簡単な位置…


たとえ射手が瀕死の重傷を負っていたとしても、それだけ出来ればいい────


ロト『───外し…た…か。 ふん…やはり片目…片…手ではこれが限界か… すま……ない…みんな… … 仇を……………………っ……』


射撃の反動で辛うじて支えていた身体が滑り落ちてゆく。


撃ったのは彼、ロト=マクギニス。

彼が載っていたChallengeは被弾し、走行不能に陥った。


程なくして彼は脱出したが…無傷ではなかった。


Challengerの排気部から漏れだしたオイルが車内に流出し炎上、

消火と誘爆防止に当たった装填手と無線手の努力も虚しく搭載してた予備装備に引火、手榴弾が誘爆。


装填手と無線手は即死、操縦士と砲手は重傷、

自身は金属片で左眼と半身をやられてしまう。


砲手の手助けで辛うじて脱出するも、出血量が多くそう長くは保たないのは本人がよくわかっていた。


だからこそ、仲間が繋いだ僅かな時間でロトはせめてジークだけでも道連れに、敵討ちとして成し遂げようとした。


しかし、その弾丸は命を絶つには至らなかった。

ほんの僅か…ほんの僅か左に照準が寄っていれば敵討ちは成っていただろう。


お互い何もかもが紙一重の攻防は…

今…静かに幕を閉じる。


ロト『ヒュー……ッ… ヒュー……………ッ… ゴボッ…ッ ゲフッ………ッ』


…霞みゆく、視界。

徐々に温もりを失ってゆく身体、

空から降る雪が血塗れの顔に落ちて赤い線を描いて落ちた。


ロトは右手を伸ばし、

何か愛しいものに触れるように虚空を撫でる。


ロト『────────── あぁ…ただいま……マリー… ただい─────…─────』


振り搾るように零れた、

故郷で待つ愛しい愛しい妻の名前…

ごとんと右腕が地面に落ち、静かに彼の命が尽きてゆく。


命の秒針が、停る。


大英帝国陸軍戦車小隊(ザロイヤルナイツ)

Mk.Ⅷ A30 Challenger(チャレンジャー)

車長 ロト=マクギニス



享年 32歳




彼の執念はジークの身に消えない傷となって残る。


その傷こそ、彼の生きた証明。


運命に振り回された戦車兵達の戦いはいよいよ終局を迎える。





第34部 【停まった秒針】 完

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