【臨界点】
森林地帯では着々と【Seele】の打ち上げ準備が進められていた
最終的に各部の点検は11回で終わり
燃料を充填し、それは既に空を見据えている
ハナ「…全行程、クリアです。 あとは不確定要素との駆け引きになります、幸運を。」
ニルギリ「発射予定時刻まであと40分… ふむ、さすがですな。 …して、イチノセ少尉はこの後どうされるおつもりで?」
ガサガサと地図を折り畳み
小脇に抱えたニルギリが隣で目を閉じるハナに問う
ハナは大日本帝国陸軍の兵士としてここにいる
「新型弾頭の設計、開発と引換にドイツ軍の重戦車を日本に提供させる」という任務を与えられているが、間もなくその任務は果たされる
恐らく【Seele】は正しく作動し、あの戦場を沈黙させるだろう
普段なら信頼性が低く、こんな間近で打ち上げに立会いたく無いV2が今日は嫌に頼もしく見える
場の空気、兵士達の雰囲気もいつになく穏やかだ
ニルギリ「(これも彼女の才能というべきか… 彼女が指示を出すだけで整備や発射部隊の兵士達が笑顔になる… 不思議な少女だ…)」
最前線とまではいかないがここは立派な戦場だ
敵の航空機や哨戒に見つかる可能性だってあるのに現場の兵士達が笑みを零している
しかし危機感が無い訳ではない
やるべき事はしっかり、確実にこなしている
そのうえで笑っているのだ
ハナ「…私はこの後、国に戻ります。 調停通り六号重戦車を輸出して戴ければもはや私の役目は終わります………そしたら────」
ニルギリ「? ………随分と悲しそうですな。 大役を終えて国に帰る者とはとても思えませんが、何か心残りでも?」
そんな彼女の表情がうっすらと陰る
これだけの仕事をしたにも関わらず、何故────
するとハナは、ゆっくりと口を開いた
ハナ「────私は、」
ニルギリ「……………………………!」
…彼女の言葉を聞いたニルギリは
何も言わずにその場を後にする
帽子を目深に被り、足早に…
【Seele】発動まで、あと30分
同時刻 西側
ギュラギュラ ギュラギュラ ギュラギュラッッ
ゴガガガガガガッッ
ジーク「────・・・・右45°ッッ!!!! Cromwellッ!!!! 仰俯角は気にするな、当たれば必ず貫通するッ!!!! Feuerッッ!!!!!!」
ガドォンッ!!!!
ガラガラ…ッ
路面の煉瓦を踏み砕きながら、ジークのPantherが執拗に追ってくるイギリス軍のCromwellを迎撃する
…が、寸前で躱された
(同一車両か判らないが)かれこれ4度目の接敵だが砲弾は敵車両に掠る気配が無い
さらに言うと「あちらは攻撃してくる気配が無い」
ジーク「(こちらの装甲を抜けないと判断したか…?)」
こちらの動きを見るように街角から顔を見せては凄まじい機動力で走り去ってゆく
それぞれにIV号を付けて追わせているがやはりあと1手、何かが足りない
気持ち悪い、というのが率直な感想だ
先程姿を見せた新型戦車はあれ以来報告無し
ソ連の連中も急に大人しくなっている
フリッツからは相変わらず連絡無しで状況不明…
ジーク「(落ち着け… 向こうに攻撃する意思が無いなら焦る必要は無い、冷静に、冷静にだ…)」
ふうー…と大きく息を吸い、吐く
こんな状況だからこそ落ち着いて、冷静に動かなければならない
第8騎兵師団を率いる者として、隊員達を無駄死にさせる訳にはいかない
まずは状況の整理と部隊の立て直しを……
リューベック「…! 隊長、無線が… …ッ!? これは……ッ」
ジーク「どうしたリューベック。 部隊はなんて言っている?」
深呼吸を終えて頭が冴えた時、Cromwellを追っていたIV号を基点にした追尾部隊から通信が入った
遂に敵を撃破したかと朗報を期待したジークだったが、無線から聴こえて来たのは───・・・・
ザザッ
『こちらIV号、シータです。 追尾中のCromwellを見失いました、地点B28ッ……ッア゛ッ!?』ブッ…!
『助けて隊長ッ!!!! 挟撃されてるッ!! 被弾した…っあ…誰か援護ッ…援護を…ッ ……ッッ』ジジジジッ…
『隊長大変だッ!! …畜生、後ろを捕られたッ!! なんだコイツら…一体何処から…ッッ!』ザザッ…ザッ…
『あああああああああ熱いッッ!!!!!! あっああぁッ!! あがあああああッ!!!!!!!! ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッッッッ!!!!!!!!』ザザ
聴こえて来たのは、隊員達の、悲鳴と、絶叫だった
ジーク「────・・・・は?」
一気に血の気が引き、冷たい汗が噴き出す
無線のノイズがヂリヂリと耳の奥を掻き回す感覚に、ジークは吐き気を憶えた
ジーク「何が… 何が…起きたんだ…!?」
リューベック「あまり…考えたくはないですが… 敵の策に嵌められた可能性が…」
信じたくないが、リューベックの言う通り追撃に出た機動部隊は尽くイギリス軍の策略に嵌められ撃破されてしまったようだ
CromwellでPantherを筆頭に編成された機動部隊を真正面から相手するのは不可能だ
…ならば答えは単純明快 "引き離せば"いい
PantherでなくIV号ならCromwellでも戦える
最速の脚で攪乱し、分散させ、連携で確実に仕留めればいい
当然、そこで生じる不確定要素は幾つもあるがそれをどこまでカバー出来るかは、部隊の、ひいては司令塔の技量がモノを言う
ただでさえ混迷した盤面でこのレベルの駆け引きを選択出来るか否か、そこもまた、戦術である
厄介なPantherさえ足止め出来れば作戦の成功率は飛躍的に上昇する
それは『私の部隊ならそれが実行出来る』というロト・マクギニスの自信の表れでもあった
ジーク「まんまとやられた…って事か… オレ達の周りをうろついてたCromwellは囮で、その間に安全圏までIV号を引き剥がして撃ち取る、と。 何が冷静に状況を見るだ… これではまるで道化じゃないかッッ!!!!!!」
ガツンッとPantherの車内に拳を打ち付け、吠える
静まり返った車内に怒りに震えるジークの声が響いた
・・・
・・
・
一方その頃 イギリス軍
ロト『陽動成功だ、敵機動部隊の中戦車を落とした。 先ずは歩兵を獲った、次は要所に展開してる駆逐戦車、孤立した突撃砲を脅かせ。』
作戦を成功させ、部隊から報告を受けるロト
切札の搭乗機、A30 Challengerは足回りの故障で停車中だ
強力な砲を積む為に無理な改修を施した代償と言えば聞こえはいいが
言ってしまえば機械的な欠陥である
『Roger Knight1、損耗無し。 再展開。』
『Yessir Knight2、損耗軽微。 再展開。』
幸い遊撃のCromwell部隊は作戦を続けられる
損耗無しの報告を受け、ひとまず安心出来そうだ…
と思いきや…
『Roger こちらKnight3、損耗…… まずいぞ…マクギニス隊長ッ! 中央部より敵の新型Tigerが…ッ!!!! 距離80mッッ!!!!』
ドンッ!!!! ドンッ!!!!!!
ギャギィッ ガギィンッ
ロト『────・・・出たか。 中央部を抜かれたって事はアメリカの戦車隊はやられたらしい。 ま、あの程度の戦車であの怪物に勝てる訳が無い。 …Knight3、離脱は可能か?』
『…ッ Knight3、離脱は不可能です…ッ 奴の周囲に我々以外の敵がいません…ッ! 狙われています!! くそッ…手を止めるな、撃ち続けろッッ!! なんとしても時間を稼げぇッ!!!!』
ズドンッ!!!! ガィンッ
バララララララララララッッ バララララララララララッッ
無線の向こう側で、主砲と機銃がけたましく鳴り響く
敵は新型Tiger戦車、Cromwellでは歯が立たないのは明らか
車長もそれを承知しているだろう
我々戦車兵が戦場で最も会いたくない相手だ
1対1で出会ったなら…誰だって死を覚悟する…
ロト『…すまない… A30は故障で動けない、他の遊撃隊も援護には出せない。 貴隊はその場で………その場で、全力を尽くせ。』
それはもはや死刑宣告に等しい命令
味方は助けには出せない、唯一立ち向かえる戦車は故障中
…なら、こうするしかない
『…ッ!! …Knight3、命令…了解ッッ!! 聞いたかお前らッッ!! 全力だッ!!!! ここで全部出し切れッッ!!!! ~~ッ 隊長ッ!! …どうか、どうかご武運をッッ!!!! 我が大英帝国に栄光あれッッ!!!!』
ブツンッ
歓声にも似た声が無線の向こう側で聞こえ、途絶えた
恐らく彼等は生きて帰れない
見捨てた、と糾弾されても仕方ない
だがこれが戦争だ
ジャック『隊長ッ!! 修理完了だ、行けるぞッ!!』
ロト『よし、エンジン再始動。 オレ達はすぐに奴を討ちに行くぞ、あいつらが命懸けで時間を繋いでくれている、その勇気を無駄にするな。』
ドルンッ ドッドッ…
┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨┣¨ッッ!!!!
ミーティアエンジンが再び唸りをあげ
Challengerが動き出す
ロト『…さぁ…行くぞッ!!』
【Seele】発射まであと20分
戦車兵達の運命を別ける
最期の20分が幕を開けた
第32部 臨界点 完




