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【死に至る雪】

ナルヴァ近郊の街より更に南に21km地点の森林地帯

(フリッツがアレクシスに殴られた時間と同時刻)


ハナ「……………」


鬱蒼とした森に、彼女は居た。

静かに、目を閉じて、ただ其処に居た。


手にした地図に記されている地点はこの場所から数十km先にある名も知らない小さな街…

これからその街に、厄災が降り注ぐ。


ハナ「…首尾は、どうですか?」


ニルギリ「順調ですとも。 弾頭(ゼーレ)も正しく装填し、機体のチェックも万全を期してます。 あとは燃料注入と発射を待つのみです。」


佇むハナの後ろ側に居るのはハインリヒの側近、ニルギリ。

彼もまたハナと同じ地図を持ち、その瞬間を待っていた。


ニルギリ「既存発射体の弾頭を新型のモノに換装するだけでよいのですからね。 …しかし、実験とはいえ6度のチェックは些かやり過ぎでは?」


ハナ「…どの世界にも『完璧』は有り得ません。 可能な限り失敗の芽は摘んでおきたいのです。 …【Seele】は私の…私達の希望ですから…」


今日は彼女の背後で粛々と打ち上げの準備を整えている巨大なロケット、Vergel(ヴェルゲル)tungswaffe(トゥングスヴァッフェ)2(V2)に搭載されている新型弾頭【Seele】の効果試験だ。


【Seele】は超超高度で炸裂し、発生した電磁パルスで効果範囲内の電子機器を根刮ぎ無効化するというハナが開発した世界最初の核弾頭である。


今回は『高高度(約40km)で炸裂させ、無線機や自動車など各種回路にどのようなダメージを与えるのか』という実験と大まかな加害範囲を見定める、所謂デモンストレーションだ。


ハナは開発者として実験に立ち会い、

ニルギリはその結果を見届け、報告する為に発射場に居る。


作業開始から2時間近く経ち、整備技師や発射部隊の面々が不備が無いかを忙しなく確認している。


かれこれ6度目の総点検だが、V2の機械的信頼性からして、これでも大袈裟な程ではない。


もし不備があって【Seele】搭載のV2が地表で炸裂したら…と思うと背筋が凍る。


ニルギリ「期待しております。 目標の街には"観測用の部隊"が待機してますのでお忘れないように、頼みますよ。」


ハナ「もちろんです。 確か、街の西側の地区でしたよね? 今回の高度なら加害円から外れますのでご安心ください。」


ハインリヒ「───…それはよかった。 打ち上げが楽しみですな。」


がさがさと地図を畳み、書類の束と共に小脇に抱えるハインリヒ。

彼の口元は柔らかく笑ってはいるが、眼鏡の奥の瞳はこれっぽっちも感情が篭っていなかった。



【Seele】発射まで、あと2時間────



ナルヴァ近郊の街 中央広場


アレクシス「…では行きますか。 僕達は僕達の任務を遂行するまでです、可能な限り敵をこちらに引き付けます。 まずは榴弾で路地を潰します、撃ってください。」


フリッツ「…へいへい、了解。」


ガドォンンンッ…ッ!!!!

ガシャアンッ ガラガラ ガラガラ…ッ


ボグンッッ!!!!

ガラガラ…ッ ゴッ…ゴン…ッ


ガドォンンッ!!!! ドォンンンッッ!!!!

ドガシャアンッ… パリン パリン…ッッ


アレクシスの指示に従って、フリッツは撃発のスイッチを押す。

71口径砲が次々と火を噴き、建物を破壊し瓦礫の山を築く。


砕かれた家財や瓦礫が積み重なり、

路地を塞いだ。


履帯の走破性次第だが、あれだけの瓦礫を越えるのは困難だろう。


これだけ侵入経路を塞げば的を絞るのは容易い、

中央広場に通じる主要な路地は7箇所、そのうち4箇所を塞ぎ、敵を待ち構える。


それよりも…

この人…


アレクシス「(明確に目標を指示した訳ではないのに最適な位置を潰してる… なるほど、噂には聞いていましたが確かに優秀な兵士みたいですね…)」


フリッツの射点選択は完璧だった。


敵に残された射撃ポジションは3つ。

真正面(フロント)』『鋭角(アングル)』『背後(バック)』のみ。


一番広い主要な路地をTiger IIの真正面に据え、

安全な位置から撃てば正面装甲の傾斜部を鋭角にしか狙えない場所を開けておく。


Tiger IIの絶対的な防御力と火力を活かすにはこれが最適解。


だが──…


フリッツ「こんなもんか… だが背面はどうする? いくらTiger IIでもこの距離で背面を撃たれれば簡単に貫通されるぞ。」


退路の為に開けている後方はどんな戦車でも弱点になる。

随伴の戦車や部隊が待ち伏せしているならまだしも完全に孤立した状態のTigerIIは背面奇襲に対して対応策が一切無い。


アレクシス「貴方に言われなくても心配無用です、賢い我々は既に手は打ってありますので。 …ちょうど来ましたね。」


ギュラギュラ ギュラギュラ ギュラギュラ

ガゴッ… ガラガラ…


現れたのは東で敵を待ち構えていた筈のTiger Iだった。

フリッツはキューポラからその様子を見ていたが、何か様子がおかしい事に気付く。


フリッツ「(なんだあのTiger(ティーガー)… 砲塔も動かさずにただ後退して来るなんて… 中身は新兵か?)」


そのTiger Iは車体を建物に擦り付ける様に後退して来た。

砲塔も同じ方向を見据えたままピクリとも動かない。


普通は車体の動き、進路方向に合わせて砲塔を動かすのがセオリーだ。


あの角度ではそのうち……


ガリッガリガリッ

ガシャアンッ……


フリッツ「(あーあー… 言わんこっちゃねえ…)」


案の定、88mm砲が建物に干渉し、瓦解した。

砲が痛めば射撃に影響が出るのに操縦士も砲手も何を考えてるのか。


ドルンッ ドルンッ…

ギギッ…!


そしてTiger Iはそのままの向きで通路を塞ぐように停車した。

一見すると無造作に見えるがしっかり角度のついた跳弾角度を取っている。


フリッツ「…!? 何をする気だ…!?」


アレクシス「背面防御です。 Tiger Iはここで放棄して当車両の背面を塞ぐ役割を担います。 …降りてきましたね、ほら、場所を開けてください。」


停車して間もなく、Tigerから兵士が1人降りてきた。


見たところまだ若い、

アレクシスより若く見えるが…


イルマ「…お待たせしました。 すいません隊長、少々手こずりました。」


アレクシス「構わないよ、こっちも通路を潰す時間が作れたしね。 …無駄話はここまでにしよう、そろそろ敵も、この状況を理解した頃だろうから。」


深々と頭を下げ、車内に入ってきたのは同じくHitlerJugend(ヒトラーユーゲント)の兵士、名前はイルマ・ハーヴィ。


まだ16歳で実戦配備はこれで2回目らしい。

あどけない顔をしているが、フリッツはすぐに『その臭い』に気が付いた。


フリッツ「(血と硝煙の臭い… こいつ…他の搭乗員を殺してきやがったな… どうりでTiger Iの挙動がおかしいと思ったらそういう事か。)」


すれ違っただけで分かる、嗅ぎ慣れた血と硝煙の香り。


悲しいもんだな…

こんな子供が簡単に人を殺しちまう時代になっちまったか。


ここまでしなければ兵隊の1人も出せないのか、オレの国は…


────…なんて、「子供云々」はオレが言えた立場じゃないか。

と、フリッツは小さく溜め息をついた。


フリッツ「……!?」


…すると、どうだ。

吐いた息がほんのりと白いじゃないか。

エンジンである程度は暖かいはずの車内で吐いた息が白いのだ。


アレクシス「イルマは通信を頼むよ、Jugend(ユーゲント)の皆とは教えた秘匿回線(チャンネル)で連絡を取ってくれ。 第8部隊からの敵勢情報は適当に返事しておいて、あっちもそろそろ動くだろうから。 それじゃあ行こうか。」


よく見るとキューポラから身を出すアレクシスの息はより一層白く見える。

「まさか」と思い、フリッツも身を乗り出した。


アレクシス「…どうしたんですか? はやく持ち場に…」


フリッツ「────雪だ…」


アレクシス「え?」


フリッツ「…急激に気温が落ちてる、この感じは雪が降るぞ。 気温が下がってると一度エンジンが冷えれば再始動し難くなる、気を付けろよ。」


するとやはり吐息が白く、

肌に当たる風が冷たい。


渇いた風が鼓膜を震わすその感じをフリッツは知っていた。


雪が降る、

真っ白な雪が。


フリッツ「(────真っ白な────)」


薄ら曇りの空を見上げるフリッツの脳裏に映るのは、

何故かあの日の、白いワンピースを着た少女の姿だった。


フリッツ「────ハナ…」


声にならない、

振り絞るような声で彼女の名を呼ぶ。


───…もちろん、返事は返って来なかった。


アレクシス「(…なるほどね… ハインリヒ長官の言う通りだ… この人はハナ=イチノセに何か特別な感情を抱いている。 …噂だともっと機械的で冷徹で、化け物みたいな人だと思っていたのに… 残念だな…)」


"死神"フリッツ・マイゼンブークの逸話は聞いてはいたが、

最初に戦車に乗り込んだ時から違和感は感じていた。


「穏やかすぎる」と、すぐに分かる程彼の空気は弛んでいたのだ。


敵も味方も見境無く(みなごろし)にする、

作戦遂行のためにはあらゆる犠牲を厭わない。


第1SS装甲師団 特別行動部隊(アインザッツグルッペン)の死神、フリッツ・マイゼンブーク…


時折見せる覇気や迫力は確かに歴戦のそれだが、どうにも信じ難い…

どうにかして彼のやる気を引き出さねば……


…仕方ないな。

ハインリヒ長官からは「あくまでも奥の手、どうしてもフリッツを従わせたい時の為の材料」と言われたけど、

ちょっとその気になってもらいますか…


アレクシス「────…知りたいですかぁ? ハナ=イチノセが今何処にいるか。 何処で、何をしているのか。」


フリッツ「────────────なに?」


瞬間、車内の空気が急激に張り詰めた。

ピリッと、針で刺された様な痛みが全身を走る。


急にフリッツの纏う空気が禍々しいモノに変わり、

殺気と怒りを孕んだ眼に睨まれ、アレクシスは途端に目の前の(フリッツ)を本能的に畏れた。


こ…怖い…!

急に変わりすぎじゃないか…この人…!!


アレクシス「ッ…! ふ…ふふ、そ、その様子だと何も知らないんですねぇ…! ハナ=イチノセが『何処で』『何を』している『何者』のかッ! 知りたいですか!!? 知りたいですよねえ!? いいですよ、なら尚更貴方は僕に逆らえないッ! 役目を終えて、貴方が生きていたら教えてあげますよッ!! 彼女の秘密を……ッ…ンぐッ!?」


イルマ「─…隊長ッ!! 貴様ッ! ……ぇ…ぁ…!」


その豹変ぶりに気圧されたアレクシスは思わず口を滑らせてしまった。


ハインリヒから「マイゼンブークはハナ=イチノセの現状について知りたいだろうから、その情報をチラつかせれば少しは制御しやすくなるだろう、ただし、情報は小出しにするんだぞ。」と言われていた。


だが本来「奥の手」として小出しにするべき情報の概要(カード)を全部言い切ってしまった。


そしてその言葉を言い終える前に、

フリッツの手がアレクシスの襟元を掴み、絞り上げる。


あまりの殺気に硬直するイルマは何も出来ずにその様子を眺めるしかなかった。


アレクシスはそのまま力任せに引き寄せられ…

目の前の怪物が、ゆっくりと口を開く。


フリッツ「…約束は守れよ小僧(ガキ) もしその時、お前が約束を違えれば…わかってるな?」




身悶えする程の恐怖と殺気が車内に満ちる。

第1SSの"死神"マイゼンブーク



再び。





第30部 【死に至る雪】 完

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