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【孤独な怪物】

ドイツ軍キャンプ 医療テント


フリッツ「…彼女の容態は?」

エッケハルト「今はなんとも… ですがかなり疲弊していたようです、今はベッドで静かに眠っています。 …しかし…」


しかし…と言って口を噤む軍医のエッケハルト

その表情はあまり快いモノではなさそうだ


昨晩、フリッツ率いる戦車隊はソ連軍キャンプを殲滅したのち、慌ただしく帰還した

戦車2両、歩兵20名余りを単騎で殲滅するという戦果を挙げた割に、搭乗員達はみな一様に険しい顔だった


聞けば、救出に向かったが味方は全員自害

唯一の生存者は「彼女」だけだったという


エッケハルト「大尉、その… 彼女は…」

フリッツ「─────そうか、やはり…」


「眼が見えていないんだな」と

フリッツは呟いた。


…そう、救出時、すでに彼女の瞳は光を失っていたのだ

あの地獄を抜ける際、彼女は何度も死体や障害物にぶつかったり転んだりした

その度にどこか怪我をしているんじゃないかと心配して声を掛けるもやはり言葉が通じず、困ったような笑顔で返された


アルノルトと合流した後にPanther(パンター)を呼び、フリッツが彼女を抱っこするような形で搭乗、帰還したらしい


装填手のバルドは「車長ばかり女の子を抱いてずるい、不公平だ、交代制にするべきだ!」とわめき散らし、砲手のオリバーがそれをたしなめるが効果なし

あまりに騒ぐバルドにフリッツが怒り…

「戦場より酷い有様だった」と操縦士のアルノルトは後に語った


エッケハルト「恐らく拷問時に何らかの薬剤を浴びせられた可能性があります、眼球自体に傷は無いのでいずれ回復するでしょうが、使われた薬剤の種類によっては快復には時間を要するかと…」


フリッツ「…わかった、引き続き治療を頼む。 彼女が目を覚ましたら連絡をくれ、オレはいつもの場所にいるから。」


了解(ヤヴォール)、大尉。」というエッケハルトの言葉を背に

フリッツは医療テントを後にした


…戦争は残酷だ

国と国とのいざこざに国民が駆り出され

顔も名前も知らない相手を殺さなきゃいけない


貴重な情報を聞き出すために、「故郷に家族がいるんだ」と嘆く敵を殴り、「話せば帰してやる」と言って安堵して情報を漏らした敵をキャンプから放した瞬間撃ち殺したこともある

それから…駄目だ、考えたらキリがないな。


……そもそも、この戦争に意味はあるのか?


戦って、戦って、戦って…

その先には何がある? 何が自分の手に残る?

オレの事をよく知る者達は皆、あの日、あの城塞(クルスク)で死んでしまった。


…恐らくこのままいけばドイツは敗けるだろう

日々圧力を増す連合軍の兵力を見ればわかる

戦況はもう手がつけられないくらい悪化しているのだ

歩兵の増員は滅多にない、弾もそう長くはもたない


"オレ"に残されたのは、たった1両の戦車だけ


明日を無事に生きていれる保証なんて、無い


フリッツ「(あぁ…恐ろしいな… オレが死んだら何が残る? 怨みか? 憎しみか? オレはその時この世界に、何を残せるのだろう。)」


いつもそうだ、戦闘が終わればいつもこんな気持ちになる

やるせなさ… 虚しさ… 哀れみ…

何のために戦っているのか、自身の戦う意味が分からなくなる。


まるで機械のように、殺し続ける日々。


フリッツ「逃げ出したくもなる…か。」


だがそんな感情(ことば)を口に出せば、親衛隊の連中に徹底的に嬲られたあとにワイヤーで首を括られて電柱に吊るし上げられるだろう、今のドイツに、慈悲は無い。


万が一、口を滑らせたら『私は敗北主義者です』って看板を下げて暫くは晒し者だ、ははは…

…なんで同じドイツ人にそんな事をされなきゃいけないのか、甚だ理解出来ないがね…


まぁとにかくこれは確信にも近い「予感」だ

この戦争はもうすぐ終わる


その時オレは────


フリッツ「…その時オレは、何かを残して死ねるだろうか…?」


煙草の煙を吐き出しながらフリッツはキャンプにある戦車の整備場に向かっていた

整備場と言えば聞こえはいいが、その実態は木組みにテントの切れ端を繋げた簡素なものだ

形容するなら…そうだな…小屋?


フリッツが他の兵士に言う「いつもの場所」は大体ここの事を指している。


アンスヘルム「な〜〜に辛気臭いこと言ってんだよぉフリッツ! んな台詞がSSのカス共に聞かれたら敵にヤられるより悲惨な死に様になるぜえ!?」


ガガガガガッ

ズサーッ


フリッツ「うおああああッ!!!?」


感傷に浸っていたところ、不意にPanther(パンター)の下から整備班長のアンスヘルムが飛び出してきた

カートに乗って足元に転がってくるもんだから危うく顔を踏みそうになる

いっそ踏み潰してやろうかとも考えたが踏み止まった


フリッツ「…ッなんだよアンスか… 驚かせないでくれ、戦車兵が驚いて心臓が止まり死亡なんて洒落にもならない…」


アンスヘルム「なんだ、とは失礼な奴だな。 あぁ大尉、ちょうどいまPanther(コイツ)の整備が終わったところだ、被弾無し、故障箇所無しだと整備が楽で助かるよ。」


ガゴンとレンチでPanther(パンター)を叩くアンスヘルム

「お前それ整備士としてどうなんだ」と聞くと「こんな程度じゃ壊れんよ」と素晴らしい笑顔が返ってきた


フリッツ「ちょうどよかった。 急で悪いが『こっち』の修理は済んでるか? 今回のキャンプ襲撃で倒したのは敵の先行部隊だ、近いうちに本隊が来たら間違いなく『こいつ』の出番になる。」


アンスヘルム「あー…まぁ…結論から言えば調整は出来てる。 いつでも出撃可能だが… なぁ大尉(フリッツ)…? 本当に『こいつ』を使うのか? 確かにこれは優秀な戦車だ、間違いない、そりゃあ搭載してる砲はどんな目標にでも通用するだろうが装甲は今じゃあ厳しい状態だ、致命的ではないが少なからず亀裂(クラック)もあったぞ?」


フリッツの問いに急に口ごもるアンスヘルム

その原因はPanther(パンター)の隣に座す巨大な戦車にあった



Pz.Kpfw.VI "Tiger(ティーガー)" Ausf.Null(ヌル)



ドイツ軍が秘密裏に開発した試作重戦車、VI号0型。

既存のTiger(ティーガー)の車体に当時最新型の主砲を換装した試作運用機(テストモデル)

砲火力に全てを傾倒させ、後継機たるTiger IIの開発に大きく関わったこの試作車両(プロトタイプ)は後世になっても記録が一切無い、最初にして最後の一両である。


故に、0(ヌル)

後にも先にも続きは無い。


フリッツが北部哨戒基地に着任した際に搭乗していたこの戦車は、供給部品の少なさから修理待機状態で眠らされていた。

(直るまでは元々配備されていたPanther(パンター)を使用していた)


ようやく修理も終わり、いよいよ動かせる状態だ。


フリッツ「…オレはコイツの力を信じてる。 それに……オレが死ぬ時はコイツの中でって決めてるんだ。」


そう言ってフリッツは静かに微笑んだ


………

……


エッケハルト「大尉、ご報告します。 彼女が目を覚ましました。」


整備場に来てから3時間ほどして

エッケハルトがフリッツを呼びに来た

「わかった、今行く。」と彼の後に付いて行く


フリッツ「ところでエッケハルト、彼女について他に何か情報は無いのか? 名前とか、年齢とか… 国籍もわからない者を置いておく訳にもいかないだろう。」


エッケハルト「そう焦らず… 相手は怪我人、ましてや女性なんですから丁寧に対応しましょう。 ああ、くれぐれも、情報を聞き出す際はソ連の連中を拷問する際のような事はなさらないように。」


フリッツ「…」


エッケハルト「…え、なんですか? そんな腑に落ちない、みたいな顔して。」


フリッツ「…腑に落ちない… オレはそんなに女の扱いが雑そうに見えるのか? それはとても心外だぞエッケハルト…」


医療テントへの道を進む途中、彼女への接し方についてやたらと釘を刺してくる

よほどフリッツに対する女性の扱い方が心配なのか

話し方や笑顔の仕方まで懇切丁寧に指導してくれた


戦争が始まる前、地元(フランクフルト)がまだ平和だった頃は優男で通っていたんだぞ、とエッケハルトに言うと「またまたご冗談を」と言わんばかりの顔をされる始末…


フリッツ「今に見てろよ…!!」


ビシッと襟を正して、フリッツはテントに入った

いよいよ『彼女』との対面である。


ドイツ軍キャンプ 医療テント


ヘルマン「よぉ、隊長(コマンダンテ)。」

フリッツ「ん?どうしたヘルマン、休憩はいいのか?」


テントに入るやいなや通信/無線手のヘルマンが大量の資料を小脇に抱えて出迎えてくれた

資料の多くは敵味方問わず、諸外国に関するものだ。


テントの一番奥のベッドに、上体を起こした状態で我々を待っている彼女の姿が見えた。


眼を隠すように巻かれた包帯姿が痛々しい。


エッケハルト「ヘルマン上等兵は無線傍受手(暗号解析手)としても活躍していたそうなので通訳も出来るのでは、と思い私から頼んで同席してもらいました。」


ヘルマン「まぁそういうこった、とはいえ5ヶ国語が精一杯だからあまり過度に期待はしないでくれよ、隊長殿?」


フリッツ「いや、充分助かる。 …それじゃあ早速だが尋も…ンン… 質問を始めよう。」


3人は彼女のベッドを囲むように立つ。

ヘルマンは資料を広げ、

エッケハルトは問診票(カルテ)にペン先を立てる、

そして肝心のフリッツは…固まっていた。


エッケハルト「…? 大尉? どうかしましたか?」


ヘルマン「おいおい、なに固まってんだよ。 話を聞かなきゃさすがのオレも判断しようがないぜ。」


フリッツ「あ…いや、すまない。大丈夫だ。 …では質問を始める、私はナチス・ドイツ軍所属のフリッツ・マイゼンブークという者です。 昨日の夜、あなたをソ連軍から助け出し、ここに連れて来ました。 …OK?」


声のトーンを調整し、優しげな口調で彼女に声を掛ける。

…完璧だ、まるで淑女をディナーに誘うが如き…!


確かな手応えをフリッツは感じたが、彼女はボーッとしたままで返事が無い


エッケハルト「…大尉…?」

ヘルマン「…多分このお嬢さん、自分に話しかけられてるってわかってないな。 手を握って話しかけたらどうだ隊長。」

フリッツ「…そ ん な 馬 鹿 な … !? ぐぬ…ッ わかった、やってみよう…!」


…ヘルマンの提案はもっともだった

確かにただ話しかけてもその対象が自分だとわかっていなければ答えようがない、しかもこちらが問いかけても「何を喋ればいいのか」状態になれば元も子もない


これは長くなりそうだな…とフリッツは思いながら

そっと彼女の手を握る


少女『…ひゃあ!?』

フリッツ「うおッ!!?」


すると彼女は不意に手を握られたせいか、驚いたような声をあげる

そりゃそうだ、眼を塞がれた状態で、いきなり自分の手を握られたら誰だって驚くだろう

そしてそんな彼女の声にフリッツも連られて悲鳴をあげた


ヘルマン「がははははッ!! 隊長ッ!! そりゃあ駄目だ、あんまり強引だぜ!!」

エッケハルト「はぁ〜〜〜…… 言わんこっちゃないですよ、大尉…」


あぁ…!くそ…!こんなハズでは…!

恥ずかしさで心の弾薬庫が誘爆しそうになるが

気を取り直して再び声を掛ける


フリッツ「あー… 私の名前はフリッツ・マイゼンブークです、昨日あなたをソ連軍から助け出し、ここに連れて来ました。 …あなたの、名前は?」


少女『あ……! え…と… ふ…ふぇりっつ?まいぜんぶーけ…さん? で、いいのでしょうか…』


フリッツ「…!!」

ヘルマン「…多分いま隊長の名前を呼んだな、何とかドイツ語は通じるみたいだな。 …いいぞ、続けて話せ。」


確かに彼女はオレの名前を呼んだ、

やはり発音に違和感はあるが会話は出来るようだ。


フリッツ「そう! 私の名前はフリッツです! あー、あなたの名前と、出身はどこか教えてください。 …わかるかな? 名前と、国です。」


なるべくゆっくり、訛りが強くならないように話す。

とはいえドイツ語に知識が無ければなんとしようもないが…

なんとなく、雰囲気(ニュアンス)で伝わってないだろうか…


少女『んん…と 私は花、ハナといいます。 日本(ヤーパン)から来ました? …合ってる、かな…?』


エッケハルト「なんとなく…ハ、ナ… と聞こえましたね。」

ヘルマン「…OK、大体わかった。 彼女は日本人(ヤーパン)だ、ドイツの同盟国。 つまり味方だ。」


フリッツ「日本人(ヤーパン)… なるほど道理で諸々違うと思ったら… しかし何故、日本人がドイツ領でソ連軍に捕まっていたんだ?」

エッケハルト「まぁそれは後々にしましょう。 とにかく今は身辺的な情報を得るのが最優先かと。」


ハナ『…??』


「ハナ」と名乗る日本人の少女…

何故、彼女はドイツ領にいたのか

何故、彼女は独りだけなのか


1つ知れば 1つ謎が深まる

彼女との出逢いがフリッツ達の運命を大きく変えてゆくとも知らずに



第3部 【孤独な怪物】 完

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