【赤色の復讐者】
今思い返せば、
自分でも解らない。
何故自分はこんな場所に、
また懲りずに、
言われるがままに戦場に居るのか。
何が虎か、
これではまるで籠の中の鳥だ。
足掻いても、
足掻いても 足掻いても、
足掻いても 足掻いても 足掻いても、
殺し殺されの螺旋からは逃げれない。
自分が生きる為には自分の心を殺さねばならない、
それが戦争だ それが戦争なのだ。
殺せ、
生きる為に。
………
……
…
ギャギャギャ ギャギャギャッ…!!
ゴガガガガッ
敵の強襲にあったゴッツのIV号が全速力で街から後退してくる。
曲がり角のくたびれた花屋の残骸を踏み潰し、路地のレンガを履帯が捲り上げながら進むIV号の姿が見えた。
フリッツ「急げIV号ッ!! …くそッ!! TigerIはいつでも撃てる用意をしろ、指示を待つな、敵が見えたら撃てッ!」
ゴッツ『これで全速力だッ!! …あと260m、敵は追って来ないッ!! なんとかなりそうだッ!! 援護頼むぞ!』
侵入してしまった距離は約400m。
小回りの利く中戦車とはいえ、狭い街の中を後進するのはかなり難しい。
さらに咄嗟の判断だったせいで車体の向きを変えれなかったIV号は車長であるゴッツの指示をもとに車体をコントロールしなければならない。
だが『敵出現』と無線があったにも関わらず、
敵がIV号を追っている様子はない。
孤立し、態勢の崩れたIV号を討てるほどの戦力じゃないのか…?
それとも────…
フリッツ「(…何故追って来ない… 迎撃を読まれたか?)」
…嫌な予感がする。
皮膚がザワザワするこの感じ…
"何かいる"な…
しかも、この感じはとびっきり危険なやつだ。
他の連中はこの違和感を感じていないのか、援護射撃の態勢を整えたTigerIの車長は双眼鏡を覗きながら安堵の笑みを浮かべている。
ザザッ
ジーク『よし…ッ 急げゴッツ!! こっちも援護射撃の準備が出来たッ!!』
ゴッツ『視界に敵影無しだッ!! このまま一気に抜け───────ィギピッ…!!』
…ブツンッ!!
ジークの乗るPantherも射撃可能になり、
万全を期し、残り120mまで迫ったその時…
ジーク達の目の前から、IV号が姿を消した。
────…ドゴオオオオオンッッッ…ッ…ッ!!!!!!!!
ガシャアァァアァンッ ボンッボボッ…ッ!! ビチャッ
ジーク『────? ぁ…? え…?』
凄まじい轟音と共にIV号の砲塔、車体が文字通り「木っ端微塵」に吹き飛ばされる。
粉々になった戦車の部品や砲弾が建物に叩きつけられ、見るも無惨な姿になる。
あわせて「搭乗員だったモノ」も破片と共に宙を舞い、建物に赤黒い染みを作った。
砕けた窓枠に千切れた誰かの手が突き刺さり、
爆風に揺られてゆらゆら揺れている。
貫通による弾薬庫誘爆もあるだろうが明らかに破壊力が違う、恐らく相当な大口径砲による側面破砕、船体崩壊だ。
余りにも凄惨な光景に、誰もが思考を放棄していた。
ただ1人、この男を除いては──
フリッツ「…装填手、榴弾装填ッ!! 砲手、距離400yard(約375m)ッ!! 破片の飛散方向と砲音からして恐らく敵の待伏せだッ!! あの曲がり角の、青い屋根の建物を撃て、少しでもいい、牽制しろッッ!! Feuerッ!!」
ズドォオンッッ!!!!
──ガアァンッ!!
間髪入れずにフリッツのTigerIIが動いた。
88mm砲が火を噴き、建物を破壊してそこにいるであろう敵を牽制する。
榴弾が炸裂し、瓦礫が落ちる。
視界を遮る様に土埃があがり、視界が煙った。
フリッツ「…今のうちにTiger IとPantherは下がれッ!! これ以上敵の好きにさせるな、一旦立て直すぞッ!! 急げッ!!」
ジーク『あ……? ああッ!』
フリッツの無線で我に返ったジークはTigerIよりやや遅れて後退を開始した。
今度はちゃんと車体の向きを変え、砲塔は敵がいる方向を向いている。
フリッツ「(初めから待伏せてた感じ、じゃあない… 恐らく後進するIV号と路地を挟んで並走してたんだ、IV号が方向転換出来ないと判断して先回りしたって事か…ッ!?)」
ガンッと乱暴にキューポラを開け、
双眼鏡を覗くフリッツ。
土埃が晴れ、崩れた瓦礫の向こう側に「敵」の姿が見えた。
フリッツ「────…なんだ…アレは…」
現れたのは、
主砲と車体にロープでドイツ兵を括った異様な姿の駆逐戦車。
先の戦闘で拘束されたドイツ兵だろうか、車体に括られている兵士はまだ生きてる様にも見える。
特徴的な砲口制退器から察するに、あれはソ連の────…!!
フリッツ「……"SU-152"…ッ!! ソ連の『猛獣狩り』だと…ッ!? しかも奴は…ッ!! まさか……ッ!!!」
双眼鏡の先に現れたのはソ連軍の駆逐戦車『SU-152』
いつか戦ったIS-2重戦車の122mm砲を超える152mm砲を持つ大火力の戦車だ。
設計こそ単純、火力以外の快適性を捨て去った様なものだが、ML-20 152mm榴弾砲の破壊力はPantherはおろかTiger Iですら一撃で破壊可能な威力を持っている。
(フリッツは以前クルスクの戦いでSU-152と会敵したことがあるが、お互い致命傷を負わせるには至っていない)
そしてその怪物を駆る男の姿も、
フリッツは見た。
顔の半分が焼け爛れ、
未だ塞がらない傷から溢れる血で赤黒くなった包帯をたなびかせ、奴は居た。
ナボコフ「ィヒヒッ… いひひッ …ィヒッ ハハハハハハッ!!!!!!!! 大当たりだァ!!ティ────ガ───じゃねぇかア゛ア゛ア゛アッッッ!!!!!! 虎ァッ 虎だッ!! 虎ッ 虎ッッ!! 遭い"た"か"ったぜぇッ!! あ"あ"ッ!!!! ぶち殺すッ!! ぶっっ殺してやらァ"ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!!」
"狂気"
としか表現出来ないモノがそこにいた。
ただひたすら純粋なまでの殺意の塊がそこにいた。
男の名前は、ナボコフ。
ナボコフ=ジェレズノフ。
あの日、あの街道で倒したはずのIS-2重戦車の車長
ソ連戦車エースの「成れの果て」
偶然か、必然か────
死闘、再び。
ジジッ
ジーク『敵が見えたのかッ!? 情報をよこせ、ゴッツの仇はオレが討つッ!! …おい、マイゼンブークッ!!! 聞いてるのかッ!!!!』
無線から聴こえたジークの叫び声でハッとするフリッツ。
双眼鏡の先のナボコフはこちらに気付いている、もちろんSU-152の砲もすでにこちらのTigerIIを捉えていた。
フリッツ「───しま……ッ!!」
我に返った時にはすでに遅かった。
ナボコフが振り下ろした手に合わせて152mm榴弾砲が火を噴く。
回避行動は間に合わない、直撃する────……ッ!!
ドゴォォオオンッッッ!!!!!!
───ギチ"ュギイィンッッッ!!!!!!!!
フリッツ「ぐ…あ"ッ…!!!!!」
直後、想像を絶する衝撃がTiger IIを襲う。
距離1100yard(約1000m)からでも装甲を破断する威力を持つ大口径榴弾を400yard(約375m)でまともに受けてしまった。
連合軍にTigerIIの正面装甲を"貫徹"する砲は存在しない
しかしソ連の大口径榴弾砲は装甲を"叩き割る"事は出来る
以前説明したホプキンソン効果によるスポール破壊も発生しやすい、戦車の見た目は無事だが、中身はそうとは限らない
フリッツは死を覚悟した
実際、凄まじい衝撃で身体はキューポラに叩きつけられた
意識が飛びそうになったが、まだ癒えていない右手の傷が痛み、辛うじて意識を繋ぐことが出来た
フリッツ「────…ッぁぐ…ッ!!」
放たれた榴弾は正面装甲の傾斜部を滑り、遥か後方に弾け飛んでゆく。
普通であれば着弾と共に大爆発を起こす榴弾が「爆発しなかった」
そう、不発弾だったのだ。
延起信管設定だったのか、単に信管の故障だったのか
幸いにもSU-152の榴弾は致命傷にはならなかった。
ナボコフ「〜~あ"ァ"ッ!! ~────ッ!!!!」
霞む視界の先で声にならない叫び声をあげるナボコフが見える。
向こうが再装填を済ませる前に反撃したいが、こちらの砲手も装填手も気絶してしまった。
悔しいが反撃は出来ない、今出来る最善は「後退する事」だけだ。
フリッツ「…はッ 敵…車両は…ッ 152mm砲の…駆逐ッ… 戦車だ…ッ!! 迂闊に射線に入れば…ッ く…ッ 即死するぞ…!! 後退…する…ッ Tiger I…煙幕ッ!!!!」
ボボッ ボンッ
シュオオオオオ………ッ
背中を強打したせいで呼吸が不自由になるなか、フリッツはTiger Iの名を叫んだ。
その声に重ねるようにTigerIは砲塔脇に備えてある対歩兵用の煙幕を投射、辺りは濃い白煙に包まれる。
フリッツ「(よし… これなら────…)」
ドルンッ ドルンッ
ギャギャギャギャッッ
ギアが噛み、ゆっくりとTiger IIが後退してゆく。
重量70tにも及ぶ重量ゆえに機動力は良いとは言えないが…
敵に再装填、再捕捉を許すほど劣悪ではない。
路地角にいるSU-152の位置から想定すると、射線から完全に外れるにはあと1分は掛かる。
152mm榴弾砲の装填に何秒掛かるのか判らない、もし闇雲に撃たれて側面に直撃しようものなら……
ドオオオオオンッッ!!!!
────……バヒュゥウゥゥンッッッ!!!!
フリッツ「────嘘…だろ…ッ!!!!!!?」
砲音が鳴り響き、煙幕に風穴を開ける。
SU-152から放たれた榴弾がTigerIIの真横を高速で横切り、遙か彼方に消えていった。
思ったより再装填が早い、搭乗員も想定より優秀なようだ。
こちらの命を断つ、死神の砲弾。
薄らと晴れた煙幕の隙間から、ナボコフと視線が交わる。
ナボコフ「これ"がてめぇと"ッ!! オレ"のッ!! 最期の戦いだ…ッ 虎ァァ…ッ!!!! 必ず…ッ 必ずだ…ッ!! てめぇは…てめぇだけは絶対にオレがぶっ殺すッッ!!!!」
フリッツ「───そうだな、今度こそ、決着を───」
エンジン音と砲火の音でお互いの声は聴こえない。
ドイツとソ連、お互いに産まれも違い、言葉すら解らない。
二度戦場で相見えた二人の戦車兵…
最期の戦いが始まろうとしていた。
第27部 【赤色の復讐者】 完




