【錆】
ギギッ…
ギシッ
身体が…軋む…
もう脚も動かない……
重い…
どうして、こんな…
だが…それでも…ッ
それでもまだ止まるわけにはいかないッ!!
戦うんだッ!!
護らないと…!
私が護らないと…ッ!!
動け 動け 動け 動け 動け
動け動け動け動け動け───────…ッッ!!!!
動────…ッ
ガギイィイイインッッ!!!!
ボンッ ボムッ…!
ガシャアン…
………
……
…
1944年 9月28日
…
目を覚ますと、そこには見覚えのある天井があった。
懐かしさより先に、気持ちの悪い何かが込み上げてくる。
「あの時」自分はTigerに乗っていて、
ジーク率いる第8SS騎兵師団のPantherと戦っていたハズだ。
そして…
増援の部隊が現れて…
現れて…
敗けた、のか…?
フリッツ「────…ぐ…ぅッ カ…ッハッ…!」
身体を動かそうにも、骨も肉も錆び付いたように動かない。
声を出そうにも、喉が焼け付いたのか喋れない
乾いた血が瞼を塞いでいたのか、ベリベリと音がする
フリッツ「…う"っ…」
眩しい光で視界が霞む、
痛みを堪えながら闇雲に手を動かすと、
何か柔らかいモノに触れた。
看護婦「あら、目が覚めたのね ちょっと待ってて、いま水持ってきてあげるから、動いちゃダメよ ? あなたとんでもなく重傷なんだから。」
そう言って、柔らかい手がぴしゃりとフリッツの手を叩く。
どこかで聞いたことのある印象の声だったが痛みで頭が回らなくて思い出せない。
フリッツ「(何か、大事な事を忘れている気がする… そもそも第8の増援に敗けて、何故オレは生きてるんだ…?)」
こちらのTiger 1両に対してPanther 3両、最新型のJagdpanther 5両を投じた上層部の連中の狙いはオレの処刑ではなかったのか…?
あれほどの戦力を投じて、Tigerを破壊してまで
それでもなお、オレを生かす理由はなんだ…?
ハインリヒ「────やぁ、久しぶりだな、フリッツ・マイゼンブーク。 覚えているかね、私だよ、長官のハインリヒだ。」
ふ、と。
耳に届く、
不快な声。
霞んだままの目を見開き、声の主を見ると。
はっきりとは見えないが、その声、気配だけで本能が理解した。
憎くて憎くて堪らない、
自身の仇敵が、
そ こ に い る。
フリッツ「………ッ…ッッ!!!!」
だがやはり声が出ない、手も足も動かない。
今すぐにコイツに飛び掛り、
目を潰し、
喉を裂き、
四肢を切り裂き、
ゴミ溜めに棄ててしまいたいのに。
ハインリヒ「…おぉ、ほっほ。 まるで獣だな。 久しぶりの再会だというのに… まぁいい、その姿を見て安心したよ、やはり貴様は変わってない、あの頃のまま、私の知る、怪物のままだ。」
ハインリヒはベッドから動けないフリッツを見下しながら、皮肉混じりの再会の言葉を投げつける。
そしてフリッツは瞬時に理解した、
何故、自分が生かされたのかを──────…
そして、ここが何処なのかを。
ここは
"Berlin"
帰って来たのだ、
あの…忌々しい場所に──────
ハインリヒ「君が無事で何よりだよ、最後に姿を見たのはクルスク制圧の時だったかな? …まぁ、その辺りの話も是非ゆっくりと聞かせて欲しいものだね、私も話したい事が山ほどあるんだ。」
フリッツ「………ッ………」
ギッと奥歯を鳴らし、ハインリヒを睨むフリッツ
湧き上がる殺意が霞んだ眼をギラつかせる
さっきまで力が入らなかった腕に力が戻り、軋む骨の痛みすら今は気にならない
看護婦「あら、ハインリヒ長官 ちょうどよかった。 彼の目が覚めたのでお呼びしようかと… あらあら、駄目よフリッツさん、無理に動かないで いま起こしますからね。」
ハインリヒ「かれこれ10日も経つが、戦線にはいつ戻せる? 出来ればすぐにでも彼には戦線に復帰して欲しいんだが… とはいえこんな事を看護婦の君に聞いてもわからんか。」
そうしているうちに、看護婦が桶に水とタオルを入れて戻ってきた
彼女は怒りの形相で身体を起こそうとするフリッツに駆け寄り、それを補助する
フリッツ「…ッ………ふ…ぅ…ッ!」
腰に添えられた手にすら痛む身体を起こし
彼女にコップ半分程度の水を飲ませてもらった
焼けた喉に、冷えた水が沁みる、
空っぽの胃に水が入ったのがわかるほど、自分が飢えているのもわかった。
フリッツ「(これなら…なんとか…一言くらいは喋れる…か…?)」
口も開く、舌も潤い、喉の痛みも和らいだ。
なんとしても"これ"だけは今、ハインリヒに伝えておきたかった。
ハインリヒ「…んー? なんだ? 何か言いたい事でもあるのか?」
フリッツは小刻みに震える手で、ハインリヒに耳を貸すように促した。
声が出るようになったとはいえ、会話ができるほどの声量は出ない。
だから簡潔に、明瞭に、この言葉に全てを込める。
フリッツ「────…お前を…殺す…ッ!」
ハインリヒ「────〜〜〜ッ!!!!」
ギラリと光るフリッツの眼と、殺意剥き出しの言葉に気圧され後ずさるハインリヒ。
あと数秒、下がるのが遅れていたら頸動脈を噛み千切られていたかもしれない。
自分に対して向けられた明確な殺意に全身の皮膚がざわざわと粟立っていく。
久しぶりに味わう"死"の気配に、汗がドッと噴き出る。
それを伝えた瞬間、フリッツは再び気を失ってしまった。
慌てて看護婦のアメリアが身体を寝かせ、毛布を掛ける。
ハインリヒ「(ふ…ふふ…ッ!! 相変わらず恐ろしい、なんて恐ろしい男だッ!! これだけの傷を負いながら尚も衰えない殺意ッ!! 今度こそ必ず操ってみせるぞ、怪物め…ッ!!)」
カツンッと踵を鳴らし、踵を返すハインリヒは
冷や汗で張り付いたシャツを正し、アメリアに言う
ハインリヒ「…また目が覚めたら教えてくれ、彼は特別だ。 医療班には私からも声を掛けておく、くれぐれも目を離さないようにな。」
アメリア「Jawohl」
身震いするほどの畏怖と同じくらい大きな期待が、確かにある。
帰って来たのだ…!
牙は錆び付いていようとも、
確かに「彼」が帰って来たのだ…!!
………
……
…
その日の夜、ハインリヒは自室で一心不乱に「ある計画」に目を通していた。
机に散乱する書類には、様々な戦車の設計図や規格が描かれている。
そのいずれにも【EntwicklungsTypen】の銘が刻まれていた。
簡単に説明すると【E計画】とは、大戦末期に立案された「戦車の各種構成品の共通化案」に対する試作計画車両である。
無線、主砲、履帯、車体等のパーツを共有し、生産効率を上げ、より効率よく、より強力な戦車を造り出す…という事だ。
(当たり前のように聞こえるが、実際に考えると非常に難しい問題なのがわかる)
ハインリヒが見ているのはその戦車、【E型戦車】の設計図だ。
元々計画自体は1943年から持ち上がってはいたのだが
ドイツ軍は最良の中戦車Panther、最強の重戦車Tigerを始めとする優秀な機甲戦力を保有していた為、新しい戦車や大量生産ラインを必要としなかった。
……そう、連合軍の物量に、押し負けはじめるまでは……
認めたくは無いがソ連とアメリカの工業力は異常だ
1日に数百両の軽~重戦車をポンポンと造る。
それらは出来が良いとは言えないが、粗悪な100は最優の1に勝る実例もある。
だからこそ、今の我々には必要なのだ…
大量に生産出来る「最強」が…!
ハインリヒ「試製Tigerはその有用性を見せてくれた、Tiger IIと同等の砲火力を他の戦車にも共有出来れば我々の機甲師団は連合軍を圧倒出来る…! 更に強く…! 更に大きな戦車を…!!」
既に【E型戦車】の試作重戦車もパーダーボルンのヘンシェル社に委託してある…
150t級の超重戦車計画案…
これが成立すれば……!
最強の重戦車には、
最強の戦車兵が相応しい────!
第24話 【錆】 完




