【幕開けのカーテン・コール】
1940年 4月16日 ベルリン 執務室
ポーランド侵攻作戦の最中に起きた「事件」から半年が経ち、作戦も一区切りついた頃
ハインリヒはフリッツを招集し、件の処遇について話をしていた
彼が起こした『重大な規則違反』についてだ
普通なら罪を犯した者はベルリンに招集された時点で死を覚悟するのだが、彼に言い渡されたのは……
フリッツ「……戦車兵……? オレが…?」
自分でも予期してなかった戦車兵への配備替え
あまりにも予想と外れていて流石のフリッツも驚きが顔に出た
ハインリヒ「あぁそうだ、貴様が存分に力を振るうに相応しいのは歩兵ではなく戦車兵だと上は判断した。 所属はそのまま第1SS特別行動部隊、基本的な任務も変わらん 。 好きなだけ殺すがいい。」
ハインリヒはパラパラと書類を捲り
慣れた手つきでサインを書いていく
フリッツ「…てっきり世にも恐ろしい処罰が言い渡されるかと思ってた。 …オレの死刑を心待ちにしていた前線の連中が気の毒だな。」
はぁ…と溜め息をつくフリッツ
その溜め息の真意は結局分からずじまいだったが
どうせロクでもない事だから無視しておいた。
…彼の処遇を決める会議は、思った以上に難航した。
軍法違反者として牢に入れるか、
収容所勤務にするか、
内地に戻すか、
このまま歩兵として従軍させるか…
上層部の会議での意見は「処罰派」と「擁護派」で二分化したが、最終的には彼の能力を重視しての判断となった。
正直、私としては「処罰」が妥当だと思っていた。
理由はどうあれ上官であるタリスマンを殺害、
私にすら銃を向けたという事実は変わらない。
だがフリッツ程の腕利きを戦線から外すのは軍としては痛手だ。
しかし歩兵のまま前線に送り続けるのも結局また好き勝手されるだろうから却下された。
そこで考えた結果、高い戦闘力を持ちつつ、他の搭乗員と否が応でも同じ空間に居なければならない戦車が選ばれた。
…言ってしまえば「監視付きの箱」に入れるようなものだ。
これで彼は存分に敵を殺せるが、搭乗員達の監視がある為今までのように好き勝手な行動は出来ないだろう、という結論に至った。
ハインリヒ「搭乗する戦車も最新のモノを与える、搭乗員はこちらから選抜した奴らを送る予定だ。 …何か質問はあるか?」
フリッツ「────いいえ、ありません。」
机に並べた書類を纏めながらハインリヒが問うと、
視線を明後日の方に向けたフリッツが応えた。
ハインリヒ「(聞いてないな…) …と、あぁ、忘れていたが、貴様にはポーランドの駐留部隊に戻らずにこのまま別の作戦に参加してもらう。 詳細は纏めてある、確認しておけ。」
纏めた書類と作戦概略をフリッツに渡し、ポンと肩を叩く。
去り際に耳元で小さく、ハインリヒは自身の内心を伝えた。
ハインリヒ「──…こう見えて私は貴様の作戦遂行能力"だけ"は高く評価している、だがあまり無茶な事はしてくれるな、こちらとしても庇いきれなくなる。 …君の今後の活躍を期待しているよ、マイゼンブーク。」
バタンと扉が閉まり、
部屋に1人残されたフリッツ。
手渡された書類をパラパラと捲りながら目を細め、その1文を静かに呟いた。
フリッツ「────フランスか────」
………
……
…
そして時は戻り 1944年 9月18日 ベルリン 執務室
ニルギリ「…なるほど、異端の経歴の持ち主でしたか。 しかし大したものですな、訓練も受けずに戦車兵になり、フランス侵攻であのような記録的功績を残すとは…」
分厚い資料を小脇に抱えながら、補佐官ニルギリは驚嘆の意を表す。
実際、フリッツがフランス侵攻作戦に参加した際の活躍は歩兵の時の戦果を遥かに超えるものだった。
公式記録:
R35 軽戦車 11両
B1 重戦車 3両
対戦車砲 6門
歩兵 複数(確実な数は18名)
初めて戦車に、しかも突撃砲に乗った男があの短期間でこれだけの戦果を挙げるのは異例も異例。
幾らフランス軍の指揮が混乱し、アルデンヌの森からの奇襲が成功したとはいえかなりの功績だ。
…もしかしたら、彼がその気になればマジノ線を攻略する事も叶ったかもしれない。
ハインリヒ「当時奴が搭乗したのはSturmgeschütz III(3号突撃砲)だったが、本来歩兵支援用の突撃砲で敵の重戦車を多数撃破したと報告が挙がった時は流石に嘘かと思ったよ。」
サインを終えた書類の山を机の端に寄せ、椅子にもたれ掛かるハインリヒ
出会いから今までを語ってきたその顔は、どこか誇らしげだった。
実際、彼が戦車兵になってから前線の兵士からの評価は格段に上がった。
時には重火器に対する盾になり、時に篭城した敵を薙ぎ倒す矛になるその様は歩兵から「救世主」「神様」「英雄」などと持て囃されるにまで至る。
しかし────…
ハインリヒ「……だが、ある日『事件』が起きてしまった。 あれは彼の…フリッツ・マイゼンブークの人生を大きく歪めてしまった。 あの事件のせいで、彼は本当に壊れてしまった… いや… 壊してしまったのは──────私か………」
ニルギリ「……『事件』……とは? フランス侵攻時の報告は一通り目を通したつもりでしたが、彼に関する事は特には────」
背もたれに身体を預け、
執務室の天井を仰ぐハインリヒ。
大きく息を吐き、目を細めながら語り出す。
ハインリヒ「…ある日を境に急に彼の戦い方が慎重になり、戦果は目に見えて落ち込んでいった。 不審に思った私は何があったのかと密偵に報告させたら…何が出たと思う?」
ニルギリ「……見当も付きません。」
ハインリヒ「───……"女"だよ、彼に恋人が出来たのさ。 フランス人の…それはそれは美しい女だった。 フランス侵攻時の短期間ながら、彼等なりに愛し愛されだったんだろう。 …フリッツも人並みに感情を持ち始めてしまった。」
天井を仰ぐその口から飛び出た言葉に、
ニルギリは目を大きく見開いた。
あのフリッツ・マイゼンブークに恋人がいた────!?
残虐非道な…
機械のようなあの男に…
まさか……!?
ニルギリ「そ…それで… その後は……?」
ハインリヒ「…もちろん、『我々』はそれを赦さなかったさ。 敬虔たる我らドイツ軍人が敵の…フランスの女と寄り添うなんて赦される訳が無い。 当然に"然るべき措置"を採らせてもらったよ────…」
核心をついたその言葉に
ゾクッと背中に何かが走る
ギイギイと、
椅子が軋む。
カチカチと、
秒針が跳ねる音がする。
カタカタと、
風が窓を揺らす音が部屋に響く。
いかんともし難い時間と静寂が部屋を満たしていく…
いよいよ耐え切れずニルギリが口を開けた瞬間、
それを遮るようにハインリヒはゆっくりと口を開いた。
ニルギリ「……ッ」
ハインリヒ「────…私が直接命令を出し、特別行動部隊が彼女を、彼女の家族諸共殺害したよ。 見せしめの如く、彼の目の前でな。 …さて…これ以降の昔話は止めておこう、どうやら時間らしい。」
ゴンゴンッ
ガチャ!
バルター「失礼しますッ!! ご報告致します、北部哨戒基地に派遣した部隊はTigerと接敵ッ!! 数分間の交戦後、第8SS隊長ジーク・ノインシュタットと身元不明の少女がこれを静止ッ!! 戦闘終了との事ですッ!!」
ジークの救援に向かった部隊から報告を受けたのだろう、
1人の若い親衛隊員が肩で息をしながら報告にやって来た。
ニルギリ「…そうか…ッ!! して、積荷の確保は!? ノインシュタット隊は全員無事か!?」
バルター「詳細な損害状況は不明ですッ!! 報告によると静止に入った少女が対象の『積荷』だったとのこと、当人もそれを把握している模様ですッ!!」
ハインリヒ「例のTigerはどうした? 破損状況は? フリッツ・マイゼンブークの死亡は確認したんだろうな?」
バルター「はっ! Tigerに関する情報はまだ詳しくは…ッ ですが…その…フリッツ・マイゼンブークは『生存』との事です…ッ なんでもジーク・ノインシュタット隊長と積荷の少女が彼の銃殺を拒んだとの報告が……」
捲し立てるように、質問と解答が飛び交う。
この数秒で解ったのは、
『積荷』の少女と第8SS隊長のジーク・ノインシュタットは無事。
第8SS部隊と、試製Tigerの損害は不明…
ここまでは完璧に近い、満額解答だ。
だが…
まさかフリッツが生存とは…
我々としては確実に息の根を止めておいたほうがいいのだが……
神はどうやら彼に味方しているようだ。
ハインリヒ「(いや… まして好都合か… 奴ならこの不利な戦況を打破出来るやもしれん… あのTigerも無事であれば『計画』の礎にすればいい… 使える駒は少しでも多いほうがいいからな。)」
くくっ…と喉の奥で笑うハインリヒ
その笑みは狂気を孕み、ドス黒い空気を醸し出す。
狂気と野望に満ちた声が、
第二幕の幕開けを告げる。
第23話 【幕開けのカーテン・コール】 完




