【影は唄う】
コッ コッ コッ………
誰もいない、閑散としたビルの中に
自分の足音だけが響き渡る
中に入って分かったがここは以前ホテルとして運営されていた建物のようだ、
小洒落たエントランスを抜け階段をあがると、大きめの窓からポーランドの街をそれなりに見渡せた。
ハインリヒ「………」
眼下に広がっていたであろう美しい町並みは、今やあちらこちらで黒い煙があがり、馬車や行商人で賑わっていたであろう大通りは今や戦車と兵士で溢れかえっている。
耳をすませば、四方八方から銃声が聞こえ、
どこか遠くで炸裂した戦車砲の衝撃が窓ガラスを微かに揺らす。
ハインリヒ「…これが本物の戦争、か…」
正直なところ、実際に戦場に来たのはこれがはじめてだ。
内地勤務がほとんどで、前線に来ることなんて今まで無かった。
射撃訓練は何度か視察した事はあったが、
その時に聞いた音より、何倍も耳に残る音がする。
…この音の先で、何人の人間が死んでいるのか…
いや… やめよう、考えてしまうとキリがない
はやく彼を探さなければ…
ハインリヒ「話によればこの階(5階)の奥にある部屋だとか…… 番号はたしか82の…… ここか…?」
5階まで階段をあがり、彼が居るという部屋を見つけた。
廊下を歩いていて気付いたが、どうやらこのホテルの従業員達は我々の侵攻前に退避出来たらしい。
その証拠に、そこに置かれていたであろう絵画や装飾品は綺麗に外されている。
血痕も銃痕もなく、前線という事を微塵も感じさせない状態だ。
…戦争が終わったら、またここで経営をはじめるのだろうか?
ハインリヒ「(生きていれば、またやり直せる…か…)」
…黙っていると無意味な感傷に胸がいっぱいになりそうだ。
我々が望み、
我々が始めた戦争だ、
感傷など不要…
ただ進むのみ、だ。
一呼吸置いて、ゴンゴンと扉を叩くも、部屋の中から返事がない。
────…そもそも居るのだろうか?
あまり時間も無いし、とりあえず入ってみるか。
ハインリヒ「…入るぞ、マイゼンブーク。」
ガチャ
軋む扉を開け、一歩足を踏み入れると
無機質な声が耳をくすぐった。
フリッツ「────…誰? お前。」
想像以上に呆気なく、彼はいた。
誰もいない部屋の窓際に、彼は座っていた。
支給されたKar98kライフルを抱えながら、
備え付けのスコープで何を見る訳でも無く、
ただ、そこに…
ハインリヒ「(これが… "死神"だと…?)」
───────美しい、とすら思えた。
彼を間近で見るのは初めてだったが、想像していたよりも遥かに眉目秀麗、実に耽美な顔立ちだ。
世が世ならモデルになっていてもおかしくない。
それが窓の外の風景と併さり、1枚の絵画の様な、荘厳さすら感じた。
ハインリヒ「…あ…あぁ… 私はハインリヒ、ベルリンの本部で長官をやっている。 それと、今作戦の作戦立案を任されている者だ。」
フリッツ「…へぇ、本部の偉い人ね。 そんな人が何の用?」
ハインリヒ「…長居出来ないので簡潔に話すが、君はいかんせん殺し過ぎだ。 …あぁ、いや、殺すのは結構だが君の殺し方は惨過ぎる。 周りの兵士達の士気に影響が出るのは上として看過出来ない。 だからもう少し丁寧に───」
フリッツ「───…あんた、人、殺した事無いだろ。」
名を名乗り、上官らしく厳しい口調で話すが
それをまるで気にも留めず、フリッツはまた無関心な声で話を遮る。
ハインリヒ「…いきなりなんだ? 話を──」
フリッツ「…人を殺すのに理由も意味もいらない、綺麗に殺そうが惨たらしく殺そうが残る結果は同じ、死だ。 …オレはただ命令あれば敵を殺す、それだけだよ。」
真っ黒で、一片の光も無い瞳がハインリヒを捉える。
続けざまに、一片の希望も無い言葉がハインリヒに突き刺さる。
同時に───────理解した。
こいつは駄目だ…
救えない…
救われない…
やはり噂通りの狂人…
まるで機械か人形と会話しているようだ。
ハインリヒ「ッ! …この戦争は閣下が、我々ドイツ国民の未来を憂いて起こした誇り高き戦いだッ! お前は選ばれた兵士としてもっと誇りをもって───……ッ」
だが諦めずに熱弁を振るうハインリヒ。
せめてその空虚な心に何か響けば、と語気を強めるが…
フリッツ「…くだらないね。 それだけ話に来たならさっさと安全な場所に帰って、椅子に座って、書類だけ書いとけばいい、ここはあんたが来るような場所じゃない。 でなければ────」
しかしその言葉も虚しく、フリッツはゆっくりとP08拳銃を抜き、その銃口をあろう事かハインリヒに向けた
ハインリヒ「────な…ッ!?」
フリッツ「死ぬよ。」
無機質な声、
そして、銃声。
渇いた破裂音が静寂を貫いた。
???「…ッ…ッ!? あっ…!! あ…ッ ぅあ…ッ …ッッ!! あああああッ!!!?」
耳元すれすれを弾丸が掠め、鼓膜がビリビリと震える
よほど近距離を掠めていったのか、甲高い金属音が耳の中で反響している
そして耳鳴りと共に耳を劈く、男の悲鳴。
後ろを振り返ると、
そこには左肩から血を流したタリスマンがいた
タリスマン「マイゼンッ!ブーク…ッ 貴…ッ様ァッ!! 上官を撃つなんて…ッ 軍法会議は免れんぞッ…!! …ぅッ… この…狂人が…ッ!!」
ハインリヒ「な…ッ タリスマンッ!? 大丈夫かッ!?」
フリッツ「…いやいや、ホルスターから拳銃を抜いて、そんな殺気剥き出しの顔で来られたら誰だって反射的に撃ってしまいますよ。 いくら上官でも浅はか過ぎて、擁護出来ませんね。」
銃創を押さえながらタリスマンが唸るが、フリッツは少しも表情を変えずに窓際から動かない
タリスマン「なにを…いけしゃあしゃあと…ッ!! だから私は貴様のような愛国心の無い兵士が嫌いなんだ…ッ ただの殺人鬼の貴様には理解出来まいッ…ぐッ… 我々は国家に…閣下に忠誠を誓い闘っている…ッ 我々のその誇りがッ!! 貴様に分かってなるものかッ!!!!」
ハインリヒ「(私の話を聞いていたのか… 国の為に戦う自らの誇りを「くだらない」と言われて黙っていられなかったか… 素晴らしい愛国心だ、タリスマン…)」
どうやら先程の会話を、迎えに来たタリスマンが聞いていたらしい。
閣下に対する忠誠、選ばれた兵士である誇りを貶された怒りから、タリスマンは銃を抜いてしまったようだ。
しかしそれは栄えあるドイツ軍人のお手本のような思考だ。
フリッツの言葉は敬虔なドイツ軍人なら誰しも頭にくる発言だからな…
誇り高く、誉れ高く、未来の為に戦う兵士…
…実に素晴らしい、次の勲章授与の候補者には彼を推しておこう。
…などと考えてるうちに、
またしても銃声が鳴り響き、
ハインリヒの頬に赤い液体がぴちゃりと飛んできた
ハインリヒ「────────は?」
パァンッ! パァンッ! パパパァンッッ!! パァンッ!!
キンッ キンッ カラン カラン…ッ
ビチャッ ビチッ バスッ ドッ グシャッ
間髪入れずにフリッツのP08拳銃が再び放たれた。
呆然と立ち尽くすハインリヒの背後で"何か"が滅茶滅茶に撃たれている音がする。
フリッツ「…あれ? 予備弾倉無かったっけ。」
カチン
カチン
─────それっきり、タリスマンの声は聞こえなくなった……
つまり…
"そういう事"だ……
恐らく彼はもう……
ハインリヒ「(撃ち殺した…のか…!?)」
恐ろしくて後ろを向く事が出来ない…
いまフリッツから目を離せば、きっと自分もタリスマンのようにされてしまう。
そんな恐ろしい予感が、全身を駆け巡っている。
だが、逃げ出したい、今すぐ振り返り、この場から立ち去りたい。
フリッツ「あ、ハインリヒ、だっけ。 ひとつお願いがあるんだけどさ。」
ハインリヒ「…ッ!? お願い…だとッ!?」
突然の発砲、上官の殺害、そして急なお願いに頭が混乱する。
この数分で劇的に状況が変わってしまって、状況の整理が出来ない。
目の前にいるフリッツの行動と発言が全く解らないのだ。
人として何か根本的な部分が間違っているとしか言いようがないが、会話を合わせなければ次に撃たれるのは…自分だ。
フリッツ「最近、歩兵として戦う自分に限界を感じてたんだ。 この程度の装備だと殺せる量が限定されてね。 身体も動く、まだ殺せる… けど弾が無い、武器が無い… 最近よくそんな場面になってさ。」
ハインリヒ「…では…そんな状況になって、貴様はどうやってあれだけ殺し、生き残ったんだ…!?」
フリッツ「どうやって…? ああ、そういう。 …ある時は敵の装備を奪って、ある時は味方の死体から拝借して…かな。 とにかくオレは長く、もっと多く敵を殺したい、殺さなければならない。 …噂だと近いうちにもっと大規模な奇襲作戦が予定されてるらしいし、それまでにはなんとかして欲しいかな。」
…ただただ戦慄するしかなかった。
愛国心や忠誠などとは懸け離れた純粋なまでの「殺害欲求」に、吐き気すらおぼえる。
今まさに上官を撃ち殺した事など欠片も気にしていない。
このまま会話を続けていたらこちらまで狂ってしまいそうだ。
いよいよ精神的に限界を迎えそうになり、
ハインリヒは込み上げる吐き気を堪えながら嗚咽混じりに告げる。
ハインリヒ「ッ……ぐッ… では…フリッツ・マイゼンブーク…! 貴官には望みどおりの相応しい戦場を用意してやる…ッ だが忘れるなッ! 貴様は上官を殺し、あまつさえ私にすら銃を向けた事をッ!! この罰は必ず受けて貰うぞッ!!」
フリッツ「…ははは…! いいね、その時まで生きていたら、喜んで。」
そう言って、
許されざる男は、
恍惚な表情で微笑んだ。
第22話 【影は唄う】 完




