【死を食む者】
1934年 9月
陰謀と暴力が渦巻く粛清…長いナイフの夜が終り2ヵ月が経ち、ニュルンベルクではナチ党の大会が行われようとしていた
『統一と力』を掲げた今回の大会は6日間開催され閣下の熱弁に党員達は沸き立ち、その結束を強めている
ハインリヒ「突撃隊の連中はすっかり意気消沈、まるで見る影もないですな。 それに比べて我々親衛隊の勢いは留まる事を知らない、いまや敵無しと言ったとこですか。」
アルベルト「全ては閣下の理想の為、我々はこれからも邁進してゆくでしょう。 近いうちに新しい部隊の設立と、勲章の制定が行われるらしいので、その時は是非また…」
ハインリヒ「例の特別行動部隊か。 …まぁラインハルトが主導するのであれば問題はあるまい。 問題があるとすれば…その運用か。」
130機以上の対空ライトが空を照らす中
議事録を片手にハインリヒと内閣府大臣アルベルトがひそひそと密談をしていた
粛清により最大の障害であった突撃隊は完全に牙を抜かれ
閣下の道を阻む者はいなくなった
これを機に一気に革命は進むだろう
これからラインハルトが設立する部隊は志願性かつ、厳しい選抜を経て構成される極めて純度の高い攻勢部隊だと聞いている
アルベルト「……閣下は既にソ連との戦争の準備を進めています、恐らく彼等はその尖兵として……」
ハインリヒ「噂をすれば…だな… 見たまえアルベルト、あれが我が親衛隊の切り札、我々のジョーカーとなる男だ。」
すっ、とハインリヒが指さす先にいるのは
親衛隊の黒服に身を包んだ、異様な空気を纏った若い男だ…
そう、フリッツである
相変わらずの無表情なまま、酒を片手に会場を彷徨いていた
本来このような場所では叱責される態度だが
上役達は彼を横目に見過ごすだけで、何も言わない
まして「あれが例の…」と言わんばかりの、期待に満ちた眼でフリッツを見ている
アルベルト「……あれが例の…報告書の男ですか…… 個人で32人も殺し、参考人ですら切り刻んで沼に捨てた狂人と聞いていますが?」
ハインリヒ「…腕は確かなんだがな、入隊以前からあの感じだったらしい。 噂では反ナチ党だった自分の家族を皆殺しにして入隊した…とかな。」
ぱらぱらと書類を捲りながら
ハインリヒが冷ややかな声で言う
それはフリッツの生い立ちについて流された根も葉もない『噂』…
そう…
ただの『噂』だ………
アルベルト「まさか…そんな… 幾ら熱狂的な信者でも、家族を鏖殺なんて…」
額に汗を滲ませ、アルベルトが表情を曇らせる
幾らなんでも家族を皆殺しとは、余りにも非現実的な話だ
ハインリヒ自体もその噂を耳にした時は作り話だと鼻で笑ったが、実際に当人を見て、噂が急に不気味な輪郭を帯び始める
奴なら、やり兼ねない
そう思わせる、異様な雰囲気を、彼は持っていた
ハインリヒ「だが事実、彼の家族は全員同じ日に殺されている。 犯人も不明、凶器も見つかってないが、血塗れの家に居た生存者は彼1人だったらしい。 …当時、彼は15歳だったそうだ…」
アルベルト「…15歳で家族を殺し、18歳で面識のない赤の他人を32人も殺し… 彼の人生はこの先どこに向ってゆくのですか…? 私には………想像も出来ません………」
声を震わせながら
隣でアルベルトが小さく言葉を漏らす
「そんな事、私にもわからんよ…」とハインリヒは返し、ふらふらと彷徨うフリッツの背中を遠くからただ眺めていた
………
……
…
ナチ党が政権を握り、以降ドイツは強気な外交を進め、政治面で世界から反感を浴びた
だがそんな逆風は無視して周辺国とは不可侵条約を結ぶなど、仮染の友好関係を築く中で着実にドイツは来るべき大戦争の準備を進めてゆく
1938年 ラインハルトによる特別行動部隊 Einsatzgruppenが設立
フリッツ・マイゼンブークはこれに即時入隊、スパイの逮捕や諜報活動を行う
1939年 8月23日 独ソ不可侵条約締結
これにより、世界が最も恐れていたドイツ対ソ連の戦争が回避された
しかし同1939年 9月1日────…
ドイツ軍は戦車、航空機を投入した大規模集団を伴ってポーランドに侵攻
すぐさまソ連も追従し、その他の国も次々に参戦、その殆どがドイツに対して宣戦布告を宣言
第二次世界大戦の幕開けである
………
……
…
1939年 10月16日 ベルリン 執務室
バサッ カリカリ…
バサッ カリカリ…
ハインリヒ「…ポーランドへの侵攻は順調か… 損耗も少なく、敵の処理率もかなりの回転率で進んでいる。 ………しかし、相変わらず、彼の名前を見ない日は無いな…」
ベルリンの執務室で、ハインリヒが山積みになった書類にサインをしたためる
その殆どが現在進行形で進んでいるポーランドへの侵攻作戦の報告書と、新しく敷設された勲章制度の話だ
その報告書のほぼ全てに
『フリッツ・マイゼンブーク』の名前があった
作戦開始から約一ヶ月… この短い期間で既に彼は800人以上は殺しているのではないだろうか…
本来なら前線より下がった場所で民間人や手配者を殺すのがアインザッツグルッぺの役割なのだが、彼は何故か前線でも目撃情報がある…
前線に混じって敵を殺した後に、後退しながら民間人を殺しているのか…?
いったい何をどうしたらこんな数を殺せるんだ…?
ハインリヒ「…おぞましい男だ… まさに怪物だな…」
今回ポーランドに投入されたアインザッツグルッぺンの隊員は約2700人、その中でも断トツの殺害数だ
…まぁそうか、長いナイフの夜とは『殺せる人間』の母数が比較にならないほど多いからな…
とはいえ、それが原因なのかどうやら彼の残虐性が周りの兵士達に悪い影響を与えていると報告が出ている。
ハインリヒ「あまり気は進まないが… 行くか、視察に…」
管理職として、前線の兵士達を労い、改善すべき点を見つけるのもまた仕事だ
それに… 私自身の眼で間近で見てみたくなったのだ
稀代の怪物、その姿を。
………
……
…
同年 10月28日 ポーランド中央部 指揮所
ドイツを出て数時間、ガタガタと揺れる車に乗りながらハインリヒはポーランド中央にある大隊指揮所に向っていた
道中、アインザッツグルッぺと思わしき部隊が残党を処刑しているのを見たが、練度不足なのか銃の使い方が覚束無く、死体は穴だらけになっていた
見たところまだ若い、戦場に慣れていない面持ちの兵士…
撃ち終わった後に彼が見せた悲しげな顔が印象に残っている
ハインリヒ「(弾の無駄だな… あれでは余りにも酷過ぎる。)」
だが、これは『戦争』だ
卑劣だろうがなんだろうが
殺らなければこちらが殺られる
戦争に優しさは… 心は無用だ
ただ無心で、国の為に、敵を討つその力があればいい
……ともすれば、ある意味マイゼンブークはその完成系かもしれんが……
タリスマン「到着しました。」
帽子を深く被り、惨たらしい現実に息を潜めていると
運転手兼大隊指揮官補佐のタリスマンが後部座席のドアを開けた
ハインリヒ「──────うッ……」
まず感じたのは、その強烈な臭い
血と硝煙と、機械油と…… 肉の焼ける臭いだ
侵攻するスピードが早過ぎて死体処理が滞っていたのか、大隊指揮所にもかかわらず近場の適当な場所に掘られた穴に、先程見たような銃創だらけの死体が無造作に放られ、焼かれていた
タリスマン「…今はどこもこのような状態です、死体の処理が追い付いていないのであぁして焼いて自然に灰になるのを待っているのが現状です。」
ハインリヒ「…ッ…近いうちに…銃殺以外の処刑方法を用意しよう…… ところで…報告書に書かれていた例の特別行動部隊の男だが……」
煌びやかな刺繍が施されたハンカチで口元を覆うハインリヒ
燃える死体から目を逸らし、タリスマンに視察に来た目的を告げる
タリスマン「………フリッツ・マイゼンブーク…ですか… 彼なら今日は任務を終えて待機しているはずです。 宿舎に居ろと命令しても、いつもあのビルの中にいるので今日も恐らくは……」
するとタリスマンは呆れたような顔で宿舎から200m先にある廃ビルを指さした
どうやら彼は部隊から離れ、孤立しているらしい
…まぁ噂通りの狂人なら集団の中にいるよりは周りに影響が無くていいかもしれんが、ここは戦場だ
無意味な単独行動は死に直結する
ハインリヒ「わかった、私は少し彼と話をしてくる。 10分… いや、20分程度で戻って来る。 何かあったらすぐに伝令を寄越してくれ。」
タリスマン「Jawohl」
カッと踵を鳴らして敬礼するタリスマン
不安気な顔で、1人で廃ビルに向かうハインリヒの背中を見送った
第21話 【死を食む者 】 完




