【最高の失敗作】
ベルリン 指揮本部
カリカリ カリカリ…
バサッ…
ニルギリ「報告致します。 ジーク・ノインシュタット率いる先遣部隊は壊滅、現在救援部隊が会敵、戦闘を開始した模様です。」
ハインリヒ「…やはり抵抗したか、マイゼンブークめ… Panther部隊を破ったとなると、出てきたのは例のTigerだな? 救援部隊はアレに勝てるのか?」
机に積まれた書類にサラサラとサインを書きながら
ハインリヒはニルギリに問う
手練のPantherを3両もってしても倒せなかったTigerを打ち破るのは容易ではない
先程の会議で彼の存在について話そうかと思ったが、それ以上に上は新型兵器と反攻作戦にご執心のようだ
…どの道、マイゼンブークを越えなければ積荷の回収は難しいだろう
黙って積荷を渡せばよかったものを…
ニルギリ「救援部隊には第654戦車駆逐大隊より借用したJagdpanther5両ならびに回収車両を派遣致しました、先の戦闘で消耗したTigerなら撃破は容易いかと。」
ハインリヒ「ほう…あの駆逐戦車を出したか… だが………」
ニルギリの報告を聞くも、ハインリヒの表情は冴えない
まして眉間に皺が寄り、険しい面持ちに変わる
ニルギリ「………ご不満でしたか?」
Jagtpantherは優れた戦車だ
火力、装甲共にTigerを上回る性能がある
それを5両も投じて表情が険しくなるとはニルギリは思ってもいなかった
若手の腕利き、ジーク・ノインシュタットを主軸にしたPanther部隊と戦って無傷で済む訳が無い
とどめを刺すには充分過ぎる程の戦力だが…
ハインリヒ「不思議でならない、という顔だな。 …まぁいい、少し奴について話してやろう。 私が知る、フリッツ・マイゼンブークという男の話を────・・・」
時は遡り 1934年 6月30日 ミュンヘン
ジリリリリリリ…ッ
ガチャ
ハインリヒ「はい… …はい… 了解です。 それではその様に… あとの指揮は現場のディートリッヒ中将に引き継ぎます。 作戦の成功を…祈ってます。」
突如鳴り響いた電話をハインリヒは神妙な面持ちで取り
また、その向こうから聞こえる低い声を聞き、そっと電話を置いた
…遂に始まるのか…
いや、元々は我々が裏で手引きした作戦だが
いざその時になるとどうにも動悸が止まらない
しかしこれも我が国の為…………
さらばだ… SA(突撃隊)の諸君……………
1934年 6月30日…
この日、ドイツ国内を揺るがす大きな事件が起きた
当時のナチ党が突撃隊を相手に仕掛けた非合法の殺害事件
期間こそ7月2日までの極短期間とはいえ、死者数は77人から120人近くの人間が『粛清』されたこの作戦は……
Nacht der langen Messer
【長いナイフの夜】
そう呼ばれている
元は肥大化した突撃隊の反乱によって国内基盤が揺らぎ、その力に怯えた大統領という象徴が形骸化するのを恐れた親衛隊側が捏造した大規模な粛清作戦だ
…つまるところ、邪魔者を始末する為にもっともらしい理由を付けて行うただの虐殺なのだが
この作戦が成功すれば閣下の地位は揺るがないものとなる、大袈裟なくらいの戦力を投じ、今夜我々は歴史を変える
ハインリヒ「…SiegHeil」
カツン……ッ
もう後戻りは出来ない
ドイツはこの後、修羅の道を歩む事になる
たとえ、世界の全てを敵に回しても
その決意と覚悟を噛み締めながら、ハインリヒはチェス盤の駒をキングの喉元に突き付けた
・・・
・・
・
ミュンヘン
シュターデルハイム刑務所
悲鳴と怒号が、耳を劈く
手に持った拳銃が今日は酷く重たく感じる
身内の処刑ほど、気が進まないものは無い
敵ならともかく、同じドイツの者を撃つ事など私には到底出来ない
【Leibstandarte SS AdolfHitler】の部隊を指揮する者として、本来なら先頭に立ちその責務を果たさなければならないのだが………
ディートリッヒ「…………………………」
ヨシアス「…中将、処刑の準備が整いました。 閣下も報告を待っています。 …心苦しいでしょうが、ここは、どうか…」
壁に寄り掛かり、項垂れるディートリッヒに部下のヨシアスが刑の執行を促す
既に刑務所の中から閣下が送ってきた処刑リストに書かれた突撃隊の面々が引き摺り出され、刑場に連れて行かれている
…出来れば殺したくは無い、傲慢かもしれんが「その線」を越えたら自分がどうしようもなく恐ろしいモノになってしまいそうで、怯んでしまう
ヨシアス「…中将…」
ディートリッヒ「……わかった、刑を開始しよう…… ……なぁヨシアス、不謹慎だが、私はこういう時に「彼」が居てくれたら…と思ってしまうのだ。 どうにも私は…身内の処刑が苦手でな…」
ジャキンッ
苦笑いしながらディートリッヒは手に持ったP08拳銃のスライドを引き、弾を薬室に送り込んだ
友人、とまではいかないが、今から撃つ相手の中には知った顔もいる
普通の人間なら臆してしまう場面だが、そういう部分を全くものともせずに嬉嬉として他人を殺せる男をディートリッヒは知っている
ヨシアス「…彼…とは?」
ディートリッヒ「君も名前くらい知っているだろう… フリッツ・マイゼンブークだ… 彼ならこんな状況でも怯むこと無く引金を引けるだろうと思ってな…」
ヨシアス「あぁ… 彼ですか… 確かにあの化け物なら、喜んで皆殺しにするでしょうね… 確か今回の作戦にも参加していると聞いていますが?」
表情が強ばるディートリッヒから出てきたのは
まだTigerに、北部基地の面々と出逢う前の彼の名だった
ディートリッヒ「彼はいまダッハウで別働隊として動いている、ミュンヘンで誘拐した裏切り者の処刑をハインリヒ長官より任されているらしい。 上層部は彼の働きにただならぬ期待をしているらしいからな。」
ヨシアス「…私にはただの人殺しにしか見えませんがね。」
ディートリッヒ「………私もそう思うよ………」
大きく溜め息をつき
浮かない顔の2人は刑場に向って歩き出した
その頃、件の男は──…
………
……
…
同時刻 ミュンヘンから北西に15kmの街 ダッハウ
ブンッ…
ダガンッ!!
バズッ… ブチィッ
ダゴンッ ダゴンッ
ビチッ ビチャッ
ガンッ!!
パキパキッ ゴンッ
小さな小屋の中で、乾いた枝が割れるような音と
何か液体が飛び散る音が辺りに響き渡る
小屋を囲うように武装した兵士達がいるが
皆一様に耳を塞ぐか、煙草を吸ったりして我関せずな空気を醸し出している
それを尻目に、枝を叩き割るような音は一層激しさを増す
ダガンッ ダゴッ!
ガンッ ガンッ バキッ ペキィッ ミヂ…ッ
ガゴンッ ガゴンッ ガッゴッゴッガンッ!!!
………ゴト…ッ
ギィイ………ッ
そして不意に、小屋の扉がゆっくりと開き
兵士達が一斉に身構え、空気が張り詰める
ズルズル…
ドチャッ
ベチャッ
薄暗い小屋から転がって来たのは、立派な髭を貯えた男の…
────頭部
次いで脚、肩から肘、膝から下………
バラバラにされた人のパーツが、次々と放り出されてくる
まるでB級ホラー映画のワンシーンのような光景に耐え切れず悲鳴をあげ、嘔吐する兵士達がいるなか、小屋の中から「彼」が現れた
フリッツ「……………………………………」
血塗れになった斧を片手に持ち
一切表情を変えずに死体の一部を引き摺るのは
まだ何処と無く幼さの残る面持ちの親衛隊兵士
フリッツ・マイゼンブーク、
この時18歳である
クライン「……! マイゼンブーク…ッ! 誰がそこまで切り刻めと言ったッ!! 情報は聞き出せたのか!? そいつは重要参考人だと言わなかったか!?」
フリッツ「…こいつは大して情報を持ってませんでした。 そのくせ口を開けば「助けてくれ〜」と五月蝿かったので、なので、まぁ…殺しました。 別にいいでしょ。」
ぽい
ビチャッ
そう言うと、フリッツは手に持った死体の一部(恐らく肘から上)を連隊長クラインの足元に放り投げる
余りにも不遜な態度のフリッツを見たクラインの表情はみるみるうちに怒りの顔に変わってゆく
強い足取りでフリッツに詰め寄り、彼の胸元を掴み、吠える
クライン「何ッ回言えば分かるんだッ!! 貴様がやっているのはただの虐殺だッ!! 閣下が「奴から情報を聞き出せ」と仰ったのを知らないとは言わせんぞッ!! 貴様がやった事は隠蔽工作とも取れる行為だ、この事は上に報告するからなッ!!」
フリッツ「構いませんよ。 ただ、報告書には私が殺した敵の数も一緒に記載して下さい。一応れっきとした戦果と、記録でしょうから。」
作戦に於ける重要参考人からろくな情報も獲られずに
ただ切り刻み、嬲り殺したなんて報告すれば軍法会議は免れない
下手すれば共謀の為に隠蔽工作を図ったとも取れる
最低でも牢にぶち込まれる、最悪の場合処刑も考えられるのに
フリッツはぴくりとも表情を変えやしない
クライン「…出来れば聞きたくもないが…! 貴様…何人、殺した…!?」
フリッツ「32人です。」
クライン「……さん…じゅ……ッ……ッ!?」
口から出た言葉に、空気が固まる
サラッと言われた「32人」という数に、背筋が凍った
多くても10人程度だとタカをくくっていたらまさかの32人ときた、この男はたった1人で、それだけの人間を殺害したのだ
フリッツ「…もういいですか? 死体の処理と、次の行動に移りたいのですが。」
呆然と立ち尽くすクラインを他所目に
がしがしと足で死体の頭を踏みしだくフリッツ
表情には出ていないが、イラついているのだろう
失念していたが、コイツはそういう人間だった
感情も無く、命令とあらば簡単に人を殺す
誇りも道徳も何も無い、ただの殺人者…
軍からすればこれ以上に使いやすい『兵器』はあるまい…
だが、コイツはどう見ても『人間』として致命的な欠陥を抱えている
いずれコイツを操れなくなった時、我々は────……
クライン「────欠陥品め…ッ!!」
淡々と沼に死体を捨てるフリッツを横目に
クラインは踵を返した
第20部 【最高の失敗作 】 完




