表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/43

【虎と花】

1944年 8月29日

ドイツ領北方防衛線 ソ連軍キャンプ


ヘルマン「…よぉ隊長、敵は見えたか?」


ザザッという無線のノイズが耳をくすぐる

聞き慣れた部下の声が高鳴る鼓動を落ち着かせる


フリッツ「…あぁ、バッチリ視認した。 T‐34後期型が2両に…歩兵がざっと20人くらいってとこだ。」


双眼鏡越しに、無造作に停車した戦車とその真ん中で焚き火を囲む敵兵士の姿が見える

連中め、随分余裕そうじゃないかと小さく舌打ちをかました


バルド「そいつぁいい。 今夜は連中とたっぷりコサックしてウォッカで乾杯だな。」


また無線が鳴り、部下の軽口が聞こえた

我が部下ながらこいつも余裕か…と内心呆れる

とにかく必要な情報を得た


これで疎ましい偵察作業は済んだ

作戦通り今夜、オレ達は奴らを掃討する


フリッツ「総員、対戦車戦闘用意。 バルドは徹甲弾を装填しとけ。 オリバー、最初の目標は手前のT‐34、距離は800yardだ。」


バルド「了解、徹甲弾装填よーし。」

オリバー「距離800… OK、捕捉した。」


キューポラから半身を乗り出し、呼吸を整える

弾は装填済み、砲も奴らを捉えた


初弾を撃ったら即座に第2射、戦車を潰し次第制圧戦に移行する


フリッツ「…準備はいいか? はじめるぞ。」


プランは固まった

あとはいつも通りやるだけだ


フリッツ「Arger(エルガー)隊!! 作戦開始だッ!! ぶちかましてやれッ!!」

オリバー「Feuer(ファイヤ)ッ!!!!」




ーーーーーー・・・・・・・・・ゴォンッ!!

・・・・・

・・・

・・



ソ連兵A「今日は大勝利だったな同士!! 独軍はもはや虫の息だ、夜が明けたら一気に制圧してやろう!」

ソ連兵B「そうとも同士よ!! だが今は大勝を祝い呑もう!」


焚き火を囲み酒をあおる

今日の戦果を喜び、明日の英気を養うソ連兵達

なにやら今日は素晴らしい戦果を挙げたらしい


だが

油断は禁物


ここは敵陣

そして戦場


ほんの気の緩みが、命を奪うーーーッ!!



ーーー・・・・・ゴガンッ!!!! ボンッ


Pantherから放たれた徹甲弾は空を切り裂き、敵のT‐34戦車を貫いた

Pantherに装備されている主砲は距離800yard(約730m)ならいかなる方向からでもT‐34を貫通、撃破できる代物だ

その高い命中精度と貫通力があれば、停車中の戦車に当てることなど造作もない


ソ連兵C「〜〜なッ!? て…敵襲…ッ!!!?」

ソ連指揮官「せ…戦車がッ!! と、搭乗員は早く乗車しろぉ!! 対戦車戦闘を急がせろッ!! 早くッ!!」


ソ連戦車長「全員早く乗れッ!! 歩兵は先行して敵の足止めしてこい!! くそっ…操縦士はどうした!! 早くしろッ」

ソ連戦車兵「車長駄目ですッ 見つかりませんッ!! こうなったら停車した状態で応戦しましょう!!」


楽しげな勝利の宴が一瞬で戦場に引き戻される

キューポラや砲身から火を吹くT‐34が焚き火代わりにキャンプを煌々と照らし出す


弾け飛んだ装甲の破片に当たった者

漏れた燃料に焼かれる者

事態が飲み込めず立ち尽くす者


700m離れた場所からでも、それらはよく見えた


フリッツ「よーし、連中が置物に乗ったぞ!! バルド、第2射徹甲弾!! オリバー、角度そのまま砲塔左10時方向!!」

バルド「…おーし、徹甲弾装填完了!! いつでもOKだ!」


オリバー「よし…Feuerッ!!!!」


ーー・・ゴォンッ!!!! ヒュォッ… …ボンッッ!!!!


再びPantherの主砲が唸りをあげる

放たれた徹甲弾は寸分の狂いなくT‐34の正面装甲を貫通した


おおかた弾薬庫に被弾したのかT‐34は爆音と共に炸裂し、砲塔が空高く舞い上がる

ああなったのなら…車内の搭乗員は全滅だろう


フリッツ「敵戦車の撃破を確認、続けて対歩兵戦闘用意!! 次弾は榴弾装填して待機。 アルノルト!! 全速前進、目標敵陣地ッ!!」


アルノルト「了解!! Panzer vor(戦車前進)!!」


ガゴンッとギアの噛む音と共にエンジンが回り始める

戦車が無くなった以上、次は対戦車武器を持って肉薄してくる歩兵が相手になるが彼らにとってそれらは文字通り『敵じゃない』


現在フリッツ達が乗っている戦車、5号戦車パンター(豹)は『第二次世界大戦最良の中戦車』と呼ばれている傑作戦車だ

高い攻撃力に硬い装甲、おおよそ戦車に必要な要素が高いレベルで纏まっている


唯一の難点と言えば…部品が壊れやすい事だろうか


フリッツ「バルド! オリバー! 砲弾は榴弾に絞ってテントや指揮所を破壊しろ! エッケハルトは歩兵を撃て、戦車に近付かせるな!!」


バルド&オリバー&エッケハルト「Verstanden(了解)!!」


兎にも角にも敵陣は目の前

偵察時に確認出来たのは20人近く、そのうち既に半数は倒したハズだ

多少強引に進んでも大丈夫だとは思うが…


今回の作戦において最大の目標は敵の殲滅ではなく「捕虜の救出」だ、本来今日、うちのキャンプに来る予定だった兵士達が乗っていた輸送トラックが襲撃され消息を絶っていた

現場には射殺された運転手と、抵抗を試みた兵士の死体が転がっていたが予定より明らかに数が少なかった

奴らの残した履帯の跡から推測して連中のキャンプを襲い、殲滅ついでに…いや救出ついでに殲滅する作戦だ


フリッツ「敵を見つけたら即座に撃て!! 攻撃開始ッ!!」


フリッツの合図と共にPantherに搭載されたあらゆる火器が一斉に火を噴いた


長砲身から放たれた榴弾が宿舎を木端微塵に吹き飛ばし

恐怖で考えるのを止め、デタラメにライフルを撃ちながら突っ込んでくる兵士達をエッケハルトの機銃が次々と仕留めていく


それでもなお冷静に対戦車武器を持ち、決死の一撃を狙う者達を

フリッツがMG42機関銃(通称ヒトラーの電動鋸)でことごとく薙ぎ払う


そうしてものの数分後には立ち向かってくる敵は1人もいなくなっていた


フリッツ「…よし、攻撃止めッ! 今から捕虜の詮索と救出を行う、アルノルトはオレについて来い。 他は戦車周囲の警戒とこちらの援護を頼む。 バルド、オレの代わりに銃座に入れ、あまり無駄撃ちするなよ。」


アルノルト「了解ですッ」

バルド「あー、約束は出来ねぇ。 オレみてぇな下っ端がMGを撃つなんて機会は早々ねぇからな。 よーし、ありったけ撃ち込んでやらぁ!」カランッ


バルドはうきうきしながら銃座に着き、連射で焼き付いたMG42の銃身を慣れた手つきで交換した

まったくコイツは…とフリッツは頭を抱える

この調子でいけばバルドは本当に戦場でコサックダンスを踊りかねない、さっさと捕虜を救出して帰ろう…

そんな気にすらなってしまった


フリッツ「行くぞアルノルト、あぁ…待て待て… 持っていくならKar98kじゃなくてMP40にしとけ。」

アルノルト「はいッ 了解ですッ」


威勢のいい返事と共に、フリッツ達は燃える敵陣に歩を進めた


・・・・

・・・

・・


ソ連軍キャンプ 戦闘指揮所


…陣地に踏み入るなり異臭が鼻を貫いた

焦げ臭い、というよりもっと異質な…本能的に気分を害する臭いだ

爆ぜた火薬と硝煙、飛び散った燃料が『人間』を焼く臭い…

吹き抜けた風に乗って、死体の脂が皮膚に纏わりつく感覚


アルノルト「うっ……ぐっ…ぅぷ」

フリッツ「…無理するなアルノルト。 少し休んでろ、だが周囲の警戒だけは怠るなよ。 何かあったら無線を使え、万が一の時はPantherに援護を要請しろ。 オレはあっちのテントを見てくる。」


敵陣地を詮索し始めて10分程度経ったあたりでアルノルトが体調を崩した

やはりこの臭いと惨状を直視すれば並の…いや、普通の人間なら気分を悪くしてもなんらおかしくはない


アルノルト「…申し訳…ないです… すぐ行きますので…」

フリッツ「わかった、先に行くぞ。」


そしてちょうどこの場所は指揮所だったらしい

上級士官の服に身を包んだソ連兵「だったモノ」がこの周囲の地図を広げた机に伏したままピクリとも動かない


フリッツ「…」 パンッパンッ …ドガッ!


死んでるだろうが、念のため銃弾を2発撃ち込んで、おまけに(私怨で)横っ腹に蹴りをぶち込んでからフリッツは先に進んだ

「くそったれめ」といった表情で


・・・

・・


ソ連軍 テント(捕虜収容所)


足音は静かに、姿勢を低く保ちながらくたびれたオリーブ色のテントに近付いてゆく

大体の場合、捕虜は野晒しかキャンプの端に追いやられるのが殆どだ

もっと大きな陣地だと拷問されたりなんだりで悲鳴や呻き声があがるからわかりやすいのだが今回は小さい部隊の野営陣地…

確実に判断する手立てが無いのはやはり恐ろしいものだ


フリッツ「(頼むから、死体のままでいてくれよ…)」


足元に転がっているソ連兵の死体を蹴飛ばし、安全を確認する

戦場で死亡確認を怠って殺された味方を何人も見てきた

「敵は死んでいても殺せ」とはよく言ったものだ


…そして耳を澄ますと、テントの中から人の声がした


しかもドイツ語じゃない…敵か…?

グッとMP40を握る手に力が入る


だがよく聞くとロシア語でもない

あまり聞き覚えのない言葉だ…


それにこれは女のーーー・・・


フリッツ「ーーー・・・歌ってる…のか?」




地獄のような戦場で聴こえたその歌に

フリッツは我を忘れた

いや、心を奪われたと言ってもいい


詞の意味もわからないその歌に、彼女の声に、どうしようもなく安らぎを覚えている自分がいる


もはや何の疑いもなく、フリッツはテントに入った



フリッツ「…ッ!!!!」



テントの中は…形容し難い状態だった

捕まっていた味方の兵士は隠し持っていたナイフや小型拳銃でお互いを…ないしは自らの命を絶っていた


喉笛を掻っ切った者、拳銃で頭を撃ち抜いた者

それらの血や、肉がテントの中を赤黒く染めている



そんな地獄に、彼女は居た



恐らく最初は純白だったであろうワンピースを朱に染めて



彼女はただ独りで、歌を紡いでいる



フリッツ「…………!」



フリッツは銃を捨て、足早に彼女のもとに駆け寄った

古強者達が生きるのを諦めた状況で

ただ彼女だけは生きていた


澄んだ声で歌う彼女を、フリッツは力一杯抱き締める

彼女は少し驚いたように歌を止め、見知らぬ彼を抱き返した


フリッツ「……オレの言葉が通じるかわからないが…そのまま聴いてくれ。」


訳も分からず涙が零れるフリッツは

彼女の眼を見つめ、告げた



フリッツ「あんたを、救いに来た。」




…これが彼らと彼女の出逢い

奇妙な巡り合わせの、幕開けだった





第2部『虎と花』 完


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ