【狩る者、狩られる者】
全てが終わり
静寂だけが、身体を包んだ
眼下で燃え盛る戦車も
投げ出され、憎しみの眼を向ける男も
全て、全てが真っ白な静寂だ
フリッツ「はは…ッ ははははッ…ッ ははははははははッ!!」
終わったのだ
何もかも
最期の敵も討ち、
オレは武器としての役目を果たした。
【Einsatzgruppen】の生き残りとして、
オレは立派に役目を果たした。
今日までありがとう神様、実に愉快で虚無な人生を与えてくれて。
フリッツ「………終わりだ、全部…………」
ジーク「……ッ!!……ッ…ッ!! ………ッ!!!!」
ヂャキッ…
静かに、静かに腰に携えたMauser拳銃を抜き、
ゆっくりと銃口をこめかみに当てる。
地面で這う男が手を伸ばして何かを叫んでいるが、
それすら、もうフリッツには届かない。
全ての贖罪と救済を、この弾丸に込めて
フリッツは引き金を引く────…
ヒュ……ッ
─────────────…カキュンッ!!!!
バキィイィンッッ!! バラバラ………ッ
フリッツ「…ッ…ッ!!!!? く…ぁ"…ッ!?」
撃鉄が落ちるまであとほんの数mmまで達した所で、突如フリッツの手に握られていたMauser拳銃が粉々に砕け散った。
衝撃で砕けた木製のグリップ部が手の中で弾け、真っ赤な血が流れる。
暴発…
では無い。
まだ引き金を引き切る前、撃鉄が落ちる前に手の中で炸裂した。
一瞬、耳元で聞こえた風切り音が全てを物語っていた。
あれは聞き馴染みのある、弾丸の擦過音…
フリッツ「……狙撃……か? まぁ…いい… この際誰でもいい… はやくオレを殺してくれ… オレはここにいるぞ…!撃て…ッ 早く撃てッ!次は外してくれるなよ…ッ!!」
金属片や木片が刺さり使い物にならなくなった右手をダラリと下げながらフリッツは狙撃手がいるであろう後方に身体を向ける。
自殺用の拳銃も砕かれ、右手も潰された
もうTigerで戦う気力も失せている
…だが狙撃手がいるならそれはそれで都合がいい
今や自身の思考の全ては「自らの死」に傾倒していた
いっそこのまま失血死してもいいが
自分のような人間は、誰かに殺されるのがお似合いだ、とまで思うほど心が蝕まれていた
しかし、
振り返った先に居たのは狙撃手などではなく
おどろおどろしい姿で迎えに来た死神でもなく
真っ白なワンピースを着た
1人の少女だった。
フリッツ「────────ハナ…?」
離れていても、すぐに彼女だと分かった
何故か彼女はPantherの車長座に着き、
何故かKar98k騎兵銃をこちらに向けている。
ただでさえ正常じゃない頭が、更に混乱する
不意に、心臓がバクバクと動き出す
もう二度と…会うことは無いと思っていたのに…
あぁ………
畜生………
フリッツ「…どうして…… 君が………」
ハナの姿を見た途端、捨てた筈の未練が涙と共に溢れ出す
そんな事を思える人間じゃないクセに、その価値も無い人間のクセに
この期に及んでまだ「生きたい」と、そう、願ってしまった
………
……
…
Panther 車内
バルド「す…ッすげぇえええ!!! この距離で拳銃を撃ち抜きやがったッ!! おい、オリバー見たかよ、ハナちゃんすげぇぞッ!!」
オリバー「流石に嘘だろ…!?暴発か何かじゃねぇか?! いや…それよりも今は隊長の確保が先だ。 第8騎兵師団のPantherがやられてるウチにさっさと確保して基地に戻るぞ…ッ」
アルノルト「すごい…ッ なんて狙撃の腕だ…ッ!」
ヘルマン「…基地の親衛隊連中も全員捕まえたらしい、まさか…本当に成功するとはな…… というよりは本当に1人で武装親衛隊を蹴散らした隊長がおかしいのか…」
一方その頃、フリッツを迎えに来たバルド達はPantherの車内で沸き立っていた
850yard(約780m)の距離からアイアンサイトで、しかも揺れる車内から拳銃だけを狙撃するという人離れした技を見せたハナの腕に、そして1人で第8騎兵師団を退けたフリッツに驚嘆の意が隠せずにいた
ハナ「アルノルトさん、このまま真っ直ぐ彼の戦車の傍までお願いします。」
アルノルト「Jawohl!」
チャキーンッ
カラン カラン
ハナ「バルドさん、銃をお返しします。 ありがとうございました。」
バルド「いい射撃だったぜ。 惚れ惚れしちまった。」
突き進むPantherに揺られながらハナはKar98kから薬莢を弾き出す
自決用の拳銃を破壊したので、もう撃たないのか
安全装置を掛けてKar98kをバルドに手渡した
ハナ「もうすぐ行きます… 待ってて…フリッツさん…」
キューポラから身を乗り出して、ぽつりと呟く
Tigerまで残り600yard(約550m)
泥を跳ねながら、Pantherは進んでゆく
…とはいえ斯く言うハナも、フリッツをなんとか出来る方法など考えていない
ただ純粋に「救いたい」という気持ちだけで、ここに来た
…もしかしたらこのままTigerに撃たれるかもしれない
備え付けの機関銃で撃たれるかもしれない
手を伸ばしても、阻まれるかもしれない
フリッツに近付くにつれて、不安がどんどん増していく
けど、それと同時に、どうしようもなく溢れ出るこの感情は………
────紛れもなく『愛情』だった
………
……
…
アルノルト「…間もなく到着しますッ!! 以降の指示をッ!!」
ハナ「私が降りて直接フリッツさんと話します、バルドさんとヘルマンさんは近くで倒れている彼を助けてあげてください。 アルノルトさんとオリバーさんは待機と警戒をお願いします。」
一同「Jawohlッ!!」
ドルンッ ドルンッ
ドドドドドドドドッ…!!
煙をあげてPantherは更に加速する
Tigerまであと80yard(約75m)
あともうひと息という時に、事件は起きた
────────………ヒュボッ…!!!!!!
ッ…ドオォン!!!!!!
バラバラ…ッッ
ハナ「きゃああああああッ!!?」
バルド「うおあああッ!? なんだッ!? 地雷かッ!!? ヘルマン、状況はッ!?!!」
TigerとPantherを遮るように
高速で撃ち出された何かが地面を抉り、爆発する
それは地雷などではなく、彼らがよく知っているモノだった
オリバー「…アレは榴弾かッ!!!! いったい誰が…ッ!!」
ヘルマン「…ッ 畜生、間に合っちまったか…ッ!! …恐らく敵の増援だッ!!!! バルド、対戦車戦闘用意ッ!! オレが索敵と目標指示を出す、頼んだぞッ!!」
撃ち込まれたのは確かに榴弾だ
しかも初弾にしてはかなり距離が近い
次弾で修正されたら直撃の可能性もある
相当な手練が乗っているのは明らかだ
今度はヘルマンがキューポラから顔を出し、双眼鏡で発砲煙があがっている場所を見る
ヘルマン「────…敵戦車発見ッ!! …くそ…ッ!! Jagdpantherを5両確認ッッ!!!!!! 距離1000yard(約915m)ッ!!!! 奴ら最新型の駆逐戦車を持って来やがったッッ!!!!」
現れたのは
同1944年初期に造られた『駆逐戦車』
Panther、Tigerと並ぶドイツ軍の傑作機
Jagdpantherと呼ばれるそれは
Tigerを超える火力と防御力を持つ恐るべき戦車だ
それを駆るはベルリン、ハインリヒから派遣されたジークの救援部隊
決着は未だ着かず
生死の天秤がグラグラと揺れ始める
ハナ「………フリッツさん………ッ!!」
第19部 【狩る者、狩られる者】 完




