【光と影】
北部キャンプ 医療テント
あんなに降った雨もすっかりあがって
陽射しが濡れた地面を照らしている
運が良ければ虹も見れそうな天気だ
…けど、耳に届くのは小鳥の囀りじゃなくて、戦いの音
遠くで、あの人が戦っている音
時折響く、命が散る音
悲しい…
悲しい音……
あの人が最期に見せた顔が、どうしても忘れられない
何もかも諦めたような、何もかも捨て去ってしまったような切ない顔が、頭から離れない。
「さようなら」なんて、言って欲しくなかった
あなたは気付いてないでしょうけど…
私は… うん… フリッツさん、あなたが好きです。
あの日、死を覚悟していた私を強く抱き締めてくれたあなたが好き。
あの日、私の歌を、声を好きだと言ってくれたあなたが好き。
ねぇ… フリッツさん…?
私、こんなにあなたが好きなんです。
あなたに死んでほしくないんです…
どうしようもなく、生きていて欲しいんです…
故郷の幼馴染み達は、6月にサイパンで皆逝ってしまった。
出征前に、わたしを「好きだ」と言ってくれた友人は、程なくして小指の骨だけが帰ってきた。
あの時すぐに返事を伝えていたら、運命は変わったかもしれない。
わたしも、「この仕事」が終われば…もはや用は無くなる…
だけど…それでも…せめて恋だけは…
この気持ちだけは、伝えておかなくちゃいけない。
私は、もう、誰も失いたくない…
ただ黙って見送るだけなんて、もう嫌だ。
ハナ「────…行こう…ッ!!」
強い意思を胸に、ハナは包帯を外し
力強い足取りで医療テントを飛び出した
フリッツさんが私を助けたように
今度は、私がフリッツさんを救ってみせる…!
しかしそんな決意を挫くように、テントを出てすぐ、最初の壁がハナを襲った。
それは…………
ハナ「(……ッ!! 眩しい…ッ!!)」
曇り空を断つ、太陽の光…
燦々と輝くそれが容赦なくハナの眼に突き刺さる
回復したとはいえ日中の陽の光にはまだ耐性がない、久しぶりに目に入る明るい世界は想像を超える負担を与えた。
ハナ「(…い…痛い…ッ 眼を開けてられない…ッ)」
あまりの刺激に眼を普通に開けていられない
何度も何度も瞬きをするうちに、自然と涙が溢れる
周りにいる兵士が何事かとうろたえる中、最初にハナが向った先は………
北部キャンプ 整備場
ジジジジジ…ッ ジジッ ……
アンスヘルム「………止めだ、今日はもう全員休め。 大した傷も損傷も無いPantherをイジってもしょうがねぇだろ。 片付けて指示を待ってろ。」
ガランとトーチを放り投げ、アンスヘルムがPantherの砲塔に寄り掛かる
本来最優先で直すべきTigerが出撃してしまったからどうにもやることが無い
おまけにそのTigerが今まさに近くで戦闘中ともなれば気が気じゃない
砲音は聞こえるわ、爆発音はするわで集中出来るわけもなく…
アンスヘルム「(うちの戦車乗り達は大慌てか… 『仲間』ならすぐに助けに出る気概くらい見せて欲しかったが… まぁこれもまた戦争…ってな。)」
どうにも納得がいかず、湿気った煙草に火をつける
つい最近まで共に死線を越えて来た仲間が、ある日突然ニセモノだったとして…
そいつが窮地になったらノータイムで助けに行くのが仲間ってもんじゃねえのか…?
所属や身分を隠してたって、それがどうしたってんだ… ニセモノだろうがなんだろうがアイツと過ごしてきた時間は間違いなくホンモノだったじゃねぇか。
アンスヘルム「だあああ、くそッ!! 落ち着かねぇ…ッ …あぁ畜生ッ!! 誰か助けに行かねぇのかッ!? バルドの野郎もオリバーの野郎も何を迷ってやがるッ!!」
イライラが募るアンスヘルム…
他の整備兵達が流れ弾(工具)に当たらないようヘルメットを深く被る中、
現れたのは、白いワンピースを着た少女
ハナ「……あの…ッ!! 整備の…アンスヘルムさん…ですよね…ッ!?」
ガンガンと踵をぶつけPantherに怒りをぶつけるアンスヘルムに、医療テントから走って来たハナが肩で息をしながら声をかける。
面識もないので一か八かだったが、フリッツやバルドと話をしているとよく名前が挙がる「北部哨戒基地で1番ガラの悪い整備兵 アンスヘルム」というのは恐らくこの人だ
戦車の上で煙草を吸いながら戦車を蹴る人なんてそうそういないだろう
アンスヘルム「…? おいおい、あんた確か怪我人の…!? 眼いいのかッ!? 医者の話だとまだ早いって聞いたぞ!? …じゃなくてあんた、こんな場所に何の用だ!?」
慌ててPantherから飛び降りてハナの元に駆け寄るアンスヘルム
軍医のエッケハルトが、まだ日中の外出は無理だと言っていたのになんだっていきなり整備場に現れたのか…
ハナ「ハァ…ッ ハァ……ッ あの……ッ あなたに……ッ お願いがあります……ッ!!」
アンスヘルム「お願い…ッ!? あ〜〜駄目駄目、勘弁してくれ、女の頼み事は断れない性分なんだ…!」
ハナ「だけど…!お願いします…ッ!! どうか私に…ッ 私に…その戦車を貸してくださいッ!!!!」
息を切らしながらハナが指さすのは、先程まで整備されていたほぼ無傷のPantherだった。
あまりに衝撃的なお願いに、アンスヘルムの思考が一瞬停止するが、
だがすぐに理解し、首を横に振る。
アンスヘルム「……戦車を……!? まさか…Pantherを貸せってのかッ!? いやいや、待て待てお嬢さん、さすがのオレもそれは無理だ。 こいつはただの車じゃねぇ、戦車…兵器なんだ。 お嬢さんがお買い物のドライブに使うようなモノじゃないんだ。」
ハナ「…お願いします…ッ!! はやく行かなきゃ… あの人が…死んじゃう……ッ」
アンスヘルム「…?! あの人…って… フリッツの事か…? アンタまさか助けに行くつもりか?Pantherを使って!?」
コクコクと頷きながら力強く作業服の胸元を握ってくるハナは、微かに涙声だった。
整備場まで全力で走って来たのだろう、未だに肩で息をする少女の「願い」は、今もなおたった独りで戦い続けているフリッツを助けに行きたい…というモノだ。
その為にPantherを?
こんな少女が?
…参ったな… そんな真っ直ぐな眼で見られたら断れねぇじゃねぇか…
相変わらずオレは……
あぁ、女の涙と頼み事には弱いな…
───────だがこの娘の覚悟、気に入ったッ…!!
アンスヘルム「……わかった、だがすぐには動けねぇ。 10分でいい、時間をくれ! お嬢さんはその間に搭乗員の奴らを集めてくれ、奴らがいねぇとコイツはただの車になっちまうからな。」
ハナ「……!! ありがとう…!! ありがとうございますッ!!」
そう言って、ハナは踵を返して駆け出した
アンスヘルムはその背中を見送りながら、工具を手に取り、力強く叫んだ。
アンスヘルム「…聞いたか野郎どもッ!!!! 10分で仕上げるぞ、弾薬補充と機銃のチェック、各種機関、足回りに異常が無いか即時点検ッ!! エンジン始動ッ!! 急げッッ!!!!」
………
……
…
北部キャンプ 指揮所
その頃、指揮所では残された兵士達が何をする訳でもないが忙しなく動いていた。
ある者は銃を整備し、ある者は意味無く周辺の地図を広げたり…
武装親衛隊に怯えてテントの隅で手榴弾を抱えながら震える兵士もいる…
もう間もなく基地に武装親衛隊がやって来るなどと知れたら敬虔なドイツ兵なら誰だって落ち着けない、落ち着けるわけがない。
だが思考だけは止めまいと、この場をどうにかしよう藻掻く者もいる。
オリバー「奴らのPantherをどうするか… まずはそこからだな… 負傷してるなら迎え入れてアンスヘルムに整備を、エッケハルトに治療をしてもらうのが無難だが…」
バルド「アイツらの性格ならこっちから言わなくても命令してくるに決まってる。 負傷してるなら今がチャンスだ、待ち伏せてトドメを刺すべきだッ!!」
ヘルマン「馬鹿が、武装親衛隊に手を出せば更に大規模な部隊がここを狙ってくるぞ。 連中の任務の邪魔はせずに、大人しくしてるのが安全だ。」
そんな中、戦車隊の面々は指揮所でこれからの事を考えていた
戦うか、諦観か…
先程の爆発音で武装親衛隊の1両がフリッツに殺られたのは明らかだ
その前に装填手を殺られた別の車両がこの基地に向かっている、迎撃すればほぼ間違いなくコチラのPantherが有利… だが倒した後のリスクが大きい…
しかし迎え入れても何かしらのリスクは負う事になる…
アルノルト「…………隊長の援護は………できませんよね……?」
ボソッとアルノルトが言葉を零すと
周りの空気が急に張り詰めた
…確かに、選択肢としては「フリッツを援護する」手もある
だがそれは武装親衛隊への反逆を意味し、なおかつ自分達が死ぬリスクも負うし「あの状態の」フリッツを助ける必要性があるかと言われたら…正直、すぐに結論は出せない。
バルド「────……ちッ!」
オリバー「……お前の気持ちはわかるが、その選択はオレ達だけじゃなくこの基地にいる全員の生死に関わってくる。 ……オレだって出来ればそうしたいが…な。」
アルノルトの言葉に、固く拳を握るバルドとオリバー
本当は助けに行きたいが…それは出来ない
もどかしさに苛立ちを募らせるだけで、時間だけがイタズラに過ぎていく。
エッケハルト「(結局、間に合わなかったか… しかしこれを伝えてどうなる? 連中の狙いは本当に大尉の殺害なのか? どうにもタイミングが良すぎる、まさか狙いは……)」
張り詰めた空気の中で、エッケハルトは黙々と考える
ハナから聞いた話が本当なら「あの日ハナと共にソ連軍に捕まったのは第8SS騎兵師団の兵士」だ、馬に剣の徽章なら間違いない。
そしていま大尉と戦っているのも第8SS騎兵師団だ…
本当に「第1SS装甲師団から逃げた兵士の始末」ならもっと大規模な部隊で来るはずだ。
少なくとも、最初から始末する気で掛かればPanther3両でTigerを制圧するのは容易なハズなのに、何故堂々と街道を来たのか…
ヘルマンの無線傍受中に一瞬だが「輸送車両」と聴こえたのが空耳でなければ全ての疑問に納得がいく。
────つまり、彼らの本当の目的は────
エッケハルト「(まずい…ッ つまり奴らの狙いは…ッ!!)」
ヘルマン「!? どうしたエッケハルトッ!? おいッ!!」
全てを察したエッケハルトは額に汗を滲ませながら指揮所を飛び出した。
頭の中で全てのピースがピタリと埋まってしまった…!!
奴らはハナを迎えに来たに違いない!!
どうする… どうする…ッ!? どうする…ッ!!
安全な場所に匿えば隅々まで捜されるのは明白
歯向かわずに引き渡せばいいだろうが、本当にそれでいいのか!?
彼女の眼はまだ完全に治った訳じゃない、まだ陽の光には────…
エッケハルト「……え……ッッ!!!!?」
ハナ「ハァ… ハァ…! よかった… 皆さん…全員居て…くれて… お願いします…… 私の話を…聞いてください…ッ ハァ…」
バルド「あれは…ハナちゃんじゃねぇかッ!! おいおいどうした、泥塗れじゃねぇかッ!!」
目の前に現れたのは、その『彼女』だった
白いワンピースを泥跳ねで汚し、走ったせいか前髪が汗で額に貼り付いている
その姿が…妙に艶かしくて一瞬目を奪われたが、すぐ我に帰る
エッケハルト「ッ…ハナさんッ!? まだ日中は出歩いては駄目だと言ったじゃないですかッ!! 治りかけの眼にいきなり強い刺激を与えたら失明の可能性もあるのですよッ!?」
ハナ「────…それでもッ!! それでもッ…私はあの人を… フリッツさんを助けたいッ!! フリッツさんに生きてて欲しい…ッ!! …お願いです、皆さんの力を…私に貸してくださいッ!!」
息切れで紅潮した頬
泥塗れの服
息をするのも辛そうな彼女が放った言葉は力強く、
真っ直ぐに、兵士達の胸に突き刺さった。
…そうだ、何を悩んでいたのだ。
損得勘定じゃない、「助けたい」という気持ちがあればそれでよかったのだ
オリバー「─────…情けないな、19歳の娘に尻を叩かれるとは。」
バルド「がはははッ!! そうだな、ハナちゃんの言う通りだッ!! 何もリスクなんて関係ねぇ、その気持ちが一番大事だなッ!! …よーし、オレは行くぜッ!! てめぇらはどうするッ!?」
ハナの言葉に焚き付けられたバルドがバンッと机を叩くと、オリバーは笑顔で指の骨をポキポキと鳴らして応えた。
オリバー「勿論、オレは行く。 なぁに、増援が来たらそいつらも倒せばいいさ。」
アルノルト「…僕も行きます、行かせてくださいッ!」
ヘルマン「お…お前ら本気で言ってんのかッ!? 武装親衛隊にそんな事したら… …あぁもう、わかったよッ!!!! 行けばいいんだろ、行けばッ!!!!!!」
続いてアルノルト、(やけくそ気味に)ヘルマンも応え、再び戦車隊が立ち上がる
そしてそれを見計らったように、整備場からPantherがやって来た
アンスヘルム「最高の状態だ、いつでも行けるぞッ!!!!」
ドッドッドッドッドッドッ!!!!
ドルルンッ ドルンッ!!
砲塔側面に乗ったアンスヘルムの声に合わせてPantherが吠える
程よく温まったエンジンの音がビリビリと鼓膜を揺らす
役者も揃い、舞台は整った
歪んだ運命の歯車がカチリと噛み合い
フリッツ達を取り巻く物語は急激に加速する
第17部 【光と影】 完




