【かつて英雄と呼ばれた男】
北部キャンプより北西2km地点 丘稜部
ギギギギギギ…ッッッ
ズッズズ…ッ
重い身体を引き摺るように、
鋼鉄の虎が歩を進める。
雨で泥濘んだ地面にその足を捕られながらも、なんとか目的の射撃位置に辿り着いた。
フリッツ「ようやく着いたか… やれやれ、本当に重くなったなお前… まぁもう逃げる必要も隠れる必要も無い、最期くらい重戦車らしく戦おうじゃないか。」
見晴らしのいい丘に、Tigerがひとり、立つ。
この場所は四方に遮蔽物が無く、隠れる場所が無い。
1200yard(約1km)程度の視界はある、キャンプに向かう第8騎兵師団は必ず側面を晒した状態で道路を渡るからそこを稜線から狙う。
この相対距離であれば、L71の貫徹力なら充分戦える。
…だがまぁ、稜線と言っても精々1m程度の地面の隆起にしか過ぎない、だがこれでいい、車体下部さえ隠せてしまえばアンスヘルムに施させた増加装甲が活かせる。
これだけ重装甲なら真正面から小細工無しに撃ち合えるが、
Tigerの車体下部を貫かれると駆動系に手痛いダメージを負うハメになる、エンジンが燃えたら1発で死にかねない。
なるべく長く戦い、
なるべく多くの敵を殺す、
北部哨戒基地には近付けさせない。
フリッツ「地獄に付き合ってもらうぞ、フロリアン・ガイエルの諸君。」
ウィィィィ………ッッ
ガゴォォン……ッ
ゆっくりとTigerの88mm砲が丘の下を向き、稜線射撃の態勢になる。
71口径88mm砲の俯角は最大8°
限界まで俯角を取れば入射角がキツくなるし被弾面積も少なく済む。
フリッツ「─────…さぁ、来い…ッ!!」
ガポンッ
ガシャコンッ
慣れた手つきでフリッツが初弾を装填すると、
軽快な音を起て閉鎖機が閉じ、いつでも撃てる状態になった。
装填を終えたフリッツは砲手席に座りTZF9b照準機を覗きこみ、獲物の到来をジッと待つ。
ひとりきりの車内には、
エンジン音と雨の音だけが響いていた。
同刻 北部キャンプより西3km地点 街道
ドドドドドドドドドドドドッッ
バシャッ バシャシャ
泥を撥ねながら、3両のPantherが街道を駆け抜ける
砲塔側面に描かれた馬と剣の徽章…「騎兵」の隊列が北部キャンプに向って進んでいた
ジーク「こちら1号車、間もなく目的地だ。 報告にあった通り北部キャンプには試作のTigerが配備されてるらしい、警戒を怠るな。」
『2号車、了解。 こちらPanther2号車、輸送車両、前進しろ。』
『こちら3号車、1号車 了解。 しかし隊長、我々の本来の任務は目標物の回収でしょう? 仮にTigerがあったとしても所詮は試作品、Panther3両には敵いません、楽勝ですよ。』
ザザッと無線から隊員達の威勢のいい声が聞こえる。
数百人いるフロリアン・ガイエルの隊員から選び抜いた精鋭部隊だが、いかんせん慢心気味と言うか、気楽過ぎると言うか…
…だが事実、Panther3両ならTigerを倒す事は可能だ。
多少の損害は出るだろうが、側背面を取る事など造作もない。
…まぁそもそも無駄な戦闘なく、回収任務さえ無事に果たせれば一番いいのだ。
そう、このまま無事に────……
ザザ…ッ
ザザザ…ッ…
『…………………………』
ジーク「…無線…? こちら1号車、誰か通信したか?」
ザッ
閉じたハズの無線にノイズが走った。
混線したり、故障したりしていないなら誰かが無線を使い、こちらに通信をしている証拠だが…
『3号車、何も言ってませんよ。』
『2号車、同じく。 …いや…これは…? 待って下さい、確かに無線に反応が……何か聞こえます……何か…機械音のような────…』
ジーク「…まぁいい、間もなく到着するぞ。 全車、速度を維持しろ、森を抜けたら周囲を警戒し────…」
────────…………キュボッ!!!!!!!!
チュギィイィィンッッッ!!!!!!
ジーク「────…うッ…ぉッ!!!?」
不意に強い衝撃がジークの乗るPantherを襲う。
横からの一撃は防盾を抉り、そのまま地面に突き刺さった。
極近距離で「それ」を目撃した砲手のロイドの叫び声で、ジークは状況を理解する。
ロイド(Panther砲手)「…ッ…ッ!! 隊長、88mmだッ!! 例のTigerで間違いないッ!!! 方向からして3時か2時方向…ッ 斜めに撃ち下ろされた、敵は丘だッ!! 丘の上にいるぞッ!!!!」
ジーク「いきなり発砲だと…ッ!? 馬鹿なッ!!!! こちらの動きが読まれていたのかッ!? ……くそッ!! 交渉もクソもない、このまま戦闘に移るッ!! マイヤー、マルコッ!! 対戦車戦闘用意ッ!!!!」
ドッ ギャギギギギッ!!!!!!
ォオォン…ッ!!
喉頭マイクを押さえながらジークが叫ぶと、
タイムラグ無く僚機のPantherが隊列を戦闘態勢に変える
マイヤー(2号車/車長)『Jawohl、私が前に出ます。』
ジジッ
マルコ(3号車/車長)『観測射撃用意ッ!! マイヤーのケツにつけッ! 徹甲弾ッ!! Tigerは車体下部を狙えッ!!」
ザザザッ
ギャリギャリと泥と小石を飛ばしながらPanther2両が方向を変える。
敵の正確な位置が分からない限り闇雲には動けない、
こちらとの位置関係が良いのか悪いのか…明確なプランはそれから決める。
…いや…
それ以前に何故「奴」はこちらの動きを察知していた?
しかも進行ルートも完全に読まれていた、もう数秒タイミングがズレていたら横腹を撃ち抜かれていたかもしれない…
この一瞬で理解出来た事が、2つある。
1つはあのTigerに乗ってるのは相当手練の兵士達ということ。
そして2つ目───…
あのTigerは…こちらを殺す気満々ということだ…ッ!!
ジーク「やってくれたな…ッ!! どこの部隊の連中か知らないが我々第8SS騎兵師団に牙を剥いたこと、後悔させてやるぞッ!!」
ジジジ…ッ ジ…ッ
苛立ちが募るジークを尻目に再び無線にノイズが走る
観測が終わるには早過ぎる、まだ僚機は砲撃すらしていない。
ジーク「今度はなんだッ!?」
フリッツ『─────聞こえるか? こちらTiger、貴官らと相対している車両の車長を務めているフリッツ・マイゼンブークだ。 ようこそ、北部哨戒基地へ。』
ジーク「…ッ!? Tigerの車長だと!? ふざけるな、何故同国の貴様から攻撃されなければならないんだッ!! …フリッツ・マイゼンブークと言ったな、貴様の所属を言えッ!!」
驚いたことに、正体不明の無線の送り主はあのTigerの車長だった。
御丁寧に自己紹介と歓迎の挨拶までするその声と余裕さに一層腹が立つ…!
奴を戦車から引き摺り出したら徹底的に痛めつけた後、第3SSに引き渡してやる…!!
ザザッ
フリッツ『…所属…か。 そうだな、オレの所属は────…』
ザザザ…ッ…
ジーク「……馬鹿…な……」
その一言に、第8騎兵師団の精鋭達は耳を疑った。
ノイズが耳を擽るなか、確かにフリッツという男はこう言った
【Leibstandarte SS AdolfHitler】と
それは数ある武装親衛隊の中で『最強』と言われる部隊。
数々の伝説や、英雄を生み出してきた精鋭中の精鋭、
我らが偉大なる総統閣下の名を冠する始まりの部隊。
ジーク「─────第1SS…装甲師団……だとッ!!!?」
────────………キュォッ!!!!!
バギィインッ!!!!
ガシャァンッ…ッ
余りの衝撃に呆然と立ち尽くすPantherに、
再びTigerの88mm砲が牙を剥いた。
第14部 【かつて英雄と呼ばれた男】 完




